Episode15 「強ぇ~じゃねぇか! 痛ぇ~じゃねぇか! バカヤロー!!」
ラリーがカートの動きを目で追えるようになったのは、開始から1分が過ぎた頃。
体中に切り傷がつけられ、出血も夥しいが、致命傷にはなっていない。
「なるほど、やっと掴めてきたぜ、今度はこっちが拳を食らわせてやる」
有利に立ち回りを続けるカートだったが、ラリーはカートとの距離感を掴みはじめ、攻撃がヒットしなくなっていく。
だからといってラリーの攻撃が、カートに届くかと言えば、そちらの見込みは、いまのところまだ全くない。
「本当にすばしっこいな、紙一重……じゃあないな。こいつまだ余裕ある感じか」
大振りにならないように、コンパクトに拳を繰り出し続けるが、それでも掠る事もなく、カートはカウンターを打つ。
「くっ!」
カートが初ヒットをもらった。
「ミリシャ!? 手を出すな!」
ラリーに集中するカートは、背後から襲ってきた蛇腹剣に気付かず、背中を引き裂かれてしまった。
「なんでさ、二人でさっさと片付けて、機関室に向かうべきだろう」
「そう言うんじゃあねぇよ。そいつの纏う殺気が変わった。さっきまでのヤローにも苦戦していたお前じゃあ、手も足も出せねぇ」
表情の読めなかったカートが、歯を食いしばり姿勢を更に低くして、明らかに怒っている。
「苦戦してたのはあんたもでしょ」
「心配いらねぇ、俺もここからは本気だ。体がぶっ壊れても、ヤツを止めてやるよ」
ラリーはナックルのタービンを廻し、高周波を上げる。
「いい感じだな。これが上手くいけば、足にも装備するか」
隙だらけのラリーに襲い掛かることなく、氣を高めて背中の傷を止血していたカートの準備も万端。
「こいよ、……そう言やなんて名前だ?」
「カーティスだ。カートと呼べと言っていたぞ」
「カートか、よっしゃ! 滾ってきたぜ!!」
先手を取ったのはカート。ラリー目掛けて突進してくる、そのスピードは目測で1.8倍。
目は追いついている。体は反応した。しかし拳が間に合うタイミングではないラリー。
「だらぁ!」
前腕を覆う右ナックルは、ラリーの肘辺りにあるスラスターから、圧縮空気を吹き出し、突き出す拳を後押しする。
間髪入れずブーストのかかった左フックを打つ。カートはラリーの右ストレートを右手の短刀で受け止めた。その頭を狙う。
左フックを止める手立てがなく、カートは後ろに引く。追い風はラリーにある、空気圧ではなくジェット噴射で体ごと殴りかかる。
右拳が壁に穴を開ける。間一髪の所で躱したカートは、一瞬動きの止まったラリーの右サイドを狙う。
「ミリシャ!?」
ラリーへ斬りかかる手を止め、後ろから襲いくるミリーシャへ、カートは踵を返す。
完全にカウンターとなり、ミリーシャは蛇腹剣を落とし、カートの回し蹴りが後頭部にヒット。
「おい、しっかりしろ!」
ラリーは慌てて右手を引き抜き、ミリーシャの背中を左の短剣で突き刺そうとしているカートの左肩目掛けて、左チョッピングライトをクリーンヒットさせるが、カートは力に逆らわず一回転し、ダメージを最小限にする。
失神しているのか、動かないミリーシャの頭近くに短剣が落ち、それを拾おうとするカートの側頭部へ放つ右前蹴りは空を切る。
ヒットはさせられなかったが、カートに武器を諦めさせる事はできた。
相手の武器を拾い上げたラリーは、ジェット噴射の力を借りて、地面に短剣を打ち込むと、ミリーシャを横抱きに持ち上げた。
「これは俺とお前の殺し合いだ。こいつには手を出すな」
決闘中なのに背中を見せ、近くの誰のとも知らない客室の扉を開けて、ミリーシャを寝かせて廊下に戻る。
「諦めろよ。そいつは俺の怒りだ。簡単に抜けるかよ」
ラリーに背中を向けて、膝をついていたカートは、立ち上がって振り返る。
「正気に戻ったか?」
カートが放っていた殺気が修まった。気の乱れも感じなくなり、少年は悲しい目でラリーに訴えかけた。
「……まだやろうってのか?」
「いや、俺は投降する。もうお前達とは戦わない。俺の敵はアイツだ。アイツを倒したら警察機構軍に出頭する」
「アイツってのは、お前をここに連れてきたヤツか?」
「ああ、アイツは俺の仲間の仇だ」
複雑な事情がありそうだが、ラリーは気にしなかった。
「だったらお前、俺と組まないか?」
「お前と?」
「ああ、オレらのチームに入れよ」
オレらの=ベルトリカチームへの勧誘、ラリーは自分の直感に従い、仲間を得ようとする。
「そう言うのはいらない。アイツのトドメは俺1人で刺す」
「任せられそうなら、それでもいいけどよ。そうじゃあなくて、アイツを敵に回すという事はお前、アイツを裏切って、帰る場所もなくなるって事だろ」
「余計なお節介だ。俺は1人でも生きていける」
「つまりはどこでもいいってことだろ? だからさ」
「……考えておく」
話はまとまった(?)
ヴァン=アザルドは機関室にいるはず。
2人とも無言のまま、全く同時に走り出したが、途端に船が大きく揺れ、大きな異変はすぐに起こった。
2人がこの船内で、ヴァン=アザルドに再開する事は、叶わないのだった。
ラリーとカートが決闘を始める少し前、ヴァン=アザルドは機関室に入り、扉をロックした。
外からの増援を防ぐべく、扉の電子回路をショックガンで焼き切り、先に中の防衛を固めていた船の警備員と、突撃してきた海賊に対峙した。
「キサマが賊の頭目か」
「へぇ、これはこれは随分と古ぼけたジジイが、まだ現役を続けていたとはな」
「お前、ヴァン=アザルドか?」
「エルデルザル=デゼブといい、キャリバー海賊団ってのは、看板に恥じねぇ切れ者の集まりみてぇだな」
その突撃隊長は機関室の前まで来たものの。
自分一人の装備では、扉も壁も破れない事に気づき、大ホールにいる仲間の元へ引き返していった。
「ヴァン=アザルド、お前はもっと用心深いヤツだと思ってたんだが、1人でノコノコと何をしに来た?」
「1人がなんだよ。お前だって1人だろブラガ=ラッセンス」
「んだとぉ?」
振り返るブラガは、我が目を疑う。
「何をしやがった!?」
警備員6名と突撃部隊員8名が、頭から血を流して倒れている。
警備員は全員死んでいるようだ。海賊団員は皆、立ち上がれそうにないが、ひとまずの心配はなさそうだ。
「はははぁ~、大したモンだ。本気で殺そうと思ってたのによ」
「イズライトか? どんな能力かは検討もつかねぇが、詰めは甘いって事だな」
3分割された棒を繋いで一本の槍に。構えるブラガは先手必勝、鋭い突きでヴァン=アザルドの心臓を狙う。
「なんだと!?」
何が起こったのかは分からない。
男は一歩も動いていない。なのに無傷で立っている。
幻覚を見せるイズライトなのか?
しかしそれだけの能力では、離れた大勢を倒した理由を説明できない。
「これならどうだ!」
幻覚なんか関係ない。連撃で避ける余裕もないほどに、広範囲に攻撃を繰り出せば必ずヒットする。
「バカな!?」
はずだったのだが、どうしてもヴァン=アザルドに当てる事ができない。
「お前の能力はもしかして……」
「もう気付いたのか? お前は生かしておくと、後々面倒になりそうだ」
ブラガは槍を捨てて、銃を手に取る。
「あああ、あああああ!?」
ブラガにも今度は、自分に何が起きているのかが自覚できる。
指先が麻痺し、言う事を利かなくなっている。銃口がこめかみに向けられる。自分の手によって。
「くそ、言う事をききやがれ! この!?」
「あばよ、ロートル。ここはお前の命に免じて、そっちのガキ共には手を出さないでおいてやるよ。直接はな」
ブラガは相手の能力の正体を知る事のないまま、眠りにつくのだった。