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かつての記憶

「――おいおい、冗談じゃ、ねぇよ」



 ラクトは、眼前に佇む一人の少女を見て小さく呟いた。

 既に身体の節々は悲鳴を上げている。長年使っている黒の直剣(相棒)の剣先から、ぽたりぽたりと赤暗い鮮血が滴り落ちている。



 シャルロード皇国の皇帝エンペラータルガスタから下された命は、SSSランクの迷宮コード永久迷宮(ドレインマーク)の完全消滅だった。

 皇国全土に広がろうとするその強大かつ巨大な迷宮は、確実に国土を蝕み始めていた。

 迷宮は、国土の地下深くに巡る地脈を吸って成長を遂げるものがある。

 国土がその活力である地脈を失えば、天は怒り、海は荒れ、大地が悲鳴を上げる――天変地異が生じる。

 地脈の乱れによる異常気象、地割れ、都市崩壊。

 地方都市の一角がそれらに見舞われて機能不全を起こすのに、時間はかからなかった。

 迷宮出現後、わずか1週間ほどである地方都市の一角の都市機能を完全に奪い、全土を侵食せんとするその迷宮に立ち向かえるのは、もはや皇国史上最強と謳われていた伝説の国家直属遊撃パーティー、クオリディア・エレメンツ以外になかった。



 とあるSランク迷宮を攻略して王都のギルド『ガウェイン』で攻略祝勝会を催していた面々の元に、突如として届いた皇帝からの勅命は、1週間内での迷宮攻略だった。

 一つの迷宮帰りで少し疲労の色も隠せない面々だったが、国の危機とあらばと奔走する。



 クオリディア・エレメンツとて、SSSランクの迷宮は初めてではない。

 かつて幾度か突破したことのあるSSSランクと同じ攻略準備を持って、ダンジョンの中へと入る。



 だが――。



「……君だけでも逃げてくれ、ラクト」



 ダンジョン最奥のボス部屋に響いたのは、小さく絞り出すような声だった。

 既にダンジョン壁に吸収されて消えてしまった仲間達の装備が地面に無残に転がっている。

 岩と大理石で包まれた広く薄暗い部屋に残ったのは前衛手の剣士であるラクト、そして後衛手の弓使い(アーチャー)、ジン・クルーガー。そしてジンの使役獣である魔獣フェンリル――アークの2人と1匹のみだ

 弓使い(アーチャー)の右腕はだらりと下に垂れ下がり、流血も酷い。とても動かしようのない現状がある。

 とても弓を番えることなど出来ない状況で不敵に笑みを浮かべたジンは、眼前のボス部屋に目もくれず、部屋前を守護する最後の魔物と対峙する。



 ――結果は無残なものだった。



 中途で出くわしたのはSSSランク迷宮の度を遙かに超える強力な魔獣、幾重にも張り巡らされた可動式迷路にトラップ、そして意思を持った迷宮主(・・・・・・・・・)



 迷宮が意思を持つなど、聞いたこともなかった。

 上層部はこれをSSSとランク付けをしたが――。

 仲間達がいなくなったその現状を冷静に見ながら、再度呟く。



「伝説級のEXエクストラ迷宮ってとこだな……。君は逃げるんだ。ここは僕が受け持つよ。なんなんだ、あの子は。あれは、本当にヒト(・・)なのか……?」」



「俺も闘う! やっとこのボス部屋まで来た! ここまで来て、引き下がれるわけないだろ!?」



 そんな口論をしている二人。するとボス部屋を守護する巨大な雄牛の奥から、一人の少女が現れる。

 ボス部屋から現れたその一人の少女を見て、ジンは首に脂汗の気配を感じていた。



 一人ごちるジンは、背後のラクトを睨み付ける。



「やっと……? 違う、ぼく達は誘い込まれたんだよ、ここに。一番殲滅しやすい形で。臨機応変に対応して、適材適所に餌を撒いてね。しかもこの迷宮、ぼく達の癖や動きをかなり把握してる。仕組まれていた可能性すらあるんだよ、ぼく達をここで壊滅させるために――。だからこそ、君は生き延びなくちゃならない。ぼくでも少しは時間稼ぎは出来る。今の状態でここから逃れられるのは君だけなんだよ、ラクト」


「だ、だったらなおさら、ここでこいつを倒しておけば――ッ!?」


 ただでさえボロボロの身体に、ジンは番えていた一本の弓を俺の腰に浅く突き刺した。

 ボスの主はひた、ひたと小さな水の音を立てて仲間の屍を超えていく。


「悪いなぁ……ラクト。こうでもしないと君、言うこと聞かないだろ……?」


 動けなかった。身体が妙な痺れに襲われ、同時に一気に気怠くなり、眠気が脳天を突き抜けていった。


「麻痺と睡眠の複合矢だ。アーク、今のうちにラクトを連れてここから脱出してくれ」


 遠のく意識の中で、ジンはフェンリルであるアークの頬を優しく撫でた。

 もう、声も出なかった。ジンが状態異常複合矢を撃ったら動けなくなる。今までこの技に何度助けられたかと思ったが、今、これほど憎いことはなかった。


「ジ……ンッ!」



 小さく手を伸ばす。瞼がどんどん重くなっていく中で、部屋の主も一歩ずつ、静かにジンに歩み寄っていた。

 右腕をぶらりと垂らし、左手でかろうじて弓矢を握り直すジンは、最後にこちらを振り向いて、笑みを浮かべた。


「楽しかったよ、リーダー。また、どっかで会ったら酒でも奢ってくれよな」


 瞬間――俺の身体はフェンリルのアークにより持ち上げられ、凄まじい速度でジンと部屋の主から距離を開いていった。


 その直後、ボス部屋はジンの巨大な魔法力による衝撃と、爆音に包まれていく。



○○○


 リーダーなのに、何も出来なかった。

 リーダーなのに、生き残ってしまった。

 その意思を持ったダンジョン主が、目の前にいた。

 


 その償いを出来るならば――。



 ラクトは、今一度眼前に、10年ぶりに現れた姿の変わらぬ少女を見て不敵な笑みを浮かべたのだった。


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