Episode12 「使い慣れない武器ってのは厄介だな!」
リーチは当然セイバーに分があるが、ベアナックル男の突進力は半端じゃあない。
先手を取ったミリーシャの懐に潜り込み、三度ワンツーを打つとステップを踏んで、相手の左側面に回る。
右フックはキャプテンの背中を狙い、紙一重で左肩を掠めるにとどまった。
「待たんか、小僧!!」
エルディーが割って入らなければ、更に一歩踏み込んめば右パンチが、女海賊のボディーへめり込んでいただろう。
「この一騎打ちの決闘では、我ら海賊の流儀に従ってもらう。それに乗れぬと言うなら、我ら全員の相手をしてもらうぞ」
エルディーはあらゆる武器という武器、武器とは言えない物も武器として戦う、ラリーが知る中で、最も強い男の1人。
「海賊の流儀?」
「先ずは名乗れ、そして開始の合図を待て」
荒くれ者とイメージの付いている海賊だからこそ、儀礼というものを重んじていると聞いたことがある。
ラリーは拳を引き、さっきまで自分たちが踊っていた辺りまで下がる。
この距離だともう奇襲はできない。
だがトレーニングをしていると言っても、ミリーシャは初心者も同然。フェイントの一つも入れれば、また同じ展開に持って行けるだろう。
「俺はノインクラッド所属のコスモ・テイカー、フィゼラリー=エブンソン。高名なキャリバー海賊団の若きキャプテン、ミリーシャ=キャリバーに決闘を申し込む」
これも報酬分。見せ物になるのも承知の上。
「それじゃあ、さっさとおっ始めようぜ」
「待て、キサマは武器も持たずに決闘をしようというのか?」
「悪いのか?」
「悪い!」
エルディーは後ろにいる仲間に、ミリーシャと同じタイプの剣を、ラリーに渡させた。
「俺にもセイバーを持てと?」
「そのグローブを外してな。海賊の決闘と言えばこれだ。挑戦者はお前、だから試合内容を決めるのはこちらとなる」
ラリーは挑戦させられたのだ。なのにこんなに条件を出されるとは……。
「いやなら我ら全員を相手にするのだな?」
「分かったよ。四の五の言える立場じゃないもんな」
エルディーは自分の立てた計画に満足していた。
海賊としてはまだまだ新米のミリーシャだが、子供の頃から続けているフェンシングの腕には太鼓判を押せる。
対するラリーは銃以外の武器を、ほぼ使った事のないと聞く。
健常者ではないミリーシャだが、フィッツキャリバーで作った物よりも、高性能なワンボック・ファクトリー製を使っており、その義体との相性もいい。
ミリーシャの勝利は確実。
しかも不利な状況で戦わされる、新人テイカーが負けたとしても、何も傷ついたりはしない、完璧なプランだ。
「準備はいいか? これ以上は乗客を待たせられんぞ」
「キャプテン。ええ、もういいでしょう。では差し出がましくもこの俺が、号令を掛けさせてもらいましょう」
「頼むぞ、エルディー」
セイバーに刃はない。しかし先端が丸く削られているだけで、金属で打たれればノーダメージではいられない。
「けっこう撓るな。どんな使い方するんだ、これ?」
「両者、構え!」
エルディーからの号令、ラリーはミリーシャを観察、見よう見まねで剣を前に突き出す。
「始め!」
エルディーの思惑通り、初手を繰り出したのはミリーシャ。ラリーはしばらく防御に徹して様子を見るしかない。
「早い! ステップも独特だな。リーチを稼いでいるのか?」
届くと思えない位置から剣先が飛んでくる。
「ほっそい剣だな。防御に使うのも至難の技じゃあないかよ。ナックルの方がまだマシだぜ」
剣を捨てて殴りかからないように、グローブも外させられた。手で受け止める事もできない。
撓る剣は躱した切っ先が軌道を変えて、ラリーに突き刺さる。
「痛いじゃあねぇかよ」
「それがイヤならさっさと降参しろ」
釣り上がった目と引きつった口角、怒髪天と言っていい気迫。
「ってお前、なんでそんなに怒ってんだ? これは見せ物だろうがよ」
「うるさい、お前はなんであの女と、あんな楽しそうに踊っていたのだ、フェゼラリー!」
「なに?」
ミリーシャの言うあの女、フランを睨んで、ノールックでラリーの喉元を突いてくる。
「うぉっ、あぶねぇ! 楽しそうって、見てたのかよ」
「私の誘いはさんざん断っておいて、いったいどういう事なのさ」
力もスピードも増して、これは果たしてショーのイベントと呼んでいいのか? 大振りはなし、玄人好みの技の光るラッシュでラリーを追い込む。
だがこの男もやられてばかりではない。
「よっ、はっ、よっしゃ! 段々と分かってきたぞ」
無手が心情だからこそ、敵の攻撃の呼吸を読む力を磨いてきた。
天性の勘とも言える感覚で、ミリーシャのセイバーの動きを読み、自らの剣の軌道も計算道理に操作してみせる。
「小僧の動きが変わった?」
「あの程度で驚かないでちょうだい」
「小僧の連れか?」
試合に集中していたとは言え、フランが横に並ぶのに気付けなかった事は、エルディーにとってショックはデカい。
「気にしないで。私、戦うのはちょっと苦手だけど、逃げ隠れするのは天才的だから」
ミリーシャの推薦で選んだチームだが、姿を見せたのは若者2人組。
ちゃんと期待に応えるかと不安だったエルディーだが、懸念はひっくり返される。
「おおー!?」
観客が沸き立つ。エルディーはミリーシャ達に目線を戻す。
「あの小僧は何者だ?」
「ただの生意気な弟分よ。ちょっと人よりも物覚えがよくて、人よりも頭の回転が早くて、人よりも体を鍛えるのが好きなだけのね」
生死を分けた脳改造と、子供の頃からの修練の成果である事をばらすつもりはない。
「まぁ、……天才って言っていいんじゃない?」
いつの間にかラリーは同レベルの、好勝負ができるまでに進化している。
少年のスーツはボロボロで、観客の目にはまだキャプテン優勢に見えるだろうが、2人の実力は拮抗していると言えるだろう。
「そう言うイズライトがあるのか?」
「違うって、ラリーはまだイズライト持ちじゃあないもの。もしかしたら、あの子には何もないのかも」
場内の興奮も最高潮。
素人でも分かる。ラリーが逆転し、ミリーシャの表情が歪む。
「体力の限界か。お嬢のスタミナも普通に考えれば超人と言えるのだが、小僧め、俺といい勝負か、それ以上か」
ミリーシャの動きが鈍くなる所なんて、訓練中には見た事もなかったが、ここが限界のようだ。
新キャプテンのデビューを気持ちよく、飾ってやろうとしたが、この相手を選んだ本人には、結果も受け入れてもらうしかない。
「そんなに気を遣う必要ないんじゃあない?」
「そ、そうか?」
「彼女の顔を見たら分かるでしょ」
スパンコールの少女の言っている事が、古参海賊には分からない。苦悶の表情を隠せないミリーシャは、いつ倒れてもおかしくない。
「満足そうじゃない。ラリーは手を抜くことなく全力を出している。それが嬉しいんでしょう」
それが本当ならもう十分だ。客船のイベントとしても、これだけ盛り上がれば問題ない。
手を掲げて終了を告げようとしたエルディーダが。
「何事だ!?」
大きな音がして、船が揺れる。
「隊長、ランベルト号から通信です!」
「ブラガからか、……何があった?」
『エルディー、不味い事になったぞ。公式航路に非公認の海賊の襲来だ』
「なんだと、ありえんぞ」
「どういう事? 非公認の海賊って?」
「嬢ちゃん、悪いが頼みがある」
エルディーはフランに2、3言交わして、会場の中心にいるミリーシャの元へ走り、状況を説明すると一緒に出て行ってしまう。
「どうなってるんだ? フラン」
「ラリー、とりあえずはお疲れ様。さぁ、私たちも行きましょう」
「話は船に戻ってからよ」
ラリーのように状況が分かっていない観客にも、船員からの説明が始まっている。
2人は会場を出て、豪華客船の船底にドッキングしているベルトリカへ向かった。