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隙間の住人の怪

 春から社会人となったある男が、部屋を借りて独り暮らしの新生活を初めた。

 すんなり職場にも馴染む事ができ、近所の知り合いも増えて順風満帆に思えた男だったが、彼には一つ悩みがあった。

 それは独りで部屋に居るとき、どこからか人の視線を感じるのだ。

 最初は気のせいかと思って忘れようともしたが、どうしてもその不安を拭い去る事ができず、それは、夜な夜な部屋のどこかで鳴る物音で確信する。この部屋には自分の他にも「何か」が居るのだと。

 さて、男は怖かったので万が一の事を考えて、友人達を呼んで部屋を探すのを手伝って貰った。しかし、探している何かが見つかる事はなかった。

 友人達が解散しようとする間際、一人がまだ調べていない所があると言って指を指す。それは部屋の隅に置かれた大きなタンスだった。

「あのタンスかい? 確かにあのスーツをしまう所なら、人一人が入れなくもないけど、あそこは確認したし、誰もいなかったじゃないか」

「違うんだ。タンスの中じゃなくてその裏側。壁との間から物音がしたけど、怖くて除けなかったんだ」

 タンスと壁の隙間は小さく、ネズミだって通れそうにない。まさかと思いつつ、男は友人の言葉を信じて隙間を除く。

 すると、

「……見つかっちゃった」

 幅にしてわずか数ミリ、そこには、この部屋に住むもう一人の住人が確かにいて、こちらに双眸を向けて凝視していた。

 見つかった「そいつ」は、男の手を掴むと物凄い力で隙間に引きずり込もうとした。

 男は悲鳴をあげて抵抗し、周りの友人達も助けに入ったが、その腕はまるで影のようにペラペラで掴みどころがない。

 とうとう怖さに耐えきれなくなって友人達は逃げ出した。

 その後、男がどうなったのかを知る者はいない。


 *  *  *  *  *


「――とまあ、一般にこのような都市伝説で語られる『隙間女』ないし、その派生形で知られるこの妖怪は、歴史を辿ると意外なことに江戸時代から既にその類話を見かける事が出来る。

 脅かすだけの場合もあるが、襲われるとどうなるかは諸説あり、一説には異次元に連れていかれるってこともあるそうだ。

 対策は、根本的解決にはならないが、目貼りして隙間を塞ぐか、そもそも見つけない事だな」

 一つの階がまるまる個人の部屋になるような高級マンション。その一室のだだっ広い部屋の真ん中で、僕らはドでかいソファーに腰を掛けて、先輩はいつものように僕らに怪談知識を披露していた。

 うすうす話の内容から、今回の件がどういったものなのかは想像がつく。

「あのー、その話。もしかしてこの部屋って……」

「ジャストライトだ、察しがいいぞにの介。この場所は知り合いの伝でな。入居者が決まってもそのようにすぐ怯えるので、なかなか居着いてくれないそうだ。

 使わないままだとかえって痛むしからと、敷金礼金無料で家賃は月五十円。家電と家具は備え付けと破格の条件で借りられたぞ。ここを今後のサークル活動の新たな拠点にしようと思ってな」

 あー、やっぱりぃー。

「私、あんたと関わってからロクな事がないから、そろそろもう帰るわね!」

 ソファーで座っていた句酒さんが立ちあがり、その場から逃げ出そうとする。しかし先輩が彼女の腕を掴んで引き留める。

「ステェーイ! まあまあ、そう言わずにさ。まったく、付き合いが悪いぞ」

「その手を離して、一応ここに来ることまではしたんだから、十分付き合いがいい方でしょうが」

「にの介ー、喉が乾いてないか? 冷蔵庫に飲み物を冷やしてるんだ」

「ちょっとは、他人の話すことに耳を使う努力をしてくれるない!?」

 先輩は抵抗する句酒さんを気になどせず、無視してキッチンのある方へと彼女を引っ張って連れていく。そして、大きな冷蔵庫の前に来ると、その扉に手をかけた。

「この冷蔵庫にあるドクぺでも飲みながらでも、まずはゆっくりしようじゃないか。こんな事もあろうかと大量に買い込んでおいたんだ。ほら、受け取れ」

 開いた冷蔵庫の中にはドクペの缶がギッチリと詰まっていて、先輩はその中の一本を取ると句酒さんに手渡す。

「ふん、仕方ないわね。しょうがないからドクペが無くなるまでは居てあげるわよ」

 チョロっ!?

 確かに以前ドクペが好物とは言っていたけど、まさかそこまで目がないとは。先輩が手を離すと句酒さんは、踵を返し上機嫌で先ほどまで座っていたソファーへと戻っていった。

 先輩も冷蔵庫を漁って、ドクペ以外にも複数種類のドリンクの瓶や缶を手に取って戻って来る。先輩がその缶を僕の目の前に並べると、僕にこう言ってきた。

「ところでこのように、しゃけ子用のドクペの他にも色々とドリンクを用意してある事だし、にの介も一杯やったらどうだ? 少しぐらいこの部屋でくつろいだって別に構わないだろう」

 そう言われれば確かに、飲み物を飲む間の時間ぐらいはいても居てもいいような気がしてくる。こんな高級マンションに入る機会なんてまずないし、実はちょっと興味がないでもない。

 それに万が一、何かあっても先輩がどうにかしてしまうだろう。逆に事態を面倒にする可能性もあるけど。

 並べられた缶の中からミルクセーキを取って開けると、一口あおった。


 ガサッ!


 不意に、部屋の一角にあったタンスから物音がした。先輩が話をした後ということもあって体が思わず反応して身構えるように硬直する。

「そう慌てるな、たかが物音がしただけだろ」

 ところが、、一番興奮しそうだと思っていた先輩は意外な反応を見せ、妙に落ち着き払った態度でいた。

「あれ? 先輩、いつもなら歓び勇んで行くのにやけに大人しいですね」

「あー、それなんだが、こういった原因は調べるとだいたい、ネズミかゴキブリの仕業だと相場が決まって……」


「えっ、嘘、ゴキブリだと!? ドコドコドコっ? あっ、嫌、待ってそんな、こっち顔に来んな……うあぁぁぁぁぁ!!」


 知らない悲鳴と共に、ドッタンバッタンと何かの激しく暴れまわる音がタンスの裏から響いてくる。

「前言修正。どうやらゴキブリと一緒に、あそこに『いる』ようだな」

「そのようですね」

「そうみたいね」

 なんだか、先輩が先ほどまでしていた怪談話の緊張が急に抜け落ちた。あ、コイツ平気なやつだと確信してしまう。

「よーし、早速このタンスを動かすぞー。二人とも手伝ってくれ」

「しまった! 」

 タンスに取り付いた先輩の呼び掛けにしたがって、タンスの片側を先輩が、もう片方を僕と句酒さんの二人が掴む。

「いくぞ、せーのぉ!」

 よいしょっ!

 掛け声に合わせて腕と腰に力を入れ、タンスを持ち上げようとするが。

「「――って、重たぁっ!?」」

 腰に尋常じゃない負荷がかかり、あやうくぎっくり腰になるところだった。

「くぬぬ、我がアイデンティティを守るため、この隙間をなんとしても明け渡してなるものかー!」

 どうやっているのか分からないが、どうやらソイツは、タンスの裏で必死に抵抗しているようだ。

 そのまましばらく頑張って見たものの、タンスを動かす事が出来ずに手を離す事になった。

「はぁはぁ、なんとかこの場を死守することが出来た……」

 謎の声は息切れしながらも、安堵している。

「おかしいな。タンスの中身は空で、これよりも軽かったはずだなんだが。どうやら不思議な力が働いているようだな」

 どうやら、先輩の力でも動かすことが出来ないらしい。

「仕方ないわね。それじゃあとっとと、テープか何かで隙間を塞ぎましょう」

「待ってくれ、その前に一度試したい事がある」

 そう言うと、先輩は壁に張り付いてタンスの裏のスキマを覗く。

「やあっ、どーも。こんにちは!」

「あ、どうも……」

 先輩の挨拶につられて、ソイツも思わず返事を返す。

「よしっ、許可は取りたしそれじゃあ、おっ邪魔っしまーす!」

「はあ? お邪魔しますって……え?」

 言うが早いが、先輩はタンスの裏に躰を滑り込ませると隙間の中に入って行った。

 ちなみにスキマの幅は指がキリギリ射し込めるぐらい。お腹を引っ込めれば入るとか、そんな問題じゃない。本来ありえない事だけど、まあ先輩だしもう何も言うまい。隣で見ている句酒さんはたいして驚いてなどなく、順調に先輩に毒されていた、


「おーおー、これはこれは……。当たり前だが、なかなか埃っぽい所だな」

「いやっ、ありえないでしょ。どーして、この場所に入ってこれるのぉっ!?」

「ほうほう。ボトルシップとな、お前さんなかなかおしゃれな趣味をしているな。豪華客船クイーン・エリザベス号に、こっちは戦艦武蔵。おっ、帆船の初代日本丸じゃないか」

「それに触るな、苦労して作った大作だから!」

 ガチャーン!

「あ……、落として割れちゃったゴメンネ」

「ノオォォォン!」

「どれどれ、この押し入れには布団以外に、どんな秘密Kが秘密が眠っているのかな?」

「だから止めろっての!」

「なるんほど、やはり二次元モノが趣味か」

「だから止めてぇーーー!!」

「ん? これはなんだろ。どうも見たことがないな」

「それは大事な食料のダークマターだから。とっとと返せよ」

「ダークマターが食料とな? それは興味深い……よし、こちらはサンプルとして持ち帰ろう!」

「返せって言ってるのに、どうして盗ろうとする訳さっ!?」


 隙間の中はいったいどうなっているのだろう。会話の中でしか聞き取れない。とにかく先輩が、やりたい放題蹂躙しているのはありありと分かる。

「――あ、出てきた」

「ふー、満喫満喫ぅー」

「しくしく……。自分の折角の住処が……」

 暫くしていると、先輩がタンスの裏から出て来た。手には何やら黒いものを掴んでいる。

 外見は名探偵コ〇ンの犯人と言えば伝わるだろうか。目口のついた真っ黒なマネキンのようだ。不思議なことに、色んな角度から見回せて立体のように見える一方、まるで絵のように起伏の平らのようにも見える。先輩の

「こうして見ると、三次元的でいて二次元的なようでもある。なるほど、こうしてあらゆるスキマに潜り込める訳だ」

「なんなの、おたくら?」

「僕は人間」

「私は口裂け女」

 じゃあ? とソイツが先輩を指差す。

「「…………」」

「そこ、黙るなよっ!?」

 そんな事言われたって、こんな理不尽が人の皮と服を着て歩いているような存在、本当に何者なのなだか分からないのだから困る。

 先輩が何者か解明される頃には、世界に転がる謎が全て解明されていることだろう。

「なんだよ、自分はただ気が触れて変になるまでスキマでジッと見ているだけの人畜無害な存在なのに。どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ」

 ソレハソレデオカシイ。

「それ、分かるわ。私だって、暗くなる時間に裂けた口を見せて驚かせた後、刃物を持って全力で追いかけてるだけで温厚なのにアイツときたら……」

 人畜無害とか温厚ってなんだっけ。思わずスマホで言葉の意味を検索してみたが、やはり自分の知っている意味で合っている。

 句酒さんには先輩関連で同情する事もあるけど、やっぱり妖怪は妖怪だった。人間とは価値観が違う。

「ところで先輩は、ソイツをどうしますか?」

 見つけてしまった以上、そのまま見逃すというのもなんだ。気が触れて変になるとか、ただならないことまで言ってたし。

「そうだな。大変興味深い対象だが流石の私でも、あまり隠れてジロジロ見られるのは良い気がしないし、このままとはいかないな」

「え!? 平気で他人のプライベートには平気でズカズカ上が込む癖に?」

 先輩のお前が言うな発言で、思わず句酒さんのツッコミに一体感を覚える。

「それはそれ、これはこれだ」

 キッパリそう言い放つ先輩。酷ぇ。

「しゃけ子、お前はこいつをどう思う?」

 先輩はそんな視線など気にも止めず、句酒さんに話を振る。

「うーん。あなた、私と同じく妖怪みたいだし、それにアイツの事で同情するわ」

「そ、それじゃあ……」

「だけどやってる事って要は、引きこもりで覗き魔の変態よね。キモいからギルティで!」

「ぐはっ! 自分が、引きこもりで、覗き魔の変態、キモい……」

 ソイツは膝を折り、四つん這いでうなだれる。

 こちらはこちらで、容赦のない言葉で存在理由からバッサリ斬り倒していた。それに変態で言ったら、コート姿で刃物を忍ばせている句酒さんも大概だった。

「お、お前はどう思っているんだ。自分の事……」

 心折れて傷心の中、ソイツはこちらに救いを求めるような眼差しを送る。そんな目で見てくるんじゃない。

 本心はいなくなってもらえるとありがたい。だがこれ以上、こいつを傷付けるような事は言いづらい。

「そうだ、全然目立たない別のスキマに引っ越して貰うのはどうですか」

 それなら視線に困る必要はないし、こいつも部屋から出ていく必要はないしで一石二鳥だろう。

「にの介、それは駄目だろう」

「ええ……、ないわー」

「今まで言われた中で、一番酷い……」

 妙案だと思ったのに、何故かソイツを含む三人から軽蔑された。

「分っかんないかなー。気付かれたくないけど、気付かれたい複雑怪奇な妖怪ゴコロってやつが」

 うんうんと、先輩の発言に頷く他二人。あれ、君たちいつの間にそんな一瞬で仲良くなってるの?

「分かりましたよ、僕の事はおいといてくださいよ。だったらどうするつもりですか」

「ああそれはだな……、お前たち、ちょっと耳を貸してくれ」

 何故か手招きで僕と句酒さんを引き寄せて話すのだった。


  *  *  *  *  *


 数日後。

「これで良かったのだろうか」

 部屋の一角を見つめながら、僕はあの日の事を未だに悩んでいた。

 そこへドクペを飲む句酒さんがやって来くる。彼女もなんやかんやで、先輩の用意するドクペを目当てに、この部屋に居着くようになっていた。

「いいんだって、ほら、むしろ前より恐怖と存在感が増してあいつも本望でしょ」

 うん、確かにあれは増したね。増したけどさ……でも。


 僕の見つめる先、そこにはスキマというスキマにガムテープが貼られ、その上にお札が幾重にも貼られた壁とタンスがあるのだった。

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