6:美少女戦士
事の一部始終をシステムは鮮明に録画していた。
竜巻が消え去った映像が映し出されているモニターを、椅子に腰掛けた白衣の男が見ている。
頭に白髪が混じった男の胸には名札があり黒字で「生田公雄」とプリントされている。50歳前後に見える。
生田は画像を巻き戻して、また青く光る竜巻が発生する現象を見始める。きっと何回も連続で見続けているのだろう。
生田は尻の痺れを感じてか、椅子に座り直して肘掛けに手を置いてから鼻から息を出した。
「またご覧になっているのですか、生田博士?」
生田に声を掛けたのは女性。生田と同じ白衣を着ている。どれくらい長いのか分からないが、その長い頭髪を束ねてねじってあげて、解けて落ちないようにピンでとめてある。年齢は20後半だろうか。
生田は肘掛けにあった手に力を入れてゆっくりと立ち上がった。
「実験が失敗に終わったんだ。失敗の原因追究のため、何度も見直すのは当然だろ」
生田は歩いてコーヒーメーカーに手を伸ばす。
女性は生田の横に並び、生田より早くデカンターを取り出して、生田の目の前でカップにコーヒーを注いだ。
「だからといって、根を詰められてご病気にでもなったら」
女性は生田にコーヒーが入ったカップを手渡す。
「坂野君、有難う。そこまで年を取ったつもりはないんだが」
生田はコーヒーを口に含んでから、また続けて言った。
「私は悔しいんだ。大学在籍中に物理学の博士号を取得し、その大学も首席で卒業し、卒業後に書いた論文は世界に認められ、その論文を元にシステムを考案開発し、特許も取り、巨万の富を築いた私が、今では世に忘れられ、一介の博士扱いだ」
生田がカップを置いた机の上には、分厚いハードカバーの本が一冊ある。著者の名前は「加藤知子」
生田は本を持ち上げる。
「新相対性時空移動理論。加藤知子。加藤知子。加藤知子。ノーベル物理学者、加藤知子」
生田の、本を持っている手が力んで震えている。眼球は血走って今にも毛細血管が切れそうだ。
「私と同期だったこの女の大学時代の成績は、下から数えたほうが早いくらいだったんだ。なのに、新相対性時空移動理論でノーベル物理学賞をとったとたん、国の要人扱いだ。今では日本国立研究所の所長兼、国際科学アカデミー時空移動研究チームの総責任者。お陰で日本国立研究所の所長の地位を失った私は、世間に笑われどれほど酷い扱いを受けたか」
助手の坂野は椅子を引いて生田に座るように促す。
「生田博士、そんなに興奮してストレスを溜められてはお体に障ります」
生田は口から息を吐きながら坂野の顔を見る。
美人というほどではないが坂野もそこそこ端正な顔立ちをしている。上目づかいで生田を見る坂野の表情は、興奮する生田を心配していた。
生田は本を机に置いて坂野が掴んでいる椅子に腰掛けた。
「どうすれば、この女を超える事ができるんだ」
ハードカバーの本の表紙の端に加藤知子の顔写真がある。笑顔で映っている加藤知子は眼鏡をかけている。年齢は50前後だろうか。その加藤知子もまた、美人過ぎることのない普通のごくありふれた顔立ちである。
巨万の富を築き、欲しいものはなんでも手に入れる事ができる生田が、なぜこの女性ノーベル学者をライバル視するのだろうか。
「相対性時空移動理論は、先に私が唱えたんだ。なのに、この女が新相対性時空移動理論を学会に出して、ノーベル物理学賞を」
生田は拳を机に置いて、更に手を握り締める。
「なぜこの女が考案開発したシステムだけ、タイムトラベルが可能なんだ」
坂野は自分のカップにコーヒーを注ぎながら言う。
「生田博士もタイムトラベルシステムを完成されていらっしゃるじゃないですか」
「私のタイムトラベルシステムは、まだ物体を100%完全なままで飛ばせん。特に人体へ影響が酷くてな、体の細胞が分子分解を起こして時間移動のエネルギーになってしまう。今回行った実験でも、人間そっくりに作られた有機ロボットとはいえ、1体数億はする軍用の傭兵ロボット3体と、30体以上の警備ロボットを失ってしまったんだ」
「また有機ロボットを使って、実践型戦略シュミレーションゲームで遊びながら、タイムトラベルの実験をしたんですね。前回のメインキャラクターは美少女戦士でしたが、今回のメインキャラクターはどういう設定に……」
生田の鋭い眼光が坂野を捉える。
坂野は、生田に対して言ってはいけない事を言ってしまったと思い、急いで口元を手で隠した。次に生田が怒鳴るかと思い覚悟を決めるが、生田は首をうな垂れてしまう。
「仕方ないだろ。毎日実験ばかりしていては、さすがの私も飽きてくる」
たび重なる実験の失敗に生田の心身は疲れているようだ。
坂野は生田の机に歩み寄って、その机にカップを置く。
「今回、実験に用いたアタッシュケースはどうなりましたか? また、分子レベルで崩壊したんですか?」
生田は頭を持ち上げる。
「どうだろうな。映像ではうまくタイムワープして消えたように見えるが」
会話をしている生田の部屋に、突然若い研究員が入ってくる。若い研究員の手には書類がある。
「生田博士、実験の分析結果が出ました」
若い研究員は加藤知子の本の横に書類を置く。
生田は書類に目を通す。
若い研究員の表情は嬉しそうだ。
「実験後、空間の残存物を計測分析した結果、やはりいつもの如く有機ロボットと思われる分子の存在がありました。ですが、アタッシュケースの分子の存在は見当たりませんでした」
生田の表情から笑顔がこぼれる。
「有難う。よく調べてくれた」
坂野も笑顔になる。
「よかったですね。生田博士」
生田は立ち上がって、若い研究員の退室を見送る。
「アタッシュケースは無事にタイムワープしたんだ。これで加藤知子を超えられる。今回の私の理論が正しければ、ノーベル物理学賞の受賞者は私ということになるはずだ」
「生田博士」
「坂野君」
生田博士は坂野と嬉しそうに握手を交わした。