001.救いの手
新連載です。よろしくお願いします。
――ここはとあるダンジョン内。
1人の少女が命の窮地に立たされていた。
背後に、彼女を救出しようと動く者にも気付かぬほどに。
「き、聞いてない! 聞いてないよ……こんなのッ!」
暗い洞窟の中を走る人影。
その背後から彼女を追い詰めているのはC級低位魔獣――筋肉狼。
全身を堅い筋繊維で覆われた狼は、洞窟の中の水をパシャパシャと蹴り上げながら3頭で少女を追い詰めていく。
折れた剣と枯渇した魔力で筋肉狼への反撃すら出来なくなった少女は、どこが出口か分からない洞窟内を走り続けるしかなかった。
「……ヴァゥッ!! アゥゥゥゥッ!!」
狼たちが互いで意思疎通を図り、走る速度をあげて少女との距離を詰めていく。
後ろを振り向かずに、行きの経路とはまるで異なった迷路道を進んでいくその少女の前に立ちはだかった壁に、少女は肩で息をしていた。
「い、行き止まり……! なんで!?」
先ほどまで、こんな所に行き止まりなんてなかったはずなのに――。
急に身体の力が抜け、へなへなと膝から崩れ落ちてしまった。
もう、立ち上がる気力さえも残っていなかった。
背後で荒い息をした筋肉狼が3頭、少女を舌なめずりするように眺めている。
「他のみんなともはぐれちゃった……。みんな、今頃どうしてるかな……。もう、ダンジョンの外に出たのかな……」
今まで、共に闘ってきた仲間との思い出が走馬灯のごとく頭をよぎっていく。
――数あるクエストの中でも『ダンジョン』と呼ばれるクエストで命を落とす者の割合は、30%。宝やアイテムに魅了された冒険者を駆り立てるダンジョンは、いくら用意が周到でも死に直面することもある。
ダンジョン内に生息していた筋肉狼が涎垂らす。
狼に食べられ、誰にも知られること無いまま、死んでいくのだろうか。
「まだ、死ねない……!」
少女の頭に、改めて死の恐怖が刻みつけられた。
「ほ、炎よ、我を纏い、掃討せよ――属性魔法、炎天下ッ!」
少女の魔法詠唱と共に掌から放たれたのは小さな炎の球。
洞窟内で瞬時、光り輝いたその球は、避けようとするも間に合わずに中心の筋肉狼を大きく丸め込んで消し炭にしていった。
1体は倒したが、残りの2体は先ほどよりも更に鈍い眼光を少女に突きつけた。
「ヴァウァッ!」
息つく暇も無く襲いかかる筋肉狼。
「ふ、炎天下……ッ!!」
だが、最後の力を振り絞っても、魔法は出なかった。
魔法力も底を尽き、一気に身体が悲鳴を上げはじめていた。
「……ここまで、なのかな」
迫り来る狼に抵抗することもなくそっと目を閉じた、その時だった。
「もう大丈夫だ」
聞き慣れない男の声。
「――ウヴァッ……ガ……ッ!!」
一瞬の斬撃音、そして筋肉狼の断末魔と共に現れた男はゆっくりと少女の頭を撫でる。
目を見開くと同時に胴体を真っ二つにされた筋肉狼2頭が地面に転がっていた。
血がこびりついた一本の直剣を振って納刀した男は、腰をぽんぽん、と叩いた。
「あ、あなたは……?」
自然と口をついて出た言葉だった。
暗い洞窟内に、一筋の光が差し込む。
ダンジョンが崩壊していくと共に頭上に広がっていく青い空が、少女に生の実感を抱かせた。
「田舎暮らしの冴えないおっさんさ」
漆黒のコートに身を包んだ壮年の男はくしゃくしゃの優しい笑みを浮かべていた。