Episode14 「これ、放っておいていい訳ないだろ!」
客船に乗り込んだキャリバー海賊団突撃部隊だったが、護るべきは大ホールの乗客。他にもブリッジと機関室。
部隊員は2対1体1に別れ、ホール、ブリッジ、エンジンルームに向かった。
会場直ぐのエアロックから入ってきたミリーシャは、そのままホールへ入っていき、副長のブラガは機関室へと足を向けた。
「状況は?」
「間もなく賊が姿を現します。あれを当てにしたんですが、向こうの用意周到振りは、なかなか侮れませんぜ」
あれ=ガードロボットが稼働しているが、アザルト海賊団が放った戦闘ロボットとの力は同等。賊の足止めはできていない。
「来ましたよ。キャプテン」
「ああ、悔しいが私よりよっぽど、海賊らしい面構えな連中だな」
海賊業もそこそこ長い突撃隊長は、賊の先頭に立つ男の顔に見覚えがあった。
「ザザスレ=ガップラン、一世代前の悪投がこんなところで登場するとはな」
「世代遅れはお互い様だろう、エルデルザル=デゼブ」
ギャレット=キャリバーの時代に因縁がついた元同業者。
「公認を受けた海賊でありながら、野党のような行為を繰り返して、免状を取り上げられた犯罪者ですよ」
「ああ、聞いた事あるよ。とんだ守銭奴の小悪投だとな」
名は売れているが、こんな大掛かりな事をやる行動力を、持ち合わす大物ではない事も、ミリーシャは知っている。
「アザルト海賊団と言っていたな、キサマもあの男に、尻尾を振り回しているということか」
エルディーには、この乱入してきた首謀者の正体に心当たりがある。
だがその男の姿はここにはない。
「キャプテン、ここはさっさと片付けてブリッジへ向かうぞ」
「エルデルザルめ、キサマは俺を嘗めきっているな」
「分かってるじゃあないか。ウチの大将に一度も勝てなかったお前なんかに、お嬢が負けるわけがないからな」
「エルディー、お嬢はやめろ」
苦笑いの突撃隊長の顔に、怒髪天のザザスレからの先制攻撃。
得意武器はショックガンが仕込まれたシャムシェール。
曲刀の鐔にある銃口からスタングリッドが飛んでくる。
「洒落のきかんヤツだな」
ミリーシャは絶縁されたサーベルで高電圧弾を受け流し、そのままザザスレの心臓目掛けて突きを繰り出す。
「小娘の割に鋭い剣捌きだ。だが!」
シャムシェールを叩きつけられ、ミリーシャは剣を落としそうになるが、左手に持った銃をで男の足を撃つ。小悪党は慌てて後ろに下がる。
「やはりこの程度か」
ザザスレと共にいる連中も合わせて、ミリーシャと突撃部隊員で対処できると踏んだエルディーは、先にブリッジに向かう事にした。
「キサマ、そこまで俺を侮るか!?」
「目の前に集中しろよ。そんなだから小悪党なんだよ、お前は」
「エルディー、もう聞こえていないようだぞ」
銃を向けられているのに余所見をした。撃ってくれと言っているようなもんだ。
「ヘッドショットですか、容赦ありませんな」
「子供の頃にこういう輩に殺されそうになったからな。遠慮はいらん」
「海賊になる覚悟は、ずっと持ってましたな」
指揮官の死に動揺する敵海賊団に、士気で勝るキャリバー海賊団突撃部隊の勢いを信じて、ミリーシャはエルディーと走り出した。
ブリッジには先客がいて、乗員は全員殺されていた。
「ウチの連中も皆殺しか、酷い事をしやがる。……お前がヴァン=アザルドだな」
前科8犯。十数年前から幾度となく、キャリバー海賊団とも事を構えてきた。
全銀河指名手配犯。賞金も最高額と、名前だけなら裏社会で知らない者はいない。
「あ~ん、よく分かったな?」
名前は広く知れ渡っているが、人相を知るものは少ない。
手配書なんて意味がないほど多くの人相書きが出回っており、誰も本当の顔を知らないとされている。
「名前を晒しておいてよく言うぜ。しかもこの殺気、不気味な雰囲気がお前を本物と教えてくれる」
「なるほどな、お前がエルデルザル=デゼブか。そんでそっちのお嬢ちゃんがジジイの孫だな」
評議会公認のキャリバー海賊団の情報は、キャプテン交代も更新されている。顔を知られていても当然だ。
「キャプテン、あいつはヤバイ。二人でやるぞ! 一気に片付けないとマズイことになる」
「待て待て、お前らと遊ぶのは俺じゃあない。俺は忙しいんだよ」
ここにいる賊はヴァン=アザルドのみ。いや、その後ろには……少年が一人。
「お前の仕事は足止めだ」
「ああ、分かってる」
立ち去ろうとするヴァン=アザルドに、ミリーシャが斬りかかる。
「おっと、小僧! お前の相手はこの俺だ」
少年がミリーシャを襲おうとするのを、エルディーは銃で牽制する。
ミリーシャは邪魔を受けず、加速して突きを繰り出す。
「へぇ、なかなかやるじゃあねぇか。それにお前、生身の体じゃないな」
ヴァン=アザルドは女海賊のセイバーを躱して、するどくナイフを投げた。
ミリーシャは左手でナイフを払いのける。
「女だからと見くびるなよ。お前の首をへし折る力はあるぞ」
続けて投げられるナイフも腕で弾き、距離を取ろうとする男目掛けて突っ込む。
「なんだ足も作りもんか、めんどうくせぇな」
義足の限界ギリギリの加速を活かして、ミリーシャは突きを出すが、後ろに飛ぶヴァン=アザルドにセイバーが届かない。
「小僧、女の相手をしろ。俺は機関室へ向かう」
「分かった」
短刀を二刀流に構える少年がエルディーから離れて、恐ろしいスピードでミリーシャの前に躍り出る。
「んだ!? なんてスピードだよ。俺を相手に手を抜いてやがったのか?」
「こ、この!」
「キャプテン!?」
機械仕掛けの腕と下半身を巧みに防御に使い、ミリーシャはなんとか最初の攻撃を防ぎきった。
「エルディー、ここはいい。あの男を追え!」
「しかし、そいつは……」
「強さが問題ではない。さっきの男は危険な匂いがする。私ではダメだ。あっちはお前に任せる他ない」
少年のスピードはミリーシャがどう足掻いても、傷一つ付けられるものではない。
しかしヴァン=アザルドという男を、1分1秒でも自由にさせておくわけにはいかない。
「了解だ。キャプテン、その坊主を相手に難しいかもしれんが、ホールまで下がれ! いいな、死ぬなよ!!」
エルディーを邪魔しようと短剣を突き出すが、ミリーシャはそれを胸で受けて仲間を庇う。
「ここも生身じゃあないのさ」
ミリーシャはセイバーを投げ捨てた。
「名前、まだ聞いてないな。私はミリーシャ=キャリバー、キャリバー海賊団の2代目船長だ。……どうした? あの男に名前を伏せるように言われているか?」
「いや、カーティス=リンカナムだ。カートと呼ばれている」
「そうか、ではカート、お前に押し切られないように、私のとっておきを見せてやろう」
ミリーシャは背負う剣を抜いた。
「まだまだ修行中だが、お前のスピードに対するには、こいつの力を借りるしかない」
片手で楽々振り回せていたセイバーから、義体のお陰で片手でも扱えるが、基本は両手持ちになる大振りの剣を正眼に構える。
「蛇腹剣か?」
「一目で見抜くかい? 驚かしてやろうと思っていたのにな」
刀身が分割し、ワイヤーで繋がった刃を鞭のように振り回せる。
そんな実戦向きではない剣を見て、普通の感覚ならバカにして、油断してくれただろう。
「脳波誘導型か」
「本当に面白くない男だ!」
ミリーシャは剣を振るい、分裂した刃は勢いのままに、弧を描いて敵を襲う。
なにも細工がなければ、避けられたそれは地面を叩いて終わりだ。
だが脳波誘導により、自在に操れる蛇腹剣をカートは華麗に避けるが、短剣が届く位置まで近づけない。
このままうまく仲間の元へ、誘導ができらば……。
「……なるほどな。このような武器がこれほどに効果的とは、本当に驚かされた」
表情一つ変えずに、カートは蛇腹剣を二刀で捌いて、ミリーシャの懐に入ろうとする。
「もうこの動きに対応できるようになったのか……」
ミリーシャは上がる息を整える間もない。
カートが蛇剣の動きに慣れてきているのは間違いない。
この分だと直に手が届くようになる。
まだホールまでは距離があるのに。
「ここまでか……」
カートが初めて殺気を放った。トドメを刺そうとしている。
ミリーシャは固くなるが、殺気はこちらに向けられた物ではなかった。
「よく頑張ったな」
「な、なんであんたがここにいるのよ? 高みの見物を決めてたんでしょ!」
緊張の糸が緩むミリーシャは、すんでの所で涙が溢れるのを止める事ができた。
「助けに来てやったのに、随分だな。さぁ、選手交代だ!」
ラリーは大きなナックルを構え、カートに勝る殺気を発した。