Episode10 「あのオヤジは一度ほんきでシメねぇといけねぇな!」
「ああ! わたしのロボットがぁ!?」
ラリーがスイッチのボタンを押すと同時に、テロリスト達の放送は途絶え、リーノ達の後ろで大きな声がした。
「えっ、なんで?」
振り返ったそこに、居るはずのない顔があり、リーノはもっと大きな声を上げて驚いた。
「うるせぇ、お前もプロなんだから、必要以上に驚きを表に出すな!」
負けないくらいの大声とげんこつをラリーから貰って、涙目のリーノは衝撃の再会(?)に、改めて驚きの表情を抑えめで浮かべた。
「君はソアなのか?」
「そうよ。あなたの知っているソアよ」
しかしさっきまで画面に映っていたのも間違いなくソアだった。
「よし! これで依頼も完遂だな」
「ちょっ、ちょっとぉ、説明してくださいよ」
この場にいる面子で状況が分かっていないのはリーノのみ、リリアすら訳知りであるようで、突如現れたソアなんかは、左口角だけをあげて、リーノを嘲っている。
「しょうがねぇか。改めてだな。今回の依頼者であるソア=ブロンク=バーガーだ。8歳でありながらロボット工学の権威と言う天才様だそうだ」
「えっ、8歳? 12歳じゃあないんですか?」
「お前の目は節穴か?」
いやそれはリーノだって最初は、ソアの年齢詐称の言葉を信じなかったが、本人が主張するから受け入れたのであって。
「チョロいだろ」
「チョロいわね」
最年長と最年少に馬鹿にされて、少年はムッとする。
「そんな事より早く教えてくださいよ」
ラリーが何のスイッチを押して、なぜソアが大きな声を上げたのか、思い返せば最初から何から何まで分からない事だらけ。
「そういやお前、休暇中だったな。もう休んでいいぞ、明日も休みにしてやるから」
「そりゃあ、ないですよ。どう見ても俺、休みの日に巻き込まれたって話でしょ」
言われるまで忘れていたが、ベルトリカのルールではリーノはともかくカートは間違いなく休みなのだ。
「本来は俺が一人で受けた仕事なんだがな。そこのお嬢様がお前の事を見たいと言い出して、一人で勝手をしてくれたんだよ」
とは言えさすがに本当に行くわけにはいかないと、そこは自重して作戦の要のロボットを行かせたと言われ、それはそれでかなりもめたが子供の駄々に勝てる術を持たないラリーは、トラブルを逆手にとって策を練った。
「俺にリーノを預けたのは、保険という事か」
どうせそんなことだろうと、カートは歯牙にも掛けないが、リーノのショックはそれなりに大きいようだ。
「俺、保険役の人に撒かれちゃったんですか?」
「気にするな、悪いのはラリーだ。ちゃんと説明しなかったからこうなった」
「いや、俺はちゃんとこいつの事を頼むって言ったよな」
そうしてソア(のロボット)がリーノの前に現れ、なし崩しに作戦に参加する事になった。
「予定では宇宙を片づけてから、俺たちも含めた全部隊で地上に降りて、残党を掃討するはずだったんだがな、お前の女がアポースのおやっさんのメッセージ持ってきただろ?」
「リーノの女ってなに?」
過敏に反応するリリアがリーノの後頭の髪の毛を引っ張っていると、噂の少女が現れた。
「あの、ありがとうございました。治療装置のお陰で骨が繋がりました」
ティンクの案内でレクリエーションルームにたどり着いたクララ、場の空気が異様な事を本能で察して、入室せずに隔壁を閉めようとする。
「待て待て待て待て、そこでどっか行かれたら、話がややこしくなるから」
リリアに引っ張られたまま、リーノがクララを迎え入れる。
「おやっさんは電撃作戦を秘密裏に用意していてな、警察機構の部隊は二つに分けられた。俺達にはそれを全部伏せてやがったんだ」
つまりラリーに爆破スイッチを渡したのは、それを持たせる事で宇宙を片付けて、その流れで地上作戦を遂行させる。そう信じさせるための演出であった。
宇宙でソアロボットにつけた発信機の反応が確認されなかった時は焦ったが、地上波放送で映っていたときに全てを理解したラリーは、憎たらしい中年オヤジの顔を思い出していた。
こうして囮作戦は見事に成功、小惑星群基地を壊滅できたのは、アポースからすればボーナスポイントのようなものだった。
「あの親父の計画通りにガキんちょのロボットは地上に運ばれ、一カ所に集められたテロリスト共と幹部連中は、そのロボットが腹に抱えた爆弾で一網打尽にされたって訳だ」
そういった内容のメッセージがついさっきベルトリカに届いたのだそうだ。
『待って、追加の依頼だよ』
「親父からか?」
『もっちろん』
内容書を確認すると、今回の一連の事件の構成員はそのほとんどを壊滅できたのだが、組織のリーダーである男を捕り逃し、逃亡を許してしまったのだとか。
「そんなのもう何もできないだろ? ほっとけよ」
『もう受理したって、アンリッサが』
ベルトリカチームでこれまで紹介されていないメンバーは、アンリッサ=ベントレーで最後。
因みに男である。
ノインクラッドの事務所に滞在する総合事務員で、経理や在庫管理から依頼の受注や売り込みまで全てを一人でこなす逸材である。
「あいつ、また勝手に」
今回のソアの件も相談なく二つ返事で請け負ったが、そこへアポースが絡んでいると知ったラリーは猛抗議したばかりだというのに。
「あ、あのぉ~」
「どうした、嬢ちゃん」
今までリリアに絡まれていたクララが手を挙げた。
「ちびスケ、手を離してやれ」
チームリーダーの命令に不承不承ながらリリアはクララから離れて、リーノの右肩の上に腰を降ろした。
「巡査長からの指示書が届きまして、この件が片づくまで帰ってくるなと」
涙目になりながら、指示書をラリーに見せる。
「……ああ、もういい好きにしろ。リーノ! そっちはお前に任せる」
頭を抱えるラリーは追加依頼の内容と、クララの受けた指示書を見て、椅子に座るとリキュールのボトルを開けた。
「そういや嬢ちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「ああ、そんなに畏まらなくてもいい。しばらくは共に行動する身だ。ざっくばらんに聞くが、あんたは顔の形も体型も好きに変えられるよな」
「あ、はい! そうであります。じゃあなかった……そうです」
そう言って二重のくりくりとした、年齢よりも少し若く見える表情を、妙齢な美女に見える様に変えたり、もっと幼く見せたり、体型も太ったり痩せたり、自在に変化させた。
「うわっ、気持ち悪~い」
ソアの感想はもっともなくらいの変わりようで、リーノも驚きを隠せない。
「お前も静かにしてろよガキんちょ。言う事聞かねぇんなら降ろすぞ」
叱られて肩をすくめるソアの言葉は気にならない。それよりも……。
「リーノも気持ち悪い?」
気になるのは少年の反応。
「いや、感心している。見事なもんだ。本当に自由自在なんだな」
「骨格は変えられないから、限度はあるんだけどね。あと、普段から余計な脂肪を付けないように気をつけないといけないから、食べたい物を好きなようには食べられないんだよ」
クララが操作できるのは筋肉だけ、その為にクララは体脂肪率も10%を超えないように日頃から注意を怠れない。
「私、脂肪って胸とお尻に付いちゃうから、気をつけないといけないんだ」
それでも付いちゃう脂肪はお尻より胸に行くように意識をした結果、釣り上げる筋肉が発達しているので大きさの割にハリのある、思いがけない爆乳に成長してしまった。
「これでも脂肪を落とそうと、努力はしてるんだけどね」
体型を標準に戻し、クララは自分の胸を揉みながら説明した。
「脱線したな。体型は知らんが、ヴァン=アザルドも顔を変える事が出来る。見かけたら逃げろとは言ったが、奴と気づけるかどうかは運次第だ」
ヴァン=アザルドが操れるのは任意の生命体の末端神経。
それは緻密な操作も可能で、自らの表情筋なども自在に操れる。
「今のお嬢ちゃんの様に変装が簡単にできるんだよ」
「それじゃあ、あのアシンメトリーの銀髪の目立つ容姿も?」
「参考にしかならん」
野生の勘でなんとかしろと、そんな無茶なアドバイスを受ける。
「まぁ、奴の事はいい。今回のテロリストのリーダーの手配書なら回ってきている。こいつは見たまんまの奴を捕まえればいい」
潜伏先についても大体の目星はついているようで、アポースからは様々な有力情報が提供されている。
「そんで行き先として有力な候補は……」
眉を顰めるラリーはカートに向き直った。
「奴はガテンに向かっているらしい。しかもお前の古巣にも顔が利くようだ。奴の名前はベック……」
「ベック=エデルートか」
「知ってるのか?」
「ああ、嘗てはフウマの次の長にと、一族の全員から渇望されていた男だ」
一波乱どころではない、不安要素満点の状況だった。