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水守町怪奇事件簿  作者: 猫柳
Case.1 鳴声遠く
7/28

007

March 18, 5p.m.


四杯目のソフトドリンクを飲み干して、ニケはふぅ、と息をつく。

「人工的に人狼を生み出してそれを商品として売りさばく、か。正気の沙汰じゃない。とんだ変態野郎だな、それを考えたヤツは」

「本当にね、私もそう思う」

律華の言葉に、ニケは頷き、眉を顰める。彼女が咥えたままのストローが、口の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れた。

「けれど、商品価値はある。狼と人の姿を切り替えるって時点で摩訶不思議なうえに、半人半獣の姿をとどめる薬剤をヤツらは開発していたんだろう?見目麗しい子供に獣の尾や耳……それが本当に再現できたなら、好事家達はいくらでも金を積むだろうね。恐ろしい執念だと思うよ。少なくとも半年かそこらで開発できるようなものじゃないはずだ。正直、キミ達のでっち上げたホラ話だって可能性の方が高いぐらい」

「ウソじゃない」

「分かってるよ律華ちゃん。悔しいことに先程のキリ君の腕は、キミ達の説を信じる以外他に良い説明が思いつかない。ホログラムでも幻覚でもない、確かにボクの手の中でキミの手は人ならざる者になっていた。本物を見るのは初めてだけれども、そういう科学で説明できない異形の者達は実は存在しているって話を、昔聞いたことがある」

「異形の者達、ですか」

「そう。といってもボクも詳しくないから、そこいらのオカルト雑誌の騒ぎ立てる未確認(UM)動物(A)とどう違うのかは知らないんだけどね。話し始めると長くなるから簡単にまとめると、『存在するかもしれないと信じる人がいる存在は、存在してしまう可能性がある』らしい」

「……なんですかそれ」

よく分からない話だけどねぇ、とニケも納得いかなそうな顔をする。

「神様も、妖怪も、幽霊も、化物も、もしかしたらいるのかもしれないなーって考える人がいる限り、本当に出てきてもおかしくない。人の想像が理屈を捻じ曲げる、そんな歪んだ場所が、ごくまれにあるらしい。キミを人狼にする為の薬剤を作った最初の人狼は、もしかしたらそこから来たのかもしれないね」

そこまで話すとニケはストローをぺっとグラスの中に吐き出し、改めて話を切り出す。

「そんなオカルト話はまぁどうでもいいんだよ。問題はここから先だ。キミ達、これからどうするつもりなんだい?」

「他の被害者の場所を特定し、救出したい。止めますか?」

うぅん、と悩んでみせるニケの表情は、最初に会った時と同じイタズラ気な笑みが滲んでいる。

「良識のある大人だったら、やっぱ止めるよねぇ。でも、止めても聞かないだろ?キミ達」

「私達が動かなくても確実に事態が好転するって思えたら考えるけど」

「となると、キミ達が勝手に動くぐらいなら、キミ達のサポートをしつつ援護するぐらいの方が丁度良さそうだ。なんてったってボクも腸が煮えくり返ってるからね。ボクは違法な商売が嫌いなんだ」

 軽く伸びをして、それからニケはスマホを取り出す。どこかに電話をするようだったので、かける前に一応聞く。

「どこに電話を?」

「そう警戒しないでよ。今から近場のホテルを押さえる。住宅街の個人宅なんて危なくて仕方ないからね、拳銃を使ってくるような危なっかしい奴らなんだろ?」

「ちょ、流石にそんなお金は……」

「ボクが出す。珍獣屋なんてのを趣味で営んでられるのも、親の七光りのおかげでね、誇れる話じゃないが多少動かせる金はある。これはボクの復讐だからキミ達は気にしなくていい。むしろその分ボクの足として働いてくれよ」

「ニケさん、私貴方のこと誤解してたみたい。めちゃくちゃ話の分かる人だったんだね」

……いや、その解釈もどうだろう。

ニケと律華は、俺の目の前で歪んだ笑みを浮かべて握手を交わした。

「そう言ってくれると嬉しいな。さ、一緒に派手な花火をぶちかましてあげようじゃないか!」

「最高、一生ついていきます!」

 正直、不安しかない。


 ◇◆◇◆◇

 

 ニケが宿の手配を終えたのを確認して、俺達は荷物をまとめて店を出る。その頃にはすっかり日も暮れ、時間は夜六時半をすぎたところだった。

 日が暮れるとまだ冷え込む時期だ。隣で律華が小さく身を震わせる。

「寒いか?」

「……いやなんか、なんだろ、嫌な感じが」

 首を傾げた律華が、不意に凍り付く。その視線を追いかけて、げ、と俺も呟いた。

通りの先、小さなカフェから男が出てくる。見慣れた風貌だ。具体的には、午後にハイビレッジ株式会社の受付で見た。

距離にして五十メートルほど。男は振り返り、そしてこちらを見て笑う。

「りーつーかーちゃーん?」

「総員撤退――――ッ!!」

「あっこら待て逃げるな! 君の兄姉も心配してるんだぞ!」

「二人に連絡したの!? 最低! 遼さんのバカ!」

叫びながら、律穂は俺達の手を掴んで走り出す。元気なことだ。

「えっ何この突然始まったケンカ」

「良識ある大人の良識ある制止行動とそこを飛び出してきた家出娘の図です」

「ああー、なんだ別に保護者いたのかー。じゃあボク要らない?」

「俺的にはいてくれると助かるんですが」

 引きずられるように走って、いくつかの路地を曲がる。そこで、俺は違和感に気付いた。

 人気が無い。どうしてだろう、空気が張りつめている。

 ぞわりと全身の毛が逆立った。――――しまった、ここは危険だ!

両足で強くアスファルトを踏みしめ、律華の腕を引く。バランスを崩した律華とそれにひきずられたニケを庇いながら、路の端へ。

倒れ込む衝撃と、背後で響いた発砲音は、ほぼ同時だった。

視界の端に、俺を追って来ていた男の姿は映っていた。足をもつれさせ、彼は地面を転がる。暗い路地に舞う赤い飛沫。

更に後ろに人影。路地に身を隠しながら何かを構えている。

発砲音。男は不格好ながらも近くの物陰に転がり込む。足音。未だにこちらを狙う気配。

「遼さん――ッ!?」

建物の陰に、俺は二人を押し込んだ。血潮の音がうるさい。指先から脳天まで、痺れるような緊張が走る。

「ちょっとちょっと、始末にしても仕事が早すぎるんじゃない?」

 ニケの声は少しだけ上擦っていた。金色の瞳を鋭く光らせ、彼女は俺の肩を叩く。

「ボクはあの男を連れて後から向かう。二人で先にホテルに行くんだ。できるね?」

「でも!」

「いいから! 警察を呼ぶのに行方不明のはずのキミがいると厄介なんだよ!」

頷いて、未だ納得のいかない律華の手を掴む。大丈夫、走れる。

「行けッ!」

 駆け出した。路地は狭い。いくつかの角を曲がり、更に走る。

「律華、今どこにいるか分かるか」

「分か、ない……ッ」

とにかく人通りのある場所に出なければ。耳を澄ましているのに、自分の鼓動と足音がうるさくて集中できない。いつの間にか、辺りには靄すら出てきた。

「――――キリ、あっち」

 不意に、律華が俺の手を引いた。

「場所分かったのか?」

 スピードを緩め、律華に先導を任せる。

「ううん、でも、あっちは安全」

 再び俺達は走り出した。暗い路地、白い靄。弾む息、響き渡る足音。疲れのせいか、ぼんやりとし始める、俺の意識。

 走る。走り続けている。人の気配は無い。いつの間にか、手を引く律華の姿さえ靄にのまれかかっている。

「――――」

 この空間は、何かおかしい。

俺は足を止めた。律華の腕を強く引いた。彼女一人が走っていかないように、強く。

「どうしたの?はやく、逃げなきゃ」

「逃げる。でも、そっちはだめだ」

 キョトンとした顔で、律華は振り返る。当たり前と思っていたことを否定された子供のように。

「どうして?この先は、安全。逃げ切れる」

「うん、でもだめだ。他の道を行こう」

 互いの声と、繋いだ手以外、この空間は現実味がなさすぎる。

 足裏に地面があることを確認する。道の端に寄って、建物があることを確認する。そしてそれに沿って、少しだけ来た道を戻った。

 靄が薄れたのを確認して、脇道に逸れ、更に走る。靄の向こうにうっすらと景色が見えることに、内心安堵した。

「追手、来てる」

「うん」

靄が薄れた時点で、再び背後の足音が聞こえることには気が付いていた。

大通りは確実に近づいてきている。声が遠くで聞こえる。あと少し、あと少し走れば。

「――――ッ」

発砲音。背中に衝撃。

 マグマが弾けたように、熱い。手が離れる。足がもつれて、顔から地面に突っ込む。

 声がする。近く、遠く。けれど聞き取れない。心臓の音が、こんなにもうるさい。

 あの路地で倒れていた時も、こんな気分だった。

 震える唇を、無理やり動かす。

 逃げろ。逃げてくれ、律華。あんたはさ、関係ない人間だから。

……あぁ。


 ごめんな親友。俺は結局、失敗した。

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