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一章「僕たちの居場所」

 春の青空、その下には広大な関東平野にビル群や田んぼが絨毯のように敷かれている。



長い下り坂の国道線には自動車が行き交い、高校生達が自転車で楽しそうに歩道を駆け下りる。



LEDの信号機は縁が錆びており、大型ショッピングモールの番人のようだった。歩行者用信号が青に変わると、坂を下って来た高校生達は大型ショッピングモールの駐輪場へと自転車を転がした。



壁面が水で汚れた大型ショッピングモールは五階建てで、ガラスの自動ドアで出来た正面入り口上部にはAQUAの看板がデザインされていた。



正面入り口を抜けると、直ぐにレストラン通りとなっており、アイスクリーム屋の広場には高校生や親子が美味しそうにアイスを頬張っている。



そして、アイスクリーム屋の傍らを通るエスカレーターを登ると、ゲームセンターがある。



ゲームセンターの名前はユアズ・スペースAQUA高崎店。



ユアズ・スペースは照明がピンク色で、全体的に薄暗く、天井にはピンクに塗られたダクトが剥き出しだった。



床や壁もピンクで塗られ、大きなギャル達の壁画は怪しげな印象を与えた。



暗がりの中、クレーンゲームやメダルゲームがライトアップされ、光の反射は綺麗ではあるだろう。



クレーンゲームコーナーは過疎化していたが、それとは対照的にビデオゲームコーナーの一角は人で賑わっていた。



ユアズ・スペースのビデオゲームコーナーには、レーシングゲームのような筐体が十二台設置してあり、六台ずつが背中合わせになっている。



筐体の看板には『C/LINKs カルディアリンクス』のロゴが光る。



しかし、筐体の座席シートの頭部には半球状の機材が取り付けられており、異彩を放っていた。



クレーンゲームコーナー手前、表側六台の筐体は全てプレイ中で、その周囲には沢山の人が天井からぶら下がる薄い有機モニターを見上げて興奮しており、その殆どの人間は二十代後半だった。



モニターには刀剣や銃器などの武器を持ったプレイヤーアバターが、踊るように戦っている。



一方、その反対側、リズムゲームコーナー手前の六台は空いており、左側三台がプレイ中で、右側三台の外端にある筐体に女子高生が一人だけ腰を下ろしていた。



彼女は眠るように背もたれへ体重を預けており、目元はドーム状の機材で隠れているものの、その横顔は美しかった。



***



 藍色の大空。



その地上は地平線まで続く平らな塩湖で、空に浮かぶ雲と深い青色を壮麗に反射させ、鏡合わせの世界が広がる。



その水面に革靴が没し、水飛沫が上がった。



真っ直ぐな緋色のセミロングを揺らす制服姿の女子高生が落下してきたからだ。



彼女の右手には自身の背丈はあるゴツゴツとした黒鋼鉄の大剣が握られている。



女子高生は体から青白いライトエフェクトを発散させると、水面を革靴で切り裂きながら、時速四十キロメートル程の速度でホバー移動した。



彼女の赤く光る瞳にはHPバーや、スキル欄、照準システムが表示されており、前方五十メートルは先で同じくホバー移動する三人の青年達をしっかり捕捉していた。



そして、真っ先に正面から接近してくる短剣を握った青年が赤いライトエフェクトを発散させて、回り込みのある接近攻撃を繰り出してきた。



その接近速度はホバー移動よりも速く、彼女目掛けて最短ルートを攻めてくる。



短剣を奥に構えて高速接近する青年に対して、女子高生は表情の一つも変えずに反応し、彼の攻撃を五メートル程動くサイドステップで直ぐに躱した。



モーション始動時には、彼女の腰にいくつか装着された射出機から花火のような光が六つほど空に飛び出す。



それは、戦闘機で言う所のフレアに近い。



すると、青年の短剣による接近攻撃は追尾機能を失い、彼女がフレアを射出した直前の場所へと突進していくのだ。



女子高生はサイドステップを踏むのとほぼ同時に鋼鉄の大剣による接近攻撃を始動させる。



赤いライトエフェクトで彼女の体は光を放ち、大剣を振りかざして青年の背中へと猛進した。



反応のできなかった青年は、大剣に胴を切り抜けられ、接近攻撃ヒットによるオレンジの光芒と火花が散り、彼の体は深い青空へと大きく打ち上げられた。



塩湖の世界に響き渡る青年の呻きを無視して、女子高生は接近技のモーションを中断させ、稲妻の流れる大剣を大げさな挙動で宙を舞う青年へと構えた。



「高出力、バレットインソード」



 彼女は凛とした声で冷淡にそう呟くと、大剣の中芯に通った筒から直径四十センチ程の黄色い光弾を放つ。



光弾には若干の追尾性能があり、空に打ち上がる青年へと綺麗に直撃した。彼の頭の上に浮かぶHPバーが七割は減少し、地上へとダウンした。



その光景に後方でホバー移動していた別の青年二人は切歯扼腕に顔を歪める。



「こいつ、初心者狩りかよ!」



 巨大な携行式野砲を構える青年は足を止め、彼女へ容赦なく砲弾を連続射出し、同時にミサイルコンテナを積んだ小型ドローン二機を両脇に召喚すると、三十発の対人ミサイルを空に発散させた。



大量のミサイルは空中に糸のような白い筋を描き、女子高生目掛けて誘導を開始する。



彼女は放物線を描いて飛来する黄色に輝く砲弾をホバー移動で蛇行するように避けた。着弾地点が爆裂し、次々と水飛沫を上げる。



続いて再びサイドステップを踏み水面に着地すると、先程の対人ミサイル群は明後日の方向へ直進し、誰もいない塩湖の地を爆撃した。



女子高生は、自身のHUD下部に表示される『Glide』というゲージが全開に満たされるのを確認すると、再び体を青白く光らせて野砲を抱える青年へとホバー移動を開始する。



野砲の青年は焦りを露わにし、ホバー移動で後退するが、その唇には不敵な笑みが浮かんでいた。




「やっちまえ、タカシ!」

「うおォーーーーッ!」



 野砲の青年の掛け声に呼応するかの如く、三人目の青年は左腕に装着された中盾を構え、ホバー移動する女子高生へとシールバッシュで猛進した。



しかし、彼女は傍から急接近するシールバッシュには既に気がついてた。



そして、なんの前触れもなく革靴から同心円状の青白い波紋が塩湖の水面に広がり、女子高生は上空へと跳ね上がった。



「飛んだのかッ!」



 シールバッシュを綺麗に外した青年は塩湖を八メートルは滑って着地し、ホバー移動しながら右手に握られた純白でシンプルなデザインの銃身内臓ロングソードを、慣性力により空で滑空する女子高生に照準を合わせ、分間1000発の発射間隔で五十口径のエネルギー弾を連射した。



広大な塩湖に、長い重低音が轟く。



だが、高高度で放物線軌道を取る少女には上手く偏差撃ちでもしない限り、連続ヒットさせることはできない。



女子高生は、落下軌道時のマイナスGによる内臓の浮き上がりで恐怖感を覚えるが、歯を食いしばって耐えつつ、空中姿勢を安定させた。



そして、彼女の軌道は、塩湖フィールドを囲む不可視の壁際まで逃げてしまい行き場を失った野砲の青年へと向いていた。



慌てる野砲の青年に、彼女は落下しつつ右手の大剣を真っ直ぐに構え、



「キャニスターバレッド!」



 と声を上げると、鋼鉄の大剣からセミオートの散弾を三連射する。



三発目の散弾が野砲の青年にクリーンヒットし、黄色の光芒と火花が飛び散り、そして、彼は体の制御を失い空中に浮かぶ雲のようにその場で漂った。



それを確認した女子高生は再び回り込み接近技を始動し、彼の胴を大剣で切り抜ける。



打ち上がった野砲の青年に、彼女は赤い残像を残して飛び上がり、空中で体ごと一回転したのち大剣による落とし切りを決めた。



強烈なヒットストップと白いライトエフェクトが発生し、野砲の青年はHPバーを一割のみ残して地上へダウンした。



続いて女子高生は落とし切りのモーションを継続させたまま落下し、地面を爆裂させる。



大量の水飛沫と粉塵が柱のように舞い上がった。



そこで、ダウンから復帰した短剣の青年とロングソードの彼は、女子高生の着地の隙に、それぞれ短剣突きによる突進技と、シールドバッシュの突貫攻撃を行った。



そこで、彼女は再び落とし切り技を繰り出して、彼らの頭上へと急激に飛び上がった。



そして、落とし切りをロングソードの青年に直撃させると、地に落下する寸前で、回り込み技を自身に目掛けて始動する短剣の青年へと向き直り、彼女は再び口を開いた。



「高出力、バレットインソード」



 すると、先程と同様の光弾を射出し、接近してくる短剣の青年を見事に迎撃した。



彼は、ヒットエフェクトとともにHPバーをゼロにしてしまい、複数の黄緑色の波紋とともに爆発し、跡形もなく消えた。



そして、ダウン中のロングソードの青年と、ようやくダウンから復帰しようと膝をつく野砲の青年のHPバーがさらに半分減った。



目の前で着地する女子高生に焦った野砲の青年は、ひたすらに彼女へと砲撃した。しかし、女子高生が足を止めて大剣で体を遮ると、体全体を覆う青白い光の膜が形成され、全ての砲弾を派手な火花とともに弾いた。



さらに、彼女はそのモーションをホバー移動でかき消し、野砲の青年へ接近した途端、溜めるようにその場で静止し、大剣の切っ先を彼に向けて構えた。



野砲の青年は女子高生が足を止めたことに反応し、高揚感の中、野砲を彼女へ向ける。



「間に合わねよ、くたばっちまいなッ!」



 直撃を確信した野砲の青年は、高ぶった心のままに叫び、反動とともに砲弾を射出する。



貯め動作の後、高速で野砲の青年へと突進する女子高生に砲弾は直撃し、彼女のHPバーは四割削れた。



しかし、女子高生の大剣の切っ先は止まらず、彼女は火花の中を突っ切り、赤色に光る瞳は一糸の残像を残した。野砲の青年は成すすべなく、自身の武器から手を離す。



ーースーパーアーマーかよ



野砲の青年がそう心の中で呟いたのと同時に、彼の瞳に反射して映る大剣の切っ先が限りなく接近した。



***



「ナオちゃん、ねぇ、ナオちゃんてば」



 学校の教室、霧海直樹は机に肘をついて、窓の外に広がる関東平野にポツリと聳える群馬県庁を半開きの口で眺めていた。



不意に、高校一年からの友人、波月春馬に肩を揺らされるまでは。



「なんだよ、ハルマ。まーた、新型ステルス機の話しか? 分かってるよ、レーダーに映らなくて、すっげえ速くて、多目標同時捕捉なんだろ」



 直樹は半ば可笑しく思って彼の喜びそうな単語を並べた。



「違うよナオちゃん。そうじゃなくて、転校生の話!」

「転校生、それってどっち?」



 直樹は、頬杖をついていたが、自然と春馬へ顔を上げた。



「女の子だよ、女の子! 凄く可愛いんだろうなあ。でも、新型ステルス機の美しさには遠く及ばないよね。だって、彼女生々しい人間じゃないか」



 聞いた直樹は残念そうに額に手を当てた。



「男じゃねぇのかよ。女って苦手なんだよな俺」

「ナオちゃん、恋愛しないんだもんね。去年だって、ぼくのためにチョコレートを川に捨てたんでしょ。でも、ナオちゃんには幸せになって欲しいと......」

「そのことは、もう気にすんなよ。俺はな、女よりも友達が好きなんだ」

「ありがとね、ナオちゃん......」



 指を交差させて俯いてしまった、春馬の小さな肩を見ると、直樹は居たたまれなくなり、彼のパーマがかかった頭を乱暴に撫でた。



「ああ、だからナオちゃん。それやると、髪型が乱れるって!」

「忘れてた、悪い悪い。そうだ、もう学食空いたんじゃないか? 行こうぜ、ハルマ」



 直樹は黒板の右上に掛けられた時計を見ると、席から立ち上がって春馬の背中を叩いた。



「もー、ナオちゃんは三歩歩くと忘れる鳥類の如しだよ」

「何なんだよそれ」



 そして、二人はゲラゲラと笑い声を上げると、教室を出て、廊下を歩いて行った。


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