酷い男
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。あまりに有名すぎる福沢諭吉の言葉。
これは、人は皆平等であると誤解して解釈している人がままいるが、実際は生まれてから勉学をするかしないかで格差が生まれるという、何とも厳しい意味を持つ言葉だ。
因みに、私はこの言葉を信じてはいない。生まれながらに人は格差に苦しめられるのだ。天は人の上に人を造るし、人の下に人を造る。平和な日本でぬくぬくと暮らす私は紛争ばかりで毎日が戦いの人たちより、幸せに暮らしているし、それでも、双子の完璧なお兄ちゃんにはどうやったって敵いっこない。
私の家は、至って平凡な家だ。サラリーマンの父にレジのパートを勤める母。そして、地味で可もなく不可もない私。ただ、ひとつのイレギュラーは、双子のお兄ちゃんだった。同時に生まれながら私たちは、格差を生まれ持っていた。可愛らしく笑う赤ちゃんとぶすっとしかめっ面しかしない赤ちゃん。教えたことは何でもすぐ覚えてしまう良い子な子供とゆっくりゆっくり物事を覚える普通の子。整った甘い顔立ちをした少年といつも下を向く地味な少女。
私達が双子だと知った人は、言葉は出さなくとも私に憐れみの目を向ける。それは、影で聞いたこともある。
「双子のなのに全然似てないのね。持っている兄と持たない妹。可哀想に、女の子なのにね」
私は、はっきり聞こえたこの台詞で引っ込み思案がまた酷くなる。お兄ちゃんは優しそうな垂れ目で元から口角の上がった優しい顔立ち、私はつり目で口角の下がった怖そうな顔立ち。何も考えずにいると怒っているのかと聞かれ、いつも楽しそうだねと言われているお兄ちゃんと自分で勝手に比べてまた自分が嫌いになる。
高校生に上がるまでに、私は立派なコンプレックス女子になっていた。
なるべく地味に地味に目立たずに。お兄ちゃんと比べられたくないから顔はなるべく隠して、控え目に前にでない。
いつの間にか、それが自分の癖になっていて。それでも、高校では今までと違いのびのびと過ごしている。
理由は簡単。お兄ちゃんと学校が変わったからだ。私と違いずば抜けて優秀なお兄ちゃんは、有名私立の高校に特待生として入学した。何故かお兄ちゃんは私の事を好きでいてくれて、私と離れたくないと駄々をこねたが、私はこれ幸いと凄い事だよ!流石、おお兄ちゃんちゃんだねと褒めたら嬉しそうにそっちの学校に行ってくれた。勿論私は、公立高校だ。それでも、一応進学校の。有名私立高校のお兄ちゃんには敵わずとも私だって努力したのだから。
それでも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだった。
高校に入ってすぐにお兄ちゃんはそのエリートの集団の中でも頭角を表した。成績はいつも三位以内で、しかもその容姿からファンクラブが開設されたのだ。まさか、とは思ったがやはり、お兄ちゃんという常識外れをずっと見てきた私はその常識外れも抵抗なく受け止めた。
私と生まれてはじめて離ればなれになり、友達なんて私の10倍はいるお兄ちゃんは寂しい寂しいと嘆き、家にまっすぐ帰ってくる。モテるのだから、彼女でも作るのかと思っていたがお兄ちゃんのシスコンは治らなかった。
かくいう私も文芸部で週2しか部活がないからまっすぐ帰って来て、学校以外では私たち兄妹は、いつも一緒だ。
だから、お兄ちゃんの初めての親友達と私が接点を持つのも当然の事だった。
「暁、悠、俺の双子の妹の優衣。恥ずかしがり屋だからあんまり驚かせないでくれ」
「……初めまして。小林優衣です。お兄ちゃんがお世話になっています」
「初めまして。椎名真昼です。宜しくね」
「藤原暁」
彼女と彼は、お兄ちゃんと同じ人間だった。常人にはない輝きとオーラを持っている。椎名真昼と名乗る女性は、整った甘い顔立ちで立ち方ひとつから気品を感じさせ、藤原暁と名乗る男は、鋭利な刃物のように神経質な美形だった。
素直に関わりたくない人種だ。
どちらも有名私立に幼少期から通う生粋のブルジョアで同じ年齢のはずなのに、凄く大人びている。
彼女は、優しく嫌味なく私に接してくれていて、男は、何を考えているか分からない無表情をしている。ひねくれている私は、優秀な友人から不出来な妹を紹介されるのは迷惑だろうと思い、それを素直に見せる彼の方が印象が良かった。
お兄ちゃんに取り入ろうと、偽りの優しさを贈られるなんてもうまっぴら。まあ、彼らのような特別な存在なら、お兄ちゃんに気など使わなくても同族の気配を感じ取ってその内に仲良くなっていたのだと思う。
「じゃ、私行くね」
「え、どうせなら優衣も一緒にいようよ」
「駄目。友達だって急に妹も混ぜますなんて言われたら迷惑だよ」
と言うのは建前で、私がただ場違いなこの場にいたくなかっただけなのだが。
「そんなことない。俺の優衣が迷惑なんてあり得ないだろ」
「ええ、優衣さん。私も出来れば優衣さんと仲良くなりたいわ」
お兄ちゃんの我が儘に、女性は優しく頷いて私の手を取る。
いきなりなボディランゲージなのに、それは全く嫌悪感を懐かせず、ああ、これが生粋なのかと白魚のように白く決め細やかな肌の手を見て、感心した。
それでも、その場にいたくない私はさっきから興味なさそうにさっさと席についた彼を理由に逃れようとしたのだが、お兄ちゃんの我が儘がそれを赦さない。
「じゃあ、ちょっとだけね」
お兄ちゃんが私を引き合わせようとした場所は、彼らには見慣れない一般家屋の我が家だから私はせっせとお茶とお茶菓子を用意する。
私ならこんな世界が違う友人を彼等にとって貧相な我が家に招待するなんて出来ないが、お兄ちゃんは普通な我が家を誇っていた。
でも、そんなお兄ちゃんだから特別に見える彼等は親しくなれたんだろうとも思い、恥ずかしいのか嬉しいのか分からなくなる。
早く居なくなりたくて、せっせとお茶を出すと彼がポツリと呟いた。
「似てないな」
それは、私のコンプレックスの中央を丁度射る言葉で、手が震えないほどには言われなれた、でも咄嗟に笑えないほどに傷付く言葉だ。
「兄は犬みたいだけど、妹は猫みたいだ」
そんな痛む心は言葉の続きを聞いて、鈍った。
「……猫、ですか?」
犬と猫は、対等な扱いであるような感じがして、それは私とお兄ちゃんを比較しているにも関わらず差違をつけていないと思えたから。その上、私が猫好きなのもあるのだろうが、好きな動物に例えられるのはやっぱり嫌な気分にはならない。
「警戒心が強くて、可愛い」
「はっ!?」
「えっ!?」
16年間生きた中で一度も見たことのないような本物の美男子に可愛いと言われるなんて、私だって信じられないのに大声を出したのは横にいたふたりで。
それにしても、二人の反応は普通に酷い。私が可愛いといわれるのがそんなに可笑しいのか。この綺麗な彼女なら私のような容姿に可愛いという評価が釣り合わないと驚きそうだが、シスコンのお兄ちゃんでさえそんな反応されるとは。
確かに警戒心が強くて可愛い、は誉め言葉として可笑しいと思うけど、毎日可愛い可愛いと私に抱きついてくるお兄ちゃんも本当は私の事をちんちくりんと思っているのだろうか。なんだかプラスマイナスゼロというよりマイナスの方が結果的に残った気がする。
「お前熱あんの!?」
「ええ、そう……いや、斎藤君。そんな言い方じゃ優衣さんが誤解するわ」
「誤解……?」
「あああ!!違う、違うぞ!!俺の優衣は世界一可愛いから!ただ、暁が人を褒めるなんて滅多にないから驚いて。でも、そうだな。うん。優衣ほどの可愛さなら褒めて当然だ!控え目で、優しくて、おっとりしてて、それでも芯は強くて、家庭的で、正に嫁の理想像!!血が繋がってなかったら絶対嫁に迎えてた!優衣、だから誤解しないで」
「あああ、うん。」
「お前ら、酷いやつだな」
「暁に言われたくないよ!いつも女の子に酷い扱いばっかしてさ、あ、言っとくけど俺の優衣は渡さないからな!」
「そんなことしないさ。由樹に殺される」
「分かってるじゃないか。俺は妹を愛しているから!」
「兄妹仲良くていいわね」
「なんか、すみません。お兄ちゃんが…」
「優衣、なんで謝るの。俺たちが相思相愛なのは本当のことじゃないか」
「はいはい。そうだねー」
「棒読み、酷い!」
この些細なきっかけで私は彼の事が気になるようになった。今までに、私の事を褒めてくれた人もいないわけでもなかったけど、私はある意味普通に現金に、お兄ちゃんと釣り合うような特別な、格好いい人に褒められたのが嬉しかったのだ。
そして、この日を境に私は部活のない放課後、彼らと毎日を共にすることになった。迷惑じゃないか、と何回聞いても真昼さんは、そんなことない、と優しげに言ってくれるし、お兄ちゃんに聞けば俺の親友と俺の妹が仲良くなる事がものすごく嬉しいとにこにこと言ってくる。彼には、本当に迷惑と言われるのが怖くて聞けなかった。それでも、お兄ちゃんは彼が珍しく私の事を気に入っている、あいつは気難しい奴なのに、と言ってくれている。お兄ちゃんは嘘をつかないから、私はそれが嬉しかった。
彼は、みんなの前では私を妹と呼ぶけど、時々二人きりになると優衣と呼んだ。なんだか秘密の関係みたいで、特別な感じがしてドキドキした。
彼は滅多に笑わないクールな人だと思っていたけど、お兄ちゃん達からしたら私たちといるときは特別ご機嫌なんだと教えられた。…その上、彼と二人の時は、すっと切れ尻な目元が優しく下がった笑顔をくれる。もしかして、万が一、もしかして、この人は私の事を特別に思ってくれているんじゃないかと、思った時だった。
「優衣」
初めてのキスは、不意打ちだった。
彼が名前を呼ぶから、振り返るとちゅっ、と唇に触れた彼の唇。整った顔が目の前にあって、驚きすぎて息も出来なくて、何がなんだか理解出来なかった。私が固まっていると彼は、ふ、と笑う。
「キスだよ」
「……知ってるよ……なんで?」
「可愛かったから」
「嘘」
「照れてる」
「うるさい。おお兄ちゃんちゃんに言いつけるよ」
「だから、内緒」
「自分勝手」
「優衣のファーストキスは由樹だろ。妬けるな」
「……兄妹間でのキスは無効」
この頃、彼の周りには沢山の女の子がいた。私より美人で、お金持ちで、彼に釣り合う女の子が。時折、その子達と恋愛ごっこをしては飽きる彼。時には、私もその中の一人なんじゃないかと思ったけど、お兄ちゃんと真昼さんの言葉が私を勇気付ける。
きっと私は特別なんだ。
軽いバードキスは、その内ディープキスに変わった。彼に頭と腰を支えられ、細身だと思っていた彼にはがっしりとした筋肉がある事を知る。
「んんっ」
「駄目だよ。優衣。息吸わなきゃ」
目は開けられなかった。深い深い舌を絡め合うキスの中、どんな顔をすればいいか分からないし、彼の綺麗な顔を至近距離で見るのは高鳴る鼓動が爆発しそうで怖くて出来ない。
「ふ、涎垂れてる」
砕けた腰を自身に引きつけながら、彼は私の口元を舐め、目元にキスをする。
私は恥ずかしいながらも、その情熱的に私を抱く仕草に幸せを感じていた。
彼といると胸が高鳴った。どこかで警報がなっている。
「話がある」
そう、彼に呼びつけられたのは彼と出会って半年経った金曜日の日だった。お兄ちゃんには内緒で彼と会う為、友達に口裏合わせをして貰い、彼の部屋に呼ばれた。彼にの家に行くのは初めてで、彼は駅まで迎えに来てくれた彼に、私はもしかして、と思う。
これは告白だろうか。
私は遂に、彼に告白されるのだろうか。
答えは決まっているイエスだ。
私だって彼が好きだ。
幼い頃からお兄ちゃんと比べられて、すっかり臆病になった筈の私は、いつのまにか、彼の事だけに関しては自信があるように思えた。伸ばしていた前髪も切って、自分の意見も言えるようになって、友達からは最近変わったね、なんて言われて。
初めて現れた私だけの特別。
家のお手伝いさんに頭を下げられながら、入った家は、大豪邸で、それだけで私たちの間にある身分の差がまざまざと見せつけられるようだった。
「愛しているんだ」
彼の部屋のドアを閉めた途端、告白された。まさか好きじゃなくて愛しているんだなんて、と思い返事をする前に彼は言う。
「由樹を」
最初は理解出来なかった。その後、昔の私が頭の端で誰かが「やっぱり」と呟いて、消えた。衝撃過ぎて悲しくはなかった。彼を見ても彼の表情は真剣そのもので、それが嘘でないと知る。
こんな凄い人が私の事を好きになるはずかない。そうだった。私が馬鹿だったんだ。
「お兄ちゃん、男だよ……」
「それでも、好きになった」
「お兄ちゃんが暁君を好きにることなんてきっとない。お兄ちゃんは、ゲイじゃないもん」
「知ってるさ」
「お兄ちゃんが好きなら、なんで私にキスして来たの?」
「優衣の事も好きだし可愛いと思ってるから。それに、なんて言ったって、由樹の大事な妹だし、優衣に俺を好きになって貰いたかったから」
「なんで、私が暁君を好きにならなきゃいけないの!?」
「優衣と俺が付き合えば、由樹はもっと俺たちと一緒にいる。結婚すれば、俺は由樹の義理の弟になれるんだ。本当は義兄になりたかったんだけど、まあ、それはいいさ」
「最低だね」
「でも、優衣は断らないだろ?」
「断るよ。絶対に断ってやる」
「無理だよ」
彼は、心底可笑しそうに笑いながら、私に近づき抱き寄せた。
「優衣は俺のことを好きだから」
私はどうしても彼の腕を振り払えなかった。彼は不敵に笑った。
「俺たち、付き合うことになったから」
次の日、彼はお兄ちゃんと真昼さんの前で堂々と言い放った。彼は親しげに私の肩を抱き、私はその中で小さく縮こまり、それでも居座った。
私は結局、付き合おうと言う彼の誘いを断らなかった。お兄ちゃんに勝てる筈ないのは分かっていて、それでも、私は。例え、彼がお兄ちゃんを好きでも付き合いたかった。
一番驚いたのはお兄ちゃんだ。そして、一番傷付いたのは真昼さん。
「おま、俺の優衣にっ」
「なんでっ!なんで、優衣さんなの!?」
彼の胸ぐらを掴もうとしたお兄ちゃんを止めたのは、真昼さんの悲鳴だ。
「私の方がずっとずっと……優衣さんよりもずっとずっと私の方が優れてるのに!!」
初めて知った。真昼さんが彼のことを好きだったなんて。あんなに美しく凛とした彼女が目の前で泣き崩れている。お兄ちゃんはそんな彼女を見て怒るのも忘れ、オロオロと彼女の側により、私は彼の腕の中でそれを見ていた。自分がどんな顔をしているのか分からない。
お兄ちゃんには勝てなくても、彼女には勝てた気がするドロドロとした感情と同情。
あんなに良くしてくれた彼女を前に、私は何も出来ない。そんなの、しょうがない。私だって傷付いてる。泣いてどうにかなるなら、私を愛して、と泣いて彼に縋っている。彼が愛しているお兄ちゃんに愛されているのは私だ。彼女と私の違いは、優れたお兄ちゃんがいるか、いないかの違いだけ。
お兄ちゃんが居なければ、私は彼女の立場だった。
「お前の事は友人としか見られない」
それが決定的な台詞だった。彼女は、泣きながら出て行く。お兄ちゃんはちらり、と私たちを見て、躊躇ってから彼女を追った。
静かになった家の中彼は呟く。
「ふーん。由樹は優衣より真昼の方が大事なのか」
ドキッとした。
「私のお兄ちゃんは、暁君と違って優しいから泣いている女性を一人に出来ないの」
もし、お兄ちゃんの大切なものが私から真昼さんに変わったらきっと彼は真昼さんと付き合ってしまう。あのシスコンのお兄ちゃんが私より大事なものを作る可能性に初めて恐怖した瞬間だった。
「これでもう逃げられない」
彼女は後日、腫れた目で謝ってきた。
「ごめんなさい。私、あの時気が動転していて」
「いいんです」
「……私、あなたたちを応援するわ。あんな酷い男もう忘れてやるの」
「言っとくけど、俺は納得してないからな。優衣の彼氏は俺。夫も俺なの!……でも、まあ、真昼がこう言ってる手前、俺だけ許さないのもなんだからな。おい、暁!優衣を大事にしろよ。万が一にでも泣かせたら許さない。優衣は今までの女と違って安い女じゃない。天使なんだ。優衣を悲しませないか、俺がずっと見張っててやる」
「分かってる。優衣は特別だ。一生ずっと一緒」
「優衣も!暁が嫌になったら、さっさとお兄ちゃんの元に帰ってくるんだぞ!お兄ちゃんの胸はいつだって空いてるんだからな」
「そうだね。じゃ、そうなったら、お兄ちゃんが私を貰ってね」
「優衣!」
「そうはならないから大丈夫。言っただろ?俺たちは、一生ずっと一緒だって」
そうすれば、一生お兄ちゃんとも一緒だから。彼にとって私はお兄ちゃんをつなぎ留めるだけの道具に過ぎない。
「……うん。そうなればいいな」
初めて身体を重ねたのは、彼の部屋での事だった。ただの道具に過ぎない私のためにセフレ達を切ってまで抱いているのに、それは私に幸福を与えない。
「由樹、由樹」
お兄ちゃんの名前を呼びながら、私を抱くのは楽しいのだろうか。私は、所詮お兄ちゃんの代々品に過ぎない。私は、お兄ちゃんの名前を呼びながら私を愛撫する彼を見たくなくていつも彼に目隠しをして貰う。耳栓もして欲しいくらいだったけど、流石にそれは頼まなかった。
酷い苦しみと快感の後、彼は必ずこう言う。
「好きだよ。優衣のおかげだ」
「優衣、最近告白された?」
「なんで知ってるの?」
「由樹が言ってた。凄く怒ってた」
「お兄ちゃんが……本当にシスコンなんだから。だいたい、もう暁君と付き合ってるのに今更妬いたって」
「そう言う優衣もシスコンだな。嬉しそうな顔してる」
「えっ、うん。まあ、そりゃ、だって。自慢のお兄ちゃんに好かれて嫌な訳ないし?もう、お兄ちゃんだっていい加減、彼女……ってごめん。暁君はお兄ちゃんのこと」
「いいよ、別に」
「……うん。えっと、そうだ。最近ね」
「ほんと、邪魔なやつ」
「?、なんか言った?」
それから約2年が過ぎようとしていた。私達は、とうとう受験生になったのだ。その時には、彼からプロポーズを受けていた。結婚できる年になったから結婚しようと。
分かっている。
お兄ちゃんの義兄弟になるためだろう。
その時には、私の心はぐちゃぐちゃになっていた。彼を愛している心と彼にとって自分がただの道具に過ぎないことへの苦しみで一杯だった。それでも、彼を見るとどうしても愛しさが込み上げる。
私はどうすればいいのか分からなかった。
そしてその時は来た。
「おにいーー」
彼が寝ているお兄ちゃんにキスしているのを見た。
持っていた鞄が落ちて、ガタンと音がする。慌てて立ち去ろうとする私の目に移ったのは、私の見たことのない愛おしそうな笑みだった。
それが決定打。
私は遂に彼から逃げる決心をつけたのだ。
この時期、彼と離れるのは簡単なことだった。彼の進学先は決まっている。彼と遠く離れた大学に進学して、物理的な距離を置くことから開始することにした。勿論、皆んなには内緒だ。みんなと同じ大学に進学すると見せかけて、地方の国立に行くための勉強をする。国立は勉強する科目が多くて大変だったけど、忙しくないと、彼と別れる決心が鈍りそうで周囲には、合格が危ないかもしれないからと嘘をついてせっせと国立大学に受かるため勉強をした。
私はお兄ちゃんほどではないが、それなりに頭が良かった。まず、始めに私立の受験が決まって、高校の決まりでセンター試験も受けなければならなかったから、都合よくセンター試験も受けて。あとは、現地に行って受験するだけ。
両親には、お兄ちゃんには黙っててと、お願いしたけど今度ばかりはバレてしまう。
「あれ、優衣、どこか出かけるの?俺に内緒で?何処?誰と?まさか、また暁と?駄目だよ。これ以上お兄ちゃんを放っといたらお兄ちゃん嫉妬で狂うよ」
「違うよ、暁君とじゃない。受験で行くの」
「何言ってんの?優衣、もう受かってるじゃん?今更、受験?どう言うこと?」
「私、国立の大学行こうと思って」
「聞いてないよ!そんな、酷いよ!お兄ちゃんを騙してたの!?なんで、また、お兄ちゃんを一人にするの?どう言うことか説明してよ、優衣」
「絶対に怒らないでくれる?」
「それは、話次第によるけど。同じ大学に行く説得は続ける」
「暁君と別れるために距離を置きたいの」
「殺してやる」
即答だった。お兄ちゃんの激怒は久し振りに見る。
「怒らないって言ったじゃん!」
「駄目。優衣を悲しませたら殺すって暁には言ってあるし。あー、もうこれ絶交だわ。信じらんね。俺の妹に非があるわけねぇし、どうせ暁が悪いんだろっ。でも、俺の天使もちょっと、ちょっとちょっとだよ!もっと前に言ってくれたら俺もそこの国立受けたのに。いますぐにでもぶん殴りに行きたい。でもさ、暁と別れられればお兄ちゃんと違う大学に行く必要はないんだよね?じゃ、お兄ちゃん絶交ついでに優衣との引導も引き渡してやるから、ちょっと待ってて。全部お兄ちゃんに任せてくれればいいから」
私は変わってしまったんだ。お兄ちゃんは変わらないのに。お兄ちゃんはこんなにも私に信頼を置いてくれている。
「……お兄ちゃんは、親友と私だったら私をとるの?」
「当たり前だろ!優衣より大切なものはない!」
「……それが私にはネックだったんだけど、ふふふ、やっぱり嬉しい」
「優衣?」
「お兄ちゃん、大好き。血が繋がってなかったら結婚したいくらい」
「優衣!お兄ちゃんも優衣の事大好きだぞ!血が繋がってても結婚したいくらいに好きだ!」
「無理だから」
「俺の天使は手厳しいな」
久し振りに心の底から笑えた気がした。それから、お兄ちゃんとは沢山話し合って取り敢えず、殴り込みに行くのは止めて貰えた。これからも暁君と仲良くして欲しい、と言う言葉は頑として聞こうとしないから、泣き落とししかないかもしれない。
おお兄ちゃんちゃんは、私に甘いから。
ついでに、私も甘ちゃんだから。私はそばにいられないけど、彼の願い通りお兄ちゃんと彼はずっと一緒に言って欲しい。例え、どんな形であっても。
前に言ってみたことがある。
「お兄ちゃんに告白しないの?」
「急にどうした?」
「いや、暁君ほどの人ならお兄ちゃんもころっと落ちるんじゃないかな、と思って」
「それはないだろ。あいつは完璧にヘテロだから」
「そうかな」
「何?俺と別れたいの?」
「違うよ。ただ思っただけ」
彼には悪いけど、ほっとした。例え、お兄ちゃんであっても彼の隣にいる権利は誰にも渡したくなかったから。お兄ちゃんは何よりも私を選んでくれるのに、私は選べない。お兄ちゃんには申し訳ないと思っている。
そんなお兄ちゃんに負い目を感じていたのもあって、国立の大学も受けないで、入学するのは、お兄ちゃんと、彼と同じ大学にすることにした。距離を取るはずだったが、しょうがない。そもそも彼が、私を追ってくる筈なくて、私が距離を取ればそれで解決する話なのだ。それが、駄目だったら他に好きな人が出来たとでも言って別れればいい。思えば私から距離を取らなくたってお兄ちゃんが私の所に彼を連れて来なけさえすれば、学科が違うから会う機会だってそうない筈。
「急に呼び出してどうした?」
彼と別れたいと告白してからのお兄ちゃんの行動は早かった。絶交しない代わりに土下座させると息巻いて彼を呼び出したのだ。これからする行動には勇気がいたからもうすこし猶予期間が欲しかったのに。
「もしかして、結婚の話でも聞いたか?それで、大学に入ったら俺と優衣で同棲」
「お前、優衣と別れろ」
「は?」
「優衣と別れろって言ってんだ」
「何言ってんだよ。まさか優衣じゃなくてお前がマリッジブルーか?俺と優衣は上手くいってる」
「上手くいってるわけねぇだろ。優衣は別れたいって言ってる」
「……優衣、嘘だろ」
この時、薄ら笑いをしていた彼が初めて目尻を上げた。低い声。私に嘘だと言え、と脅迫しているような。
彼がこんな態度を私に見せるのは初めてだ。彼は私が思っていた以上に私の価値を高く見積もっていてくれたのかもしれない。……嬉しい。私と別れるのが嫌だと態度で示してくれて。私も別れたくないよ。でも、これ以上は耐えられない。
「おい、優衣を脅すな。優衣はさ、俺に黙って他の大学に行こうとするくらいお前と別れたがってんだ」
「優衣、急にどうした?上手く言っていた筈だろ」
「だから、優衣を脅すな」
彼は、まるっきりお兄ちゃんを無視して、私だけを見つめた。まるでお兄ちゃんなんて視界に入ってない様子で。痺れを切らしたお兄ちゃんが、彼に突っかかる。
「おい」
「お前は黙ってろ!」
彼から聞いたこともない怒声が上がった。彼がお兄ちゃんを殴り、部屋の端へと吹き飛ばす。私は、初めて見た彼の怒りに怖くて動けなかった。
「……なんで?」
あの、お兄ちゃんを愛している彼がお兄ちゃんを殴るなんて。
「優衣。優衣はまだ俺のことが好きだろ?……まさか、他に好きな男が出来たのか。……許さない」
「……どうしてお兄ちゃんに酷いことするの」
「また、由樹か。優衣はいつもいつもお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。いい加減、ブラコンも卒業しなよ。本当に邪魔なやつ」
私は混乱していた。彼が愛しているはずのお兄ちゃんは呻き声を上げ床に転がっているのに、彼はそれに見向きませずに私を強く抱きしめる。
なんで。
それじゃ、私の事しか眼中にないみたいで。
まるでお兄ちゃんが邪魔者みたいで。
「なんで、暁君が好きなのはお兄ちゃんの筈でしょ」
受け入れられない現実に、私は彼の最大の秘密をポロリと漏らしてしまった。
「は?」
運悪く、お兄ちゃんはそれを拾い上げ、殴られて腫れた頰をさすりながら訝しげな顔をした。
まずい。言ってしまった。彼とお兄ちゃんの関係が修復不可能になってしまう。
「あ、あの」
「そんな事どうでもいい」
私だけが慌てて、彼は私を離そうとしない。
「優衣、それどういう事だ?」
「お兄ちゃ……暁君が本当に好きなのはお兄ちゃんで」
「それは有り得ない」
「違うの。お兄ちゃんは知らないだけで。私はお兄ちゃんと暁君を繋ぎ止めるだけの道具に過ぎなくて」
「だからあり得ないよ。優衣。だって、そいつは散々俺にシスコンを止めろって迫ってきたし、彼女作れって女の子を紹介してくるし、今だから言うけど、俺、そいつにとっくの昔に振られてんだよ。俺と優衣の好みは双子だし似てるからな。俺も会って速攻告って振られたんだよ。そいつに」
「え?ふられたって。どうして。暁君はお兄ちゃんが好きな筈なのにどうして」
知らない事ばかりだった。お兄ちゃんが彼を好きだった。だが、彼が告白を断った。だって彼は。
「うーん?これはもしかして優衣の勘違いか?確かに俺と暁は仲良いけど、こいつが俺を好きなのは絶対にないし、側から見ても暁が優衣にぞっこんなのは見てわかるから大丈夫だぞ。あー、くそ、もしかして俺殴られ損?」
お兄ちゃんは頭が良いからこそ間違った推測をした。安易に私が彼がお兄ちゃんに恋していると勘違いしていると。お兄ちゃんは話しながら納得したみたいで、怒りはすっかり収まっている。
「ちが」
「そうだ」
私は混乱に陥っていた。彼はお兄ちゃんちゃんが好きな筈だ。
「優衣」
「んっ」
「おい、俺の目の前で優衣のキスシーンを見せるな」
「じゃあ、出てけ」
「お前が出てけ。ちょっ、あ、優衣は置いてけ!馬鹿やろー!」
彼は私の手を引いてずんずんと玄関に向かって歩く。
「待って。お兄ちゃん誤解してる」
私はガッチリと掴まれた腕を解こうともせず、ただそう言うだけで、気がつけば彼の車に乗せられていた。
「あいつは間違ってない。俺は、別に由樹のことなんて好きじゃない。いや、友人としては気に入ってるけどそれ以上の感情は全くない」
彼は、つい最近免許を取った筈なのに、慣れた手つきで運転しながら口早に述べた。
「そんなの嘘。どうしてそんな嘘」
「可愛かったんだ。優衣が健気で。それに、俺は由樹に勝ちたかった。優衣の中で特別になりたかった。それには、由樹が邪魔だった。優衣が俺のことを好きなのは分かってたし後は由樹を嫌いになってもらうだけだったのに。やっぱり双子だからか。俺がどんな手を使っても優衣は由樹を嫌いになるなんて考えもしなかった。普通、好きな男の好きな奴なんて憎いに決まってるだろう。それなのに、くそっ」
「待って。分かんない」
「だからさ、今までのは全部嘘なんだよ。俺が愛しているのは優衣だけ。俺は優衣の特別になりたい。由樹から話を聞いてたときから気になってた。初めてだよ。一目惚れなんて。絶対手に入れてやると思ったさ。それで、それには、嘘が必要だった。それだけ」
「だって私を抱く時、いつもお兄ちゃんの名前を」
「それは、泣いてる優衣が可愛かったから」
「だって、暁君はずっとお兄ちゃんが好きだって……それにこの前嬉しそうにキスしてた」
「それはただのフリ。嬉しそうにしてたのは、本当に嬉しかったから。これで優衣が由樹のこと憎んでくれるかなって。まあ、無意味だったけど。大変だったんだよ。由樹にも気付かれないように、優衣に丁度覗き見出来るようなタイミングを探すの。こんだけ努力してもまだ、優衣の一番になれないの?だいたい、真昼が俺を好きだって分かってて俺たちの交際宣言に呼んだのも計算だよ。ああやって真昼が取り乱せば、いくらシスコンの由樹でも俺たちを認めざるを得ない。それに、優衣もあの時真昼に対して何かしら思っただろ。俺はそれが欲しかった。優衣の特別になるには好きだなんて感情じゃ足りない。憎悪と執着と優越感の混じった雁字搦めの愛がなきゃ俺は満たされない」
「そんなの」
「俺はさ、優衣の全てを手に入れたいんだよ。だから、由樹が好きだなんて嘘をついた。……逃げようだなんて、思わないでよ。その前に犯して、妊娠でもして縛り付けてやる。優衣は俺のものだ」
血走った目で彼は私にキスをした。論より証拠。混乱していた私は長いキスの中、力抜いて彼を受け入れた。初めて目を開けたままだった。目に映るのは彼の恍惚とした顔だけ。彼のこんな表情見たことがなくて。でも、なんだかそれで信じられるような気がした。
三年近くつかれてきた嘘は一つのキスで真実を語る。
怒っていいはずだ。この酷い男に。今まで散々私を苦しめて、酷い嘘をつく彼に。それなのに、彼が私を歪めてまでも愛されようとした事実に私の全身の細胞が喜んでいる。
全部、私に愛されるため。
まだ納得できない部分もあったけど、それを聞いたら彼への愛しさがこみ上げてきた。なんてちょろい女。しょうがないじゃないか。私は彼を愛している。愛した男に愛されたいなんて言われて嬉しくない筈がない。
「お兄ちゃんはね、私と暁君だったら私を選ぶんだって」
「クソ忌々しい」
「お兄ちゃんの悪口言わないで。……でもね、私それを聞いとき申し訳なかった。私は、どうやっても暁君を選んじゃうから。ねえ、もう嘘つかないで。私、全部暁君のものだよ。暁君が特別だよ。そりゃ、暁君が嘘をつく前はこんなにすぐに言い切れるか分かんなかったけど、いまは言い切れる。誰よりも大切な人。だから、もう嘘つくのはやめてね。私を、私だけを愛してね。浮気は駄目だよ。許さない。そんなことしたら、……離婚してやるから」
その翌日、朝帰りした私たちは不眠で私を待っていたお兄ちゃんに謝った。私が酷い勘違いをしていた。だから、別れないと。お兄ちゃんに事の真相は話さない。そんなことしたら絶対に別れろと言ってくるから。お兄ちゃんは誤解したまんまでいい。これで、私たちのハッピーエンドなのだ。
「いってらっしゃい」
大学に向かう彼にいってらっしゃいのキス。私はお腹の子のために休学しているから、昼の間彼とはお別れ。
「優衣、愛してるよ」
「うん」
彼は愛おしそうに私を撫でた。
「優衣に学歴なんていらない。俺の城で俺だけを待って入ればそれだけで」
私は、彼を愛している。
本当はBL用に書いたものでしたが、妊娠エンドが書きたくて主人公を女の子にしました。
考えていた終わり方は4通りあって
エンド1
お兄ちゃんと妹が結ばれるエンド(近親相姦)
暁が嫉妬して妹を監禁する可能性あり
エンド2
お兄ちゃんと暁が結ばれるエンド(ドロドロBL)
禁断の三角関係!
エンド3
結局嘘をつかれたまま、妊娠させられて一生を終えるエンド
メリーバッドエンド?これも中々好き
エンド4
今回のエンド
今回のエンドが一番まともでございます(*^▽^*)ハッピーエンドだよ!やったー!