Episode01 「プロローグ! って感じだよな」
アウストロダム銀河、多くの生命体生存可能惑星が連盟を結ぶ、銀河中央評議会の置かれる惑星ノインクラッド。
その制宙権にある宇宙船ドック、宇宙の何でも屋“コスモ・テイカー”を生業とする荒くれ共の船が数多く駐留する中、貿易船ほどの大きさの白と青を基調とした船もまた、次の航海を待ち望んでいた。
「ふぁあ~あ、なんだまだ誰も帰ってないのか……」
この青い船の主、フィゼラリー=エブンソンは手元の端末を操作、相棒のカーティス=リンカナムからのメールを確認した。
「カートは帰りが明日になるか……」
重力制御をカットした室内は、数時間前まで飲んでいたリキュールの瓶やグラスが宙に浮き、そこかしこに散らばる水滴は、寝てしまう前に飲んでいたテキーラに違いなかった。
「……久し振りにあの夢、見ちまったな」
二日前に一つ仕事を終え、今は休養中。
昼間から酒を浴びようが、誰に咎められる事もなく、なのに夢の中では懐かしい顔が懐かしい声で男を嗜めていた。
「フラン……、ティンク……」
酔い潰れるほど飲んだのは実に三年振り、先の仕事で見つけた“ヤツ”を取り逃がしたのが原因だ。
「ようやく見つけたと思ったのに、ゲアン=ギラムのやろうが暴れさえしなければよ」
クリミナル・ファイターと呼ばれる犯罪者、評議会によって使用制限が設けられている、特殊技能を使って問題を起こす者。
コスモ・テイカーの最も多い仕事の一つ、フィゼラリーことラリーはゲアンとの戦闘中に、とある事件の重要参考人を見つけた。
手配犯を追っている最中だったので、断念せざるを得なかったのだが、ゲアンが往生際悪く逃げ出そうとしなければ、捕まえる事もできたはず。
「ヴァン=アザルド!」
仇敵を前に依頼を忘れるところだったが、この仕事も長くなりつつあるラリーは、最優先事項を見失う事はなかった。
苦虫を噛む思いを繰り返すように、昔の夢を見た。
悪い酒に呷られたのも原因の一つ。
『ラリー、リーノが帰ってきたよ』
航宙船ベルトリカの中央制御装置が報告をする。
「随分と遅かったんだな。ティンク、重力制御を元に戻してくれ。
少女のような声を出すコンピューターに指示を出して、ラリーは床に足を付く。
漂う滴で汚れた床をロボットクリーナーが掃除する。
『もうラリー、あまり汚さないでって、いつも言ってるのに』
AIの声は嘗ての仲間の者と同じ、あの夢を見た後だと、その声を聞くだけで考えさせられる事があるが、替えようと思ったりはしない。
「只今戻りましたぁ」
「おお、お疲れさん。なんだ随分と遅かったじゃあないか」
昼前には帰る予定だったはずが、今は銀河標準時で夕暮れ時を回っている。
「はい、ちょっとハプニングが起きまして、って俺ちゃんと連絡入れましたよ」
『もらってるよぉ、でもラリー、お昼前から飲んでて、さっきまで寝てたからまだ伝えてないよ』
そう言われれば、これ以上は何も言えない。
「それで、どうだったんだ。ハプニングって、何かあったのか?」
ボサリーノ=エギンスは16歳。
評議会が運営する施設での、一年間のハンター訓練を受け、ラリーが預かる事になったばかりのルーキー。
テイカー規約である15件の同伴経験をたった一月で達成させ、今回は初の一人仕事。
何かあった時のためにと、別の仕事を入れずにラリーは待機していた。
「それが……ですね」
「報告は明確に端的に、いつも言ってるよな」
コスモ・テイカーなどを育てるハンター養成所にいる恩人から直接頼まれて、断り切れずに預かった新米に、ラリーはスパルタで本番の仕事を叩き込んだ。
教育方針に変更はなし。
「あのですね。実は……」
気の短い方ではないが、これは苛つく。
「ねぇ! リーノ、この人なんなの? さっきからずっと怒ってない?」
リーノの後ろから出てきたのは……。
「フェラーファ人? どういう事だボサリーノ!」
ルーキーに隠れてたのは、自分達の顔ほどの大きさの、背中に羽根を生やして飛び回る小人、妖精族がそこにいた。
小さくて羽根はあっても、見た目は人間と大差ないが、聞いて驚いたのは。
「私はリリアス=フェアリア」
「フェアリアってお前……」
「あっ、もしかして知ってるの?」
「ああ、でも今はいい。……そうだな先ずは年齢を聞かせてもらおうか」
ラリーにも一人、知り合いのフェラーファ人がいた。
彼女は十代にも満たないような容姿をしながら、当時のラリーと同い年の18歳という年齢だった。
「私? 19歳だけど」
「えっ? リリアって俺より年上だったの?」
「なによ。貴方達人間って、私達を見るとすぐお人形さん扱いするもんね」
「いや、ごめん。お人形さんとは思ってないけど、君の事10歳くらいに思ってたから」
それがこの妖精族の特徴の一つ。
「それで、なんでここにフェラーファ人がいるんだ?」
「いや、あのですね」
「私は正式に求婚を受けたから、付いてきたのよ」
返答を渋るリーノの代わりに、リリアが決定的な答えをくれる。
「はぁあ、やっちまったなお前、ハンター養成所でいったい何を学んできたんだ?」
ハンター訓練所では戦い方を学ぶばかりではなく、銀河評議会に加盟している惑星種族との関わり方やら、トラブルを事前回避する方法なんかも教わる。
特にこの妖精族には人間にはない、かなりファンタジーな決まり事がある。
「いやだって、この身長差で抱きつくと言う観点とか、頭に触れる時の注意点とか、咄嗟には配慮できなくて」
「で、右利きのお前は、彼女を左手で抱え込んで、頭を護ろうと右手を被せたと」
左手で彼女を抱きかかえ、右手で彼女の頭を、髪の毛の中にある触覚に触れてしまったのだろうと、ラリーは言い当てた。
「な、なんで解るんですか?」
「未熟者のやりそうな事くらい簡単に読めるさ」
呆れ顔で若者の額を指で小突くラリーに、クスクス笑うAIの声が聞こえてくる。
『そりゃあ簡単よね。ラリーだって……』
「おいティンク、余計な事を言うなよ。今はこいつに指導するのが最優先だからな」
『はぁ~い』
さてハプニングとやらの問題点は理解した。
しかしラリーにはその解決法を授ける術はない。
「まぁ、責任取ってやるしかないんじゃあないか?」
「そ、それしかないんですか?」
「知らんよ。これからはお前ら二人の問題だ。俺が口を挟む事はできないと言ってんだよ」
フェラーファ人の成人女性にとって、強く抱きつかれて、同時に触覚を触れられる事はプロポーズの証。
妖精族は17歳で成人すると言う。
「なぁ、リリア」
「なに?」
「俺達は今日の昼間に会ったばかりだ」
「うん」
「そんでもって今日の仕事で、俺はターゲットのクリミナルファイターを今一歩の所で取り逃がしそうになり、不用意に君達の集落に足を踏み入れた」
「そう言ってたわね」
「あいつが俺から逃げ出すために、君を人質にしようとした」
「まさかあんな乱暴なヤツからも、同時にプロポーズを受けるとは思わなかったけどね」
「ああ、いや俺もアイツも多分、そう言うんじゃあなかったとは思うんだが、俺は君を助けられた事も、アイツをちゃんと捕まえられた事も、結果オーライだとは思ってるけど」
「そうよ、結果として歴としたプロポーズをしてくれた。私には二人の男を選ぶ権利があったわ。そして貴方を選んだのよ。喜んで頂戴」
二人の長話のお陰でラリーは全てを把握した。
頭を軽く抱えるラリーにまた、ティンクが微笑の声を立てる。
『歴史は繰り返すもんよね』
「うるさいぞ。今はこのヒヨッコの話だろ」
『はいはい♪』
特定保護種族であるフェラーファ人は、本人の意志を無視して保護区から連れ出す事は銀河調停法に違法する。
その点はクリアしているが、銀河評議会登録惑星の知的生命体は様々な種族が存在し、それぞれが独自のルールの下で生活をしている。
「あんたはこいつといるためには、銀河調停法を覚えないといかんぞ」
「心配要らないわ。私はずっとあの鬱陶しい便利さの欠片もない保護区から抜け出したくて、色々勉強してたから」
「何から何までアイツそっくりなんだな」
「アイツ?」
「いや、なんでもない。リーノ、この件は全てお前に預ける。彼女が了承していると言っても、フェラーファ人は重要保護対象の種族だという事を忘れるなよ」
この船での生活ルールは、ティンクに教えてもらうようにとラリーから言いつけられ、リーノは報告書を纏めるために事務室に入っていった。
「さてあんたの部屋を用意せんとな」
「あら、私は彼の部屋と一緒でいいのよ」
「あんたはフェラーファの族長の血縁なんだろ? リリアス=フェアリア」
「くすっ♪ 父が族長よ。私はその四人目の子供で次女、けどそれこそこれからの私には関係ないわ」
「それでもちゃんとしないといけねぇ。色々勉強したって事は調停法も解ってんだろ?」
「……めんどうな話ね」
異種族が共存する銀河連合では銀河法の他に、評議会で調停を結び定めた法律が存在する。
「あんたがフェニーナになれるよう、助けくらいはしてやるよ」
「えーっとラリーだったよね。私の事はあんたじゃなくてリリアって呼んでよ。これから家族になるんだから」
さて後は相方が戻った時に、カートはどんな反応をするのかだが……。
考えただけで頭が痛くなる男は、新しいウイスキーの瓶のフタを開けた。