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心霊スポットの怪~古戦場編~

「この場所は古戦場の跡地でな。昔からマニアの間では、落武者の幽霊に会えると評判の有名な心霊スポットなんだ」

「そんなものに仮に会えたとしても、果てしなく不吉な予感しかしないんで帰りましょうよ先輩」

「うわっ、凄い障気。ここ何か色々と『いる』んだけど……」

 そう意気揚々と話すのは、鎧武者のコスプレをした先輩。デザインは戦国BAS○RAの武田信玄風味。段ボール製だというのに質感が本物にそっくりで、無駄にクオリティが高かった。

 因みに句酒さんは白い大きなマスクと、赤いコートを着用、両手に草刈り鎌を握りしめている。

 鎌について聞いてみたところ、口裂け女の本能のようなもので、刃物が手元にないと落ち着かないのだそうで。

 ここが他に人目のある場所だったら僕らは不審者として通報されてもなんらおかしくない。

 そんな僕らが今いるその場所とは、とある山の谷あいにある平原で、ここへは僕と句酒さんが先輩に車で捕まって運ばれてきた。

 客観的に観れば、草むらを風が通り抜ける穏やかな音が流れているだけの場所だ。

 しかし、真っ昼間でまだ明るいのにそこは、どこか不気味で肌寒くなる空気が立ち込めていて、その場に長居したくない気持ちにさせた。

 今までの経験則で分かる。ここは間違いなくガチでヤバい場所だというのが。

「早速で済まないが、にの介。このデジカメで私の写真を撮ってくれ?」

 仕方なく僕は受け取ったデジカメを先輩に向けてシャッターボタンを押すが、

「あれ? シャッターが切れない」

 あれこれ他の部分を触れてみるものの、肝心のシャッターボタンが壊れているのか全く反応しない。

「嘘でしょ、ちょっと貸してみてよ……ホントだ。シャッターボタンを押しても全然反応しない」

 句酒さんも僕と同様にそのカメラに触って弄っても、シャッターボタンだけは反応しなかった。

「いちおう、車を出る前にカメラの動作チェックはしていたのだがな。これは霊障か、はたまた単なるカメラの故障か。期待が高まるな、さあ楽しくなってきたぞ」

 ひとり興奮して歩きだした先輩とは裏腹に、僕と句酒さんのテンションは駄々下がりだ。

 先輩が進む先についていくと、そこには古い慰霊碑があった。年季が入っている表面はとてもざらざらしている。

  先輩が持ってきていた荷物の中から、線香と花束を取り出してそこに供える。

「かつてここでは何度も合戦が行われて、多くの血が流れたそうだ。多くの怨念がさ迷うこの地では、訪れる者を悪霊がとり憑いて殺し合わせるのだという。

 つい三年前にも、ここに面白半分で来た男女のカップルが突如錯乱して殺しあう事件があった。ほら、これがその時の記事だ」

 怪事件の切り抜きが貼ってあるノートを先輩が開いて見せる。


 そこには先輩が話したとおり、恋人同士の男女の様子が急変して、互いの首を絞め合ったり、手にしていたカメラや周囲の石などで殴りかかったとの内容が書かれていた。

 近くにいた友人らが取り抑えて最悪の事態は免れたものの、互いに重症、首には締め付けによってできた痣があることなどから殺人未遂事件として調査。両者は事件のあった先週に婚約したばかりで、動機は不明とのこと。


「現状、洒落にならないヤバい場所におかれていってのは分かりました。帰らせてもらいます」

「おい、にの介……」

 先輩が引き留めようと知るもんか。本当に悪霊にとり憑かれて殺し合いなんて時代的になったら、流石にたまったもんじゃない。

「さあ、句酒さんも……あれ、句酒さん?」

 句酒さんにも呼びかけて一緒に帰ろうとしたのだが、句酒さんのようすがなにやらおかしい。黙ってその場にうずくまり、微動だにしない。

 もしやと思いつつも、具合でも悪くしたのだろうかと万が一の事を考えて近づこうとするが。

「にの介、今のそいつに近づくと危ないぞ」

「へっ?」

 先輩への返事でなんとも間抜けな声が出たと思った次の時には、僕は浮遊感や高い景色と共に宙を舞っていた。

「あーあ、だから言ったのに……、よっと」

 僕を追って跳躍した先輩によって、小脇に抱えられて無事着地。怪我をしないですんだ。

「ほう、軽く投げ飛ばしたつもりが、これは想像以上だな。この人外の女子(おなご)の体、存外に具合がよいようだ」

 句酒さんから、ではなく、その背後から知らない男の気持ち悪い下卑た声が響いてきた。

「どうやら、私のお目当てがお出でなすったようだな。姿を現せ」

 すると、先輩呼び掛けに応えたのか、句酒さんの背後とその周囲におびただしい数武者の霊が現れる。皆生気のない土気色の肌をしていて、首の無いもの、大量の矢や槍が刺さっているもの、体に穴や傷がついてもの等々、少なくとも生きている見た目をしているものは誰ひとりいない。

 句酒さんの背後にいる霊が話す。

「我こそは幾数の大将首を打ち取った、首狩りの義親よしちかなり。しかし、久々の女体。まずは堪能しないとな、この乳に、尻。それから、すんすん……んー、なんていい香りだ。」

 自分で自分の胸とお尻を揉みしだき、自分の体臭を嗅いだ句酒さんが、かつてないほど顔を歪める。

「いーやぁーー、体が勝手にー! しかもこの霊、かなりキショい。このままだと、コイツにお嫁にいけない体にされる! お願い、早く助けて。あっ、いやっ、そんな所を……」

 そんな句酒は、あの幽霊に本当に体を操られているようで、ここではとても口に出来ないような事になりかけていた。

 句酒さんの助けに呼応して、先輩が懐から数枚のお札を取りだす。

「待っていろ! 知り合いで寺生まれの(てい)さんから貰った霊験あらたかなこのお札で……」

「なんだやる気か? いいぜ、受けて立つ。幸いコイツが俺の得意な獲物を持っているようだしな」

 句酒さんの体を弄っていた手が止み、堂に入った構えで両手に鎌を取って臨戦態勢をとる。

 でも待てよ。

 お札って事は、句酒さん相手だと……。

「それ、あんたの事だからヤバイ札でしょ! 私まで除霊されかねないからそれは止めてー!」

 句酒さんが必死に訴える。そうだよね、口裂け女の句酒さんにも当然効果は抜群だ。

「おっとっと、そう言えばしゃけ子は妖怪だったな、あっはっはー。じゃあ、残念だが貴重な会員を失うわけにもいかないし、これは使えないな。ぽいー、っと!」


「ぎぃゃぁぁぁぁぁ!!」


 先輩の放り捨てたお札が幽霊の一人にたまたま貼り付き、その幽霊は苦悶の叫び声を上げて倒れ、もがきのたうち回る中で消滅していった。

「……あんなオーバーキルも甚だしい物を、私に使おうとしたの。てか、しゃけ子って、もしかして私の呼び名!? このタイミングで!? 」

 お札の効果を目の当たりして戦慄し、句酒さんの顔は青ざめてていた。それはその光景を見ていた周りの幽霊たちも同じだった。

「お前の中には人道的という言葉はないのか……」

「俺達だって介錯するかくらいの心は持ち合わせてるぞ」

「この鬼、悪魔ーっ!」

 これには幽霊達もドン引きで、先輩に次々と非難の声を浴びせていた。

 しかし、その中にあってただ一体、句酒さんにとり憑く幽霊だけは違っていた。

「者ども、うろたえるな! なにやら危険な札を持っているようだが、それも使えないとなれば、このような小娘ごとき恐るるに……」


「おっとそう言えば、武士を相手に戦うのなら名乗らねばな。

 やあやあ、我こそは邪道院虎近(とらちか)が直系の子孫、邪道院ゲギ子であるぞ!」

「え……、あ……。邪道院……虎近の子孫……だと!? 虎近ってもしや、あの『滅びの鬼虎』のことか」


 幽霊達が先輩の先祖の名前を聞いた途端、彼らの間でにわかに動揺が走る。


「マジかよ!? 嘘だろ?」「だが、邪道院なんて名は他にそうそうあるはずが……」「あの歩く災害が?」「出会えば厄災が舞い込む間こと違いなし、祓っても尽きないから諦めろって噂だったあの?」「立てば台風、座れば地震、歩く姿は疫病神と言われる」


「先輩のご先祖様、何をしでかした人なんですか!? なんかもう色々と散々な言われようですけど」

 いやまあ。先輩を見ていれば、何となく想像はつくけど。

「実は私も、ご先祖様が有名な剣士だった事ぐらいしか知らなくてな。あまり詳しい記録もないので、どんな人物だったか、実はよく分からないんだ」

 ホント、何をやらかした人なんだろうか。

 しかし、これでもまだ、句酒さんに取り憑く幽霊はなお、心折れなかった。

「まだだ、あの虎近の子孫であっても、決して本人などではない。」

「おっと、丁度試し斬りに使えそうな手頃な岩をはけーん。えい、やあー、とうっ」


 スパッ、スパッ!


 先輩がたまたま近くにあった岩を気の抜けた声と共に十文字に斬りつけると、それはまるでバターのように容易く斬れた。

 だけにはな留まらず……。

「はいーっ!? そんな阿保な……」

 句酒さんに取り憑いた幽霊が愕然と見つめる先には、空と地面に先輩の太刀筋と同じ深い断裂が生まれていた。そして、周囲一帯の草はまとめて刈り取られ、風にさらわれていく。

 先輩はそれを見て満足げに呟く。

「うーむ。模造とはいえ、流石は刀。まさか、ここまで切れ味が出るとは」

 んな訳ない。

 そもそも真剣どころか、どんな刃物でも起こせる現象ですらない。

『…………』

 先輩の生み出す理不尽な光景を目の当たりにし、幽霊達を含めた先輩以外の全員が言葉を失う。句酒さんい憑いた幽霊も、これには堪らず開いた口が塞がらなかった。

「さあ、いざ尋常に死合おうか。いやー、口裂け女に取り憑いたSAMURAIの霊と対決できるなんて、よくよく考えれば楽しみだなあ」

 刀を鞘には戻す事なく、先輩は句酒さんと取り憑く幽霊を相手に、ノリノリで嬉しそうにその切っ先を向ける。

「いやいや、待って待って、私、生身、無理、死んじゃう!」

 先ほどの先輩の剣を見て、語彙を失うほど焦りが高まっている句酒さん。

「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでもいいから。しようよ、本物のチャンバラごっこ」

 どうしてもやり合いたい先輩は、句酒さんに拒否されようがそれでも粘る。

「いやいや、待って待って、我、幽霊、無理、死んじゃう!」

 どうやら先輩の出鱈目な剣は、死んでいるはずの幽霊の生存本能まで、思い出させるものだったようだ。

「お願いします。もう人に取り憑く事は金輪際しませんから。成仏だってします。どうか何卒、何卒」

 幽霊が土下座して命乞いをしている。ちょっと言っている自分でも、何を言っているのか分からない。

「えー、そんな事よりも、チャンバラごっこしようじゃないか」

『あんなんやったら、ごっこで済まされるか―! 死ぬ!』

 句酒さんと幽霊のツッコミがした。それは誰もが同じ気持ちを先輩に抱いていた事だろう。

 それを最後に、幽霊の姿と周囲を取り巻いて嫌な空気が立ち消える。

「あれ? 体が自由に戻ってる。よかった。本当に……本当に、よかった」

 幽霊から解放され、晴れてて体が自由になった句酒さんは、命と貞操の危機が去り、泣いて喜んでいたのだった。帰りに、せめて何か美味しいご飯を奢ってあげようと思った。


  *  *  *  *  *


 あれ以来、あの場所の幽霊の噂はパッタリ途絶える事になった。

 貴重な心霊スポットが一つ失われた事により、後にとある騒動が巻き起こるのだが、それはまた別のお話。

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