Episode10 「なんだかんだでテイカーかよ!」
フランソア=グランテが、宙航船ベルトリカの船長になって3年。
チームメイトのフィゼラリー=エブンソンは、すっかりコスモ・テイカーが板に付いていた。
海底で一緒に修理をしていた、ソアラの姿はここにはない。
「いよいよ仮免許卒業ね」
「仮免3年なんて、聞いた事ないがな」
ヒューマンタイプの女性としては、長身の部類のフランを見下ろす、筋骨隆々の弟分は椅子に座り、渡された書類をテーブルの上に放り投げた。
「またミリシャのオファーかよ」
「あんたが責任を感じて、あの子の依頼を優先させてる。ってバレてるからね。いやなら断れば?」
フランも言ってもムダと知りながら、いつもの台詞で締めくくる。
わざわざフィッツキャリバーの情報網を駆使して、ラリーの居場所を見つけて押しかけてきたのが2年前。
「こんなワタクシに同情するなら、責任を取ってワタクシをお嫁さんにしなさいな」
あの事件で大怪我をし、四肢を失った姿を元気そうに見せてくれた再会の時に、ラリーも本気で考えた、感情のこもらないプロポーズを受け入れなくてはいけないのかと。
しかしその後も事ある毎にやってきて、楽しそうにアピールしてくるのを見て、ラリーは気を楽にすることができた。
「あいつ、海賊を受け継ぐんだと」
「キャリバー海賊団を?」
「爺さんが引退するとかで、押しつけられたらしい」
銀河有数の巨大企業、フィッツキャリバーの総帥は、銀河評議会公認の宇宙海賊でもあった。
息子も3人いたが、誰も継いでくれる事はなく、海賊も廃業と考えていたが、この孫娘ならと願った。
「もしかして、あんたを勧誘してきたの!?」
「よく分かったな」
「あの女、また性懲りもなく」
今までも専属ボディーガードに雇おうとしたり、父親の跡を継がせようとしたりと、何かとラリーを引き込もうとしてきた。
「ラリー!」
「分かってるって、モーブにも頼まれてるんだ。お前を1人になんてしないって」
「そ、そんなまた、生意気言ってるんじゃあないわよ。私があんたの保護者なんだからね」
チーム・ベルトリカの構成員は三名。
チームリーダーのフランソア=グランテと新人のフィゼラリー=エブンソン。
モーブが自分の替わりにと連れてきた、バックアップ要員のアンリッサ=ベントレー♂。
ノインクラッドに地上事務所を設け、仕事の選別も行ってくれている。
「受けるの?」
「あいつ、ミリシャの金払いがいいからって、俺以上に優先順位を高めてやがるからな」
「アンリッサにあんたが勝てるわけないモンね」
「なんだ、お前は勝てるのか?」
「うっさい!」
翌日、専用に宛がわれたモビール“アークスバッカー”で、ラリーはノインクラッドの宇宙港を飛び立った。
キャリバー海賊団の船、ランベルト号の上部甲板に、アークスバッカーを下ろし、エアロックから船内に入る。
「よく来たな。フェゼラリー」
キャプテン帽を被る、赤毛の長身美女が出迎えてくれる。
「なんて格好してんだよミリシャ」
ぼんやりとフワフワの金髪で、華奢な少女を思い浮かべる。
「なんで分かるんだ? ここまで変わってるのに」
「見た目はそうだな。喋り方まで変えて、徹底してるのはえらいと思うぞ」
ラリーは受ける印象に流されず、自分の直感を信じている。ミリーシャは素直に喜んだ。
ラリーを連れて洋上船である帆船を模した宇宙船、ランベルト號の艦橋に上がった。
「お前がフィゼラリーか?」
「あなたはキャプテン・ギャレットですね」
「もうキャプテンじゃあない。三日前からミリーシャが船長だ」
豪快な老人だとは聞いていたが、迫力が想像を大きく超えている。
「聞いたぞ小僧、何が不満でミリーシャの誘いを断りおる」
「お祖父様!?」
「黙れミリーシャ、邪魔をするなら出て行け!」
並大抵の心臓なら、この時点で萎縮してしまっていただろう。
詰め寄っていたミリーシャは無言で振り返り、近くの椅子に腰を下ろし、ギャレットを睨み付けた。
「誘いって言うのは、俺がミリシャの付き人になるって話ですか?」
「他に何がある」
「なるほど、そう言う話なら。それこそあんたとする話じゃあないな」
「なに?」
「お、おいフィゼラリー、お前!?」
空気がざわつく。周りは古参から若輩まで、ラリーやキャプテン達も入れて9人、皆が言葉を失う。
「言ってみろ小僧」
「はぁ~、……大した話じゃあない。俺を雇おうとしているのはミリシャだ。そのミリシャを黙らせて爺さん、あんたが出しゃばってくる話じゃあないだろう。って考えたんだよ」
その答えを聞いて、周囲は更に凍てついた。
この若者はここで終わる。殺されはしなくとも、表社会では生きていけない。コスモ・テイカーとしてもやってはいけない。
「わぁあはっはぁ~」
この固まった空気を動かせるのは御大ただ1人。
「なるほど、おもしろい。だが小僧、世間知らずで済まされる無礼ではないぞ」
「あなたがどれだけすごい人かなんて、俺みたいな若造でも知ってますよ。今ので俺の首は飛んだ。本来ならね」
ラリーはウイスクに再生画像を浮かび上がらせた。
「孫の問題に首を挟さむ。微笑ましいよ。けどあんたのイメージじゃあない」
ここでの出来事は全て、仲間のフランがリークしている事を臭わせ、立場を対等にする。
「それもモーブに倣った事か?」
「そうですね。モーブは俺に何一つ教えてはくれませんでしたが、フランと2人で色んな物を盗ませてもらいました」
「いい若者を育てたものだ。確かにキサマが言うのも尤もだ。口説き落とせるかどうかはミリーシャ次第という事にしてやる。だが覚えておけよ、俺もお前を気に入った。近いうちに婿に招き入れるからな」
「ミリシャ、仕事の話をするぞ」
「ななな、なっ、なっ!」
爺さんのプロポーズを無視して、ミリーシャの手を取ってブリッジを出る。
「ったく、元気な年寄りだな」
「ちょっと待てフィゼラリー」
「なんだよ、お前も俺が爺さんをバカにしたって、怒ってるのかよ」
「ち、違うわよ」
握られたままの手を振り払い、赤髪の新米キャプテンは、咳払いをして気持ちを切り替えようとする。
「顔、赤いぞ」
「もういいからそう言うの。部屋を変えて、今回の仕事の話をするんでしょ」
ツンツンするミリーシャは、船長室にラリーを招き入れた。
ランベルト号の中で唯一マイクカメラがない場所に、うら若き男女が2人きり、この流れを読んでいた祖父が盗聴器を用意していたが、それも見抜いて排除済み。
「こ、ここなら邪魔も入らない。それと……ありがとう、お祖父様を黙らせてくれて」
「礼には及ばないよ。あれはちょっとないなと、俺が思っただけだ。後で謝っておいてくれ」
キャリバー海賊団からの依頼は簡単な物だった。
「海賊ショー?」
「そうだ。銀河評議会からの正式な依頼でな。豪華客船を襲う海賊役をする。護衛船とのリアルな戦闘をモニターで観客に見せ、その後で乗り込んだ私らが宴会場に雪崩れ込んで金品を奪う。全てはやらせ、頂いた物は全部最後に客に戻すと言う段取りだ」
確かに聞いているだけでも面白そうな企画だ。
「……それで俺は何をするんだ?」
素人考えながらもよくできた仕上がりに、よそ者のラリーがどこで入っていいのかが見えてこない。
「お前は観客に紛れ込んだヒーロー役だ。宴会場に登場した私と一対一の決闘をしてもらう」
「そこで俺は、無謀にも出しゃばっておいて、あっけなくやられるってわけか?」
最後の盛り上げ役としては申し分ないが、ただ顔を晒して無様も晒す。というのも面白くない。
「いや、お前は私と本気でやり合うんだ。私が勝てば無様と呼ばれるのも受け入れてもらう。だがお前が勝てばお前の顔と名前を売る、いいチャンスと言えるだろう?」
確かにデビューしたてのテイカーに、この決闘の勝敗は問題にならない。人前に出て、名前を広めるだけでも、大きな意味がある。
「けど俺が勝ったらキャリバーの名に、傷が付くんじゃあないのか?」
「心配ない。傷が付くのは代替わりしたての私の名だけだ。負けた私がその後、先代に負けないくらいの成長を見せれば、宣伝効果としてはむしろ、その方が高いかもと考えるくらいだ」
「その考えがあるなら俺を勝たせろよ」
「バカね、ただ負けるなんて悔しい思い、したくないわよ」
仕事の内容は分かった。断る理由もない。
「一つ確認したい」
「なによ?」
それはここに来てからずっと疑問に思っていた事だ。
「その喋り方はなんだよ。いつものお嬢様口調はやめたのか?」
全く仕事に関係ない事にミリーシャは絶句した。