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003.かつての夢

 ポエタ森の入り口。

 木々がひしめくその中で、地下に向けた空洞が二人の前に姿を現していた。



「水平型のダンジョンですね。形状は普通のようですが――」



 そう怪しげに呟くカルファの右手には、真っ白の杖が掲げられている。

 対してラクトは、漆黒のコートに剣。

 その姿は、全盛期の頃と何ら変わっていないようにカルファは感じていた。



「本当に大丈夫なんだろうな、カルファ」



「任せてください。私は、この時のために5年間を過ごしていたんです」



「……そうか」



 ラクトは短い返事と共に、前を向き直った。



 暗闇に包まれた空洞の中に果てなく続く階段。

 おおよそ50段の石の階段を降りていけばそこから先は四方を岩や水、苔に囲まれた狭い空間となる。

 『ダンジョン』とは、かつて城の地下牢を意味する言葉だった。

 城の主に謀反を起こしたりした囚人などが閉じ込められ、数々の罪人が幽閉される阿鼻叫喚の姿と、狭い空間の中からわらわらと魔物を吐き出して叫ぶこの一つの巨大な魔物(・・・・・・・・)を重ねて、人はこれをダンジョンと呼称するようになった。



 ダンジョンの中は基本的には薄暗い。

 この魔物は、その最奥に冒険者の欲する宝物を隠し持つ。

 それを獲得せんとやって来た冒険者を、数々の魔物で迎撃する。そのようにして殺された、または動けなくなった冒険者をゆっくり吸収していく。

 そして冒険者の死体の栄養を補給しながら生きていくのだ。



 二人は地下へと続く階段を一歩一歩下っていく。

 石材で囲まれた四方2メートル程度の狭く、暗い空間。

 カルファはごくりと緊張の唾を飲み込んで松明に火を灯した。

 水の滴る音を聞きながら慎重に歩く中で、カルファはいそいそと懐の中から一枚の板を取りだしていく。



地図化板マッピングボードです。一応、基本の描き方は抑えていますが、記録しておきますか?」



「いや、今回は結構だ。普通のダンジョン攻略なら必須だろうが、意思を持っているダンジョンともなれば道がその時々によって変化する。むしろ困惑する原因にもなり得るからな」



 ラクトは嘆息気味に呟いた。

 地図化板マッピングボードと呼ばれる特殊な板は、今やダンジョン攻略において必須アイテムの一つとも言える代物だ。

 地図化板マッピングボード。ダンジョンは、東西南北に幾本もの道が重なる巨大な迷宮だ。その中で、地図化板に自分たちが通った道を記載することで帰りの道標みちしるべとする必要が出てくる。

 攻略途中に何か不具合が起こったとき、攻略完了した後も、往き道で記載した通りに帰って行けば無事に外界に戻れることになる。

 いわば、ダンジョン攻略における命綱と言っても過言ではない。



「……分かり、ました」



 そう言いながら不安そうに懐に地図化板マッピングボードを収めたカルファ。



 その瞬間だった。



「ヴァフッ! バフゥ!」



 一瞬の突風が二人の耳をかすめていく。



「来たぞ、カルファ。下がってろ」



「は、はい! ラクトさんがお怪我された場合、必ず完治させてみせますから!」



 ラクトはにやりと不適な笑みを浮かべた。

 その目線の先に現れたのは、骨格で動く狼の群れだった。

 カキ、カキと。関節同士が擦れる音を立てながら急速度で迫り来るC級魔物、骨狼ボーンウルフ5頭に対してラクトは小さく息を吸った。

 カルファも同様に持っていた杖を持ちはしたのだが――。



「――心配しなくてもこんな雑魚相手に遅れは取らねぇよ」



 一閃。



 ラクトが漆黒の直剣を抜刀した直後にカルファの足下には、結合が取れてバラバラになった骨狼の残骸が散らばった。



「ら、ラクトさんって、やっぱり……ってんにゃぁぁぁ!?」



 ラクトの背後に近寄ろうとしたカルファの頬を黒の剣が横切った。



「……ン……ヴァ……」



 カルファの足下にばらばらと音を立てて崩れる新たな1頭。



「あ、あり、ありがとうございます……」



「……俺もいきなり悪かった」



 ふと、骨狼の最後1頭をカルファの耳元で屠ったラクトの顔と、カルファの顔が急接近していることに気付く。

 カルファが動揺に動揺を上塗りしたような真っ赤な表情を近くで見つめたラクトは、思わず謝ってしまっていた。



 カルファの持つ白い杖を見てラクトは「ほー」と興味ありげに声を上げる。

 方向転換して再びダンジョンの中を急ぎ足で歩く二人。

 ラクトはカルファに声をかけた。



「その杖、どこで手に入れた。エルフの里の1万年大樹、《ユグドラシル》のものだろう。回復術師を目指す者なら誰もが欲しがるものじゃないか」



「ふふふ……それは私カルファ・グランハイルの人望ですよ! 一度ガウェイン(ウチ)に来た自称高名な魔術師さんに頂いたものなんです。誰かはよく分からなかったんでお礼もいまいち出来てないから……どこかで会えたらなぁとは思っているんですが……」



 そんな他愛もない話をしながら先に進んでいく。

 カルファは回復術師を志した。

 かつてラクトに言われた言葉を胸に秘めて5年間、研鑽に研鑽を重ねてきたからだ。



○○○



 ――そういえば、カルファは魔法が優しいもんなぁ。案外、回復術師なんて似合ってるんじゃないか?



 いつか、クオリディア・エレメンツがダンジョン踏破の後夜祭をガウェインで行った際にラクトが呟いたその一言。



 ――私は冒険者なんて向いてませんよー。鈍くさいし、みんなに迷惑かけるだけですし……。



 ――いや、そんなことはないだろう。カルファの魔法は何よりも、誰よりも優しい(・・・)。そしてそれは、回復術師にとって一番必要な要素だ。



 ――優しい……ですか。



 ――おう。俺なら、いつか回復術師になったカルファと一緒にダンジョン攻略してみたいとは思うがな。近頃、絶対的に不足している職業だし、クオリディア()エレメンツ()にも唯一足りてないのが回復要因だからな、ははははは。



 ピシッと指をカルファに突きつけながらラクトは酒を口の中に放り込んだ。



○○○



「ラクトさんは覚えていないと思いますけど、今、夢が叶ったんですよ……!」



「……どうした? カルファ」



「いーえ! 何でもないですよ! さ、リサちゃん、助けにいきましょー!」



 カルファを護るようにして歩くラクトの後ろで、彼女は一瞬だけ、にまにまと笑みを浮かべながらその背中を追いかけていったのだった。

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