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メリーさんの電話の怪

 今日は特にこれといって講義もバイトの予定も無かったから、今頃は自分の部屋でゴロゴロしているはずだったんだ。

 窓も玄関のドアもちゃんと鍵をかけたのに、ドアなんて二重ロックにドアチェーンまでしていたのに、そもそもどこにも何かした形跡がなかったのに。

「いやー、留守ならどうしようかと思っていたが。無事にいたようでなによりだ」

それなのにどうして、この先輩は音もなく人の部屋に入って来れるんだ……。

いや、本当は理解しているんだ。ただ、受け付けないだけで。

「本当に、どうしてなのよ! どう考えたって密室だったでしょうが」

「でも、だって先輩だし」

 それをこの一言で納得しそうな自分が嫌だ。だってこの先輩、ジェイ○ンの映画を見ただけで瞬間移動を覚えるような人だし。

「納得できるかー! あなた達って何者!? それになんで私まであなたらの怪しい同好会に含まれているの!?」

 そう言ってファミレスのシートから腰を浮かして抗議したのは、先日知り合ったばかりの口裂け女の句酒さんだった。

 この人も、僕と同様に先輩によってこの場に連れて来られた。彼女には、ご愁傷様としか言えない。

 先輩の隣にいた僕は、首を横に振りって、句酒さんに「諦めよう。この人には何も通用しないから」と伝える。

 先輩が会長を務める非公認サークルである現代耳袋愛好会には、そもそも入会届なんてものはない。全ては先輩の意思決定次第なのだ。

 だから逆に言えば、先輩が入っていると言えば、勝手に入会していることにされる。

 そう、この僕みたいに。

「そう、あなたもなのね……」

 句酒さんは諦めきった僕の反応を見て全てを察したらしく、ガックリと肩を落として大人しくシートに再び座った。

 その様子を見て、先輩は満足気に頷く。

「ふむ。メンバーも揃った所で本題に入ろうか。時に、怪談話の『メリーさんの電話』を知っているか?」

 メリーさんっていうと、夜中に電話がかかってきて「もしもし。私、メリーさん。今、××にいるの」と何度も居場所を伝えきて、その場所が近づいていくってやつだよね。

 それで最後は「今、貴方の後ろにいるので終わるんだったよね確か。

 僕が怪談の概要を答えると、先輩はその通りだと言った。

「その通りだ。そしてその後、その電話のかかった人物がどうなるのかは詳しくは伝わっていないのだがな。一般的にメリーさんの姿は、少女の霊や西洋人形の姿だと伝わっている。しかし、私の場合は某映画の影響で、敢えて大玉スイカの姿を推したいものだな」

 あー、あの映画か。懐かしい。

 先輩は「ま、そのような怪談なのだが」と、脱線しかけた話を仕切り直し、携帯電話の電話帳を開いてとある電話番号を僕らに見せた。

「実は私の友達の友達から、なんとそのメリーさんの電話番号を入手する事に成功したのだ」

「それってまた、先輩の友達の友達とやらですか? その人、何者なんですか?」

「お金持ちの屋敷で働く元二ートの友達の上司で、自称小悪魔を名乗るメイド長だ」

 まーた、そんな胡散臭いところから情報を引っ張ってきて。

 その番号は本物だろうかと疑ったが、以前というか、つい最近に、眉唾の噂から口裂け女の実在が判明したばかりだ。

 もし万が一、その番号が本物だった場合、何が起こるか見当がつかない。

 先輩が嫌な行動をとる予感がして注意しようとしたが……。

「――あ、ぽちっとな」

 手の早い先輩は、パパっと番号を打ち込んで既にハンズフリーモードでその番号を掛けてしまった後だった。

 せめて電話を掛けるなら先輩が自分独りの時にして。なんて言葉は間に合わなかった。

 掛けてしまった携帯電話からは、相手の電話と繋がるまでの無音が続く。

 続く。

 続く。

 ……。

「……繋がらないな」

「繋がりませんね」

「繋がらないね」

 さらにしばらく待っていると、この番号は現在使われていないとのアナウンスが流れた。

 ふう、何も起こらなくて良かった。

 先輩の今回拾ってきた噂がデマだった事に、僕は安堵した。


 ――のだが、その安心は晩までしか続かなかった。


 その時間、僕は暮らしているアパートの部屋に戻って晩御飯の片付けも終わりゆっくり過ごしていた。

 ♪〜♪♪〜〜。

 携帯電話が鳴ったので鍋にかけていた火を止め、電話を手にしてかかってきた番号を確認する。

 あれ、知らない番号だ。

「もしもし?」

 何処からだろうと思いつつも、通話ボタンを押して返事をする。

 すると向こうからも返事が返ってきた。

『わたし、メリーさん。今、貴方のアパートに向かう電車に乗ったの』

 うわぁ。

 まさかの時間差攻撃だった。 

 あの場には、他にあと二人もいたのだから、その他へ行けばいいものを……。

 元来この手のことに慣れ切っていたせいか、不思議と恐怖は湧かなかった。

 通話はすぐ切れたが、しばらくすると、携帯電話にすぐにまた電話がかかる。

 この番号は……、先輩だ。

『にの介、にの介ー、私だ。夜中にすまないが実はサークル活動の事で唐突に思い出した事があって、にの介に話したくてな。今、お前のアパートに向かう電車に乗ったところだ』

 あるぇ?

 つい先ほど、似たような内容の電話が来てたような。

 しばらくすると、電話に再び着信が。こっちはメリーさんからだ。

『わたし、メリーさん。今、貴方の近所の駅に着いたわ。でも、どこからか強い視線を感じるの』

 ん、んん?

 メリーさんから電話がかかってきた事よりも不穏な気配を感じる。しかも、メリーさんの声からは、不安や怯えの気持ちが伝わっても来る。

 そして案の定というか、再び先輩から電話がかかってきた。

『よう、にの介。今駅を降りた所なんだが、どうも気になる不審な影を見つけてな。ついでに追いかけている所だ。どうやら私と同じくお前のアパートの方向に向かっているっぽいぞ』

「先輩……、間違ってもそれを、走って追いかけるような真似して、相手を怖がらせたら駄目ですよ」

「はーい。分かりましたー」

「……絶対ですよ? 絶対ですからね」

「大丈夫、大丈夫だってー」

 ヤケに気の抜けただけど大丈夫だろうか、念は押したけど、いや、おそらく駄目だろうな。

 そんな予感が的中したのか、程なくしてメリーさんから三度の電話が来たのだった。

 電話に触れてもないのにハンズフリーで通話状態になっていたが、そんなのもうどうだってよくなっていた。


『わたし、メリーさん。今、貴方の部屋の前に着いたわ。だから……』


 ん? だから?


『今すぐドアを開けてぇぇぇぇ! 助けてぇぇぇぇ。アイツが、アイツが来る!! きっと来る!!』


 ――ダンダンダン、ダンダンダン。

 メリーさんの悲痛な声と玄関の扉を激しく叩く音が、電話の向こうと自分のいる場所とでシンクロする。

 あー、やっぱりー。我慢が利かなかったか先輩。

 急いで鍵とチェーンロックを外して玄関を出たが、そこには誰も見当たらない。

 すると、電話からでなく背後から小さな憔悴した声が聞こえてきた。

「わたし、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの。しばらく匿らせて、お願い……」

 気になって背後を振り向くが、その振り向きに合わせてその気配はさらに後ろに回り込む。二度三度同様に行ったが、視界の外に直ぐ回り込まれてしまう。どうやらメリーさんは随分とシャイらしい。

 そんなことを思っていると、廊下の暗がりの中から血走った目つきで興奮する先輩が息を荒げてやって現れた。

「ハァハァ……、ヤツはドコだー! ジュルリッ」

「うわっ!? 先輩? こんな時間にそんな顔して現れないでくださいよ。ビックリして心臓に悪いですって」

「ハッハッハー、おっとスマン。それは、にの介に悪い事をしてしまったな」

 急に現れたので、冗談抜きでビビる。涎が若干垂れていたのも、怖さを増すのに一役買っていた。

 背後から僕にだけ聞こえる声で、メリーさんが「なんて化物なの……」と声を漏らして戦慄していた。

 内心、お前が言うなとツッコミが喉を出かかったが、それをやってしまうとメリーさんの事が先輩にバレてしまうのでぐっと堪える。

「ところで、誰もいないのににの介は、玄関なんて開けてどうしたんだ?

 それとも、誰かがいたのかな。そうだな、例えばメリーさんとか、メリーさんとか、メリーさんとか。な? な? な?」

マズい。早速、先輩から凄い勢いで怪しまれている。

「それよりも、今日は僕に用事があって来たんじゃなかったですか?」

 先輩の関心を反らすべく、別の話をふる。

「実はその事なんだが、メリーさんについて後から聞いた話があってな。それを直接伝えるために来たんだ」

 どうやら、先輩の来た目的がメリーさんであるので、その話題からは逃れられないようだった。

「分かりましたよ。ひとまず、ここで立ち話もなんですから、部屋に上がってください」

 背後を見せないよう玄関を出て先輩を中に招き入れる振りをしながら、その背後でさりげなくメリーさんを逃がしてやる。

(さ、今のうちに)

(ありがとう、助かったわ……あれ?)

(どうしたの?)

(腰が抜けて、動けない)

(嘘でしょ……)

 まさかの、予想外な事態が起こった。驚かせる側の幽霊に、ま抜ける腰があるだなんて。誰が想像できようか。

「でも、幸い先輩は部屋の奥だ。時間を稼ぐから、その間にでも」

「止めて! 今の状態で私を独りにしないで。怖いのよ、もうあんなのイヤ」

 お化けの癖に怖いとか何を言う。と言いたいが、あんな先輩に追い回されたらそりゃ誰だってトラウマものだろう。句酒さんもこの前の先輩の件で、しばらくうなされたと言ってたし。

「でもどうするの、流石にこのまま玄関に居るっばなしじゃ怪しまれる」

 その時、背中をギュッと掴まれる感覚が。メリーさんの意図を察して驚く。

「マジですか?」

 敢えて飛び込むというのか、あの先輩の待つ場所へと。


「先輩、遅れてすみません」

「どうした、なにかあったのか?」

「ちょっと色々ありまして」

 先輩にメリーさんの姿が見えないように、背後を隠して移動する。

 当然というか、流石にその不自然さが先輩にバレる。

「ちょっと待て、その不自然な動きはなんだにの介。背後に何かを隠してないか?」

(近い近い! 来ないで……来ないで……)

「止めてくださいっ!」

  先輩が背後を覗き込もうとしたので、声を上げて拒絶して飛び退くように後ろへ下がる。

「うおっ! ビックリしたー。なにもそんな大声で嫌がることないじゃないか。私だって傷つくぞ」

寂しそうな顔で先輩が言う。

「これはそのー、実は、友達の友達から聞いたお(まじな)いを試しているんです。それで、それをやってる最中は、相手にしばらく配合を見せたら駄目みたいで……」

「そうか、それなら仕方ないな」

占いがどうこうは、先輩を誤魔化すための言い訳だったが、どうやら通用したようで、先輩はそこで引き下がる。

「それで、やって来た目的のなんだがな。今回、私の持ってきた話には続きがあったのを忘れていたよ。

なんでも電話をかけた直後はつながらないが、ちょうど今頃の時間帯になってからかかってくるそうだ。あの影がそうだと思ったんだけどなあ。しかし、にの介に心当る事はないんだな」

「ええ、帰ってから特に何も。先輩の見た影も、猫か何かと見間違えたんじゃないですか」

「ううむ、暗くて小さくてハッキリとは分からなかったしな。言われてみれば、確かにそうかもしれないな」

「僕の事はいいんで、それなら句酒さんの所でも訪ねたらどうです?」

句酒さんには悪いと思いつつも、一刻も早く先輩がこの場を離れてくれるように促す。

「だが、まだ現れないと決まった訳ではないからな、それにこの場合はやはり、にの介の所にいた方が遭遇出来る確率は高いだろう」

「いえいえ、そんな事ありませんって。それにかけたのは先輩じゃないですか。来るならそっちが筋じゃないですか」

 本当はこっちに来てるけど。

「そうか、それもそうだな」

「そうですよ。だから今日の所はもう……」

「ならば、ここまで来て帰るだけも何だし、メリーさんが来るまでこのまま、にの介の部屋でお邪魔を……」

 いけない、この人居座るつもりだ。そんな事されたら、先輩がメリーさんに気付くのも時間の問題になってしまう。

「いや、今日は駄目ですって。どうしても」

「お前の試しているおまじいの事なら、邪魔しないよう気をつけるって」

「それでもですって、夜中に女性が男の部屋にいつまでもいちゃ駄目です」

「ならば、私の部屋に来ればいいだろう。男でなく、女の部屋なら構わんのだろう?」

「違うそうじゃない!」

「どうしたにの介? いつもなら折れてなんやかんやな所、妙に付き合いが悪いぞ。まるで私に居られたら困るような……ははーん、さては――」

先輩がしたり顔でニヤニヤとこちらを見る。まさかメリーさんの事が気付かれたか?

「年頃の男が夜中に独りきり、つまり、丑の刻参りが、したいんだな?」

「違うよっ!?」

 そっかそっかー、年頃の男は夜中になると丑の刻参りしたくなるのか。って怖いわっ!

「だが深夜徘徊をしてると、神社や公園でしているのを結構見かけるぞ。てっきり近頃のトレンドなのかと」

 知りたくはなかったよ、その情報。

「聞いてみたら最近は、藁人形よりハイチものの人形が効き目が良いそうだ。あと、ガチなものより、プチ呪術が流行っているそうだ。効果は小さいが、リスクも小さく手軽なんだとか」

 しかも、ちゃっかりバッチリ情報交換まで行っていらっしゃるよこの人は。そうかこうやって、この先輩は謎の人脈を増やしていくのか。

 それはいいとして。

「丑の刻参りじゃないですよ。単に疲れているので残りの今日は、プライベートな時間をゆっくり過ごしたいだけですから。既に先輩都合でのサークルにも出てますし」

「そうか、そんなに強い希望なら今日の所は退散するとしよう。邪魔したな。

 ――っと、そうだ。丑の刻参りで思い出したが。もしにの介の所にメリーさんがやって来て、人形だったら捕らえてくれないか。どうなるか試してみたい。ああ、想像しただけでワクワクするな」

 そんなこと考えるのも出来るのも、先輩しないないよ。

「じゃあな!」そう言って、どうにか先輩は去って行った。

 妖怪や幽霊なんかよりも、生きた人間の方がずっと恐ろしい。そう言い出したのは誰なのか。

『たっ、助かったー。もし捕まっていたら。今頃私は……』

 ともかくこれで、先輩はようやく帰ってくれた。メリーさんの緊張もようやく解けて、背中を掴んでいた手が離れる。


♪〜♪♪〜〜。


 ふと、気が緩んだ所で、不意に流れる着信音。

「あれ? 先輩じゃない。知らない番号だ」

「私じゃないわよ」

 今、僕の背後にいるメリーさんの仕業でもないようだ。

 どこからだろうと思いつつ、先ほどの件もあったので、警戒して電話に出る。

「はい、もしもし……」


 すると、電話の主はこう言った。


『私、メリーさん――』

 

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