Episode11 「しゃるういダンスって柄じゃあねぇよ!」
豪華客船のツアー客に紛れ込んだ、やたらと体格のいいスーツ姿の少年と、隣には艶やかなドレス姿の少女の2人連れ。
「よく着れるスーツが合ったわね」
「黒服ってのは元来、大男が着るモンなんだぜ」
17歳で白のスパンコールワンピを着る少女だって、十分に違和感があるが、この場に限っては是非もない。
「時間までしばらくあるわね。どうする、踊る?」
「ショーの前に目立ってどうする。俺は踊る気なんてないぞ」
「つまらないわね。それじゃあ誰かと踊ってくるかな?」
前も特に後ろも露出の多いフランを、遠目にチラ見する男は、指の数に収まらない。
「俺の側から離れるなよ」
「いいの? そんな言い方して、その気になっちゃうわよ」
隣にいるラリーを気にして、近付いても来ない男達に最初から興味はない。
「ったく、しょうがないな。俺を誘っておいて、フランこそちゃんと踊れるんだろうな」
タイミングよく会場にはオーケストラによる生演奏が始まり、そこかしこで踊り出す乗客に混じって、ラリーとフランも中央に足を進める。
「ちょっとラリー……」
踊りだすと会場の視線は、若者二人に集まった。
「どうした?」
軽やかなステップで力強くフランをリードする少年。
「あんたがこんなに踊れるなんて、聞いてないわよ」
チームリーダーになって、モーブから受け継いだ得意先には、パーティーを催すような有力者もいて、何度か参加したことのあるフランにはダンス経験がある。
軽く楽しむ程度の自信はあり、大事な弟分をリードしてやろうと考えていたのだが。
「子供の頃に覚えたものさ。ミリシャの誘いはずっと断ってきていたからな、7歳の頃振りだが、ちゃんと体が覚えているもんだぜ」
軍の高官であった父に鍛えられた作法の一つ、ラリーは当時からお姉さま方から指名を貰えるくらいに、ダンスが上手だった。
「なんかそれ分かるわ。負けたのは悔しいけど、引手数多だったのも納得、あんたと踊るの楽しいわ」
フランは何も考えなくても、ラリーが足運びまで考えてくれる。衝突も避けてくれるし、なにより癒しの微笑みにキュンとしてしまう。
「やっぱりその衣装、前も後ろも開きすぎだろ。胸元を強調しすぎてるし、動いてたらケツも出そうじゃないか」
「ラリーも男の子だね。お姉さんの裸が気になる感じ?」
「よく言うよ。14歳にもなって依頼者に張り合って、風呂場に乱入しておいてさ」
「あれは黒歴史ね。思い出したんなら、もう一度記憶を消さないといけないわね」
「お前、本気で俺の頭を殴ったもんな。フライパンで」
「ああ、そんな事あった? 私の記憶がどっかいったみたい」
男性陣の視線を背中に受けるフラン、黄色い声と熱い視線を集めるラリーが注目される中、大スクリーンが宇宙空間を映し出し、演奏が止まる。
「いよいよ登場ね」
「フランはランベルト号が、何故あんな形をしているのか知ってるか?」
洋上船がモチーフと聞いたが、ラリーはわざわざ海に浮かべる大型船なんて存在しない。
輸送なら宙空船の方が早いし、燃費もそんなに変わらない。
「海賊は古来、あの形の帆船が伝統なんだって」
「伝統って、そんな船を使ってる海賊を見た事ないぞ」
ようは拘りなのだと理解するが、ランベルト号のトピックスはそこではない。
「古代遺産?」
「聞いた事ない? キリングパズールがまだ、今のガテンくらいの文明水準だった頃に、まだ未開拓の惑星ノインクラッドに、栄えた文明があったんだって。証拠となる発掘物が見つかったの」
「ああ、生物が生きられる環境じゃあないのに、色んな物が出土したって話か」
「中でも今の銀河評議会に登録されている、どんな科学技術をも超越した物を、古代遺産として管理しているの」
「もしかしてランベルト号も?」
「正解。半分ね」
「半分?」
「ランベルト号は一つの発掘物じゃあないのよ。寄せ集めの部品をフィッツキャリバーが船に仕上げた物なんだけど、そのスペックが普通じゃあないわけ」
戦闘は得意ではないが、情報収集なら一流と呼ばれる自信のあるフラン。当然今回の話を聞いて、調べられるだけ調べてきてくれた。
「ガルラゲルタじゃあ、勝てないって事か?」
「1分と保たないんじゃあない」
「それじゃあベルトリカなら?」
「そっちはまだ未知数だからね。船長としては申し訳ないけど、もうちょっと時間をちょうだい」
船を手に入れて3年、分からない事が多すぎる我が母船。
色々知ってそうなソアラから、何も聞けなかった事は痛恨と言えた。
「フランが調べられないなら、しょうがないだろう」
ラリーの言葉に感情の高まるフランの頭上では、ランベルト号が3隻の護衛船を抑え、この豪華客船にタラップを強制接続する映像が流れている。
「ミリーシャの初陣だからね。危険だから突撃艇は避けたんだろうね」
キャリバー海賊団のショーの映像も入手済みのフラン。中でも古参のエルデルザル=デゼブと言う突撃隊長は要注意。
「今回はミリシャとの一騎打ちだ。あのバケモンの前に立つんなら、俺はこの依頼を断っていたよ」
毎日飽きることなく鍛えに鍛えているし、15歳になり体も大きくなったラリーだが、それでも見上げる事になる大男の戦闘映像を思い出し、苦笑が浮かぶ。
鬼と呼ばれる突撃隊長の暴れっぷりは、観ている者を興奮させるカリスマ性を持っている。
「観て観て、大きな人が警備員を薙ぎ払っていく」
「海賊の突入部隊は3人とミリシャか。随分と少ないな。この大きさの客船なら、警備員も最低30人はいるだろうに」
その30人+18人をエルディーがただ1人で蹴散らしていく。
キャプテンの後ろを警戒していた、2人の海賊団員に出番はない。
「いよいよの登場か」
「頑張ってね。ラリー、拍手喝采をもらえたらキスしてあげる」
「冗談は仕事の後だ。さぁ、主役が入ってきたぞ」
ダミーとは言え、精密に作られた金属製の扉を、派手に破壊して突撃隊長が乱入、続いてフランを愛でていた男連中も感嘆の息を吐く、赤髪の女キャプテンが姿を現した。
「今宵のパーティーに呼ばれもしていないが、ここの主役の座を譲ってもらおう。キャリバー海賊団のギャレットと言えば、覚えのある者もいると思うが時代は変わる。これからの宇宙海賊の頂点に立つのはこの私、ミリーシャ=キャリバーだ。見知っておくといい」
なかなか堂に入った自己紹介だ。
社交界でも有名人のミリーシャは、人前を楽しんでいるようにも見える。
「この船の護衛は黙らせた。乗客諸君は直ちに貴金属等のお宝を差し出したまえ」
この流れは既に乗客も理解している。
誰も慌てることなく拍手と歓声が上がり、新キャプテンのデビューを歓迎する。
「ちょっと待ってくれよ!」
この空気を割って入るのには、かなりの度胸がいる。
「悪いが俺はあんたらにやれるお宝ってモンがないんだが」
乗客は新人コスモ・テイカーが、シャシャリ出てくる事を知らない。
「だったらお呼びじゃあないよ。内蔵を差し出すか、てめぇ自身でそのまま宇宙に飛び出しな」
妙な展開に勘のいい客は直ぐに、これもイベントの一環だと気付く者もいるが、ざわつく会場はラリーにブーイングを上げる者が多い。
「俺もこれから名前を売っていくつもりの、駆け出しコスモ・テイカーだからな」
この一言で場内のほぼ全員を敵にした。
「待ってくれ諸君、私のデビューに華を添えに来た勇者を讃えてくれ」
正に当て馬。この空気で真剣勝負をして、ラリーが勝ったとして果たして誰が喜ぶのか?
「してやってくれたわね、あの女狐」
髪の色を変える事でマインドコントロールをして、生粋のお嬢様が女海賊を演じる姿に、少しは応援しようと考えていたフランだったが、嫌う要素がそれを上回ってしまう。
「少年、君の勇気に敬意を払い、私との一騎打ちを提案しようじゃあないか。この場で勝負し、君が勝てば我々はここでの暴挙を詫びて立ち去ろう。だが私が勝てば君は私の物になるのだ」
「なっ!?」
ミリーシャの提案を聞いて、フランは激怒した。
「悪いがそれは飲めない」
ラリーが即座にこう言わなければ、フランは飛び出していた。
「俺が勝つからな。それにコスモ・テイカーはこう見えて、正義の味方なんだぜ」
思いがけない言葉のマジック。言葉一つでラリーは勝利条件を取り戻した。
完全にラリーがヒールなのは翻せていないが、勝つ事が敗北には繋がらなくなった。
場内は割れんばかりの喝采に震えた。
「すごい自信だな。それじゃあギャレット=キャリバーと、突撃隊長エルディーに仕込まれた戦闘術、お前に万に一つの勝機もない事を、一瞬で悟らせてやる」
「そいつは楽しみだ。俺も本気でやってやる。瞬殺になっても恨むなよ」
セイバーを抜くミリーシャに、グローブを填めてベアナックル(拳闘)を向けるラリーが突進した。