57:相対性
圭介は手を知子に向ける。
「こちらは、新相対性時空移動理論のノーベル物理学者、加藤知子博士なんですが」
圭介のいきなりの発言に、知子の両親は顎を落とす。
「あの、ジョゼフさん。10歳の知子に、ちょっとそれは」
言いかけた母に、圭介は鋭い視線を送って母を黙らせる。
事あるごとに警官の態度が変わるのは、圭介の鋭い視線を浴びるせいだからか。
知子も驚いて、キングの威厳とオーラを帯びた圭介の姿に目を見張る。
「加藤知子博士はまだ10歳ですが、タイムマシンに関わっている立場上、カプリッオの被害にあい、現在ここにこうしている訳なのです」
「そうなると、加藤知子博士についても、お話をお聞きする事になりますが」
「構いません」
「分かりました。今からそちらのご家族のためにタイムマシンを手配しましょう」
警官は外にいる警官に指示を出す。声をかけられた警官は走ってタイムマシンの中に戻った。その数2名。
タイムマシンは扉を開けたまま浮上し、ちょうど真ん中を境に二つに分かれた。両方のタイムマシンとも新幹線の先頭車両のようだ。
警官は知子たちをタイムマシンへ誘導する。
「ご自宅へお送りしますので、あちらのタイムマシンに搭乗して下さい」
知子たちは返事をしてタイムマシンに向う。
「相馬博士は、こちらのタイムマシンで私とご同行願います」
「わかりました。……あ、そうだ」
圭介は、中指と親指でパチンと音を立てて、父を呼び止める。
「そういえば、パパさんに言わなければならない事がありました。知子さんに関する、とても重要な事柄です」
父は立ち止まって振り返える。
「ん、それは?」
圭介は、歩いて行き父の前に立つ。
「実はですね、パパさん。知子さんは、大学で同じ年のある男性に出会います。その男性は、知子さんの自宅へ行き、パパさんに、知子さんと結婚させて下さい。と言います」
「結婚!! 大学生で!?!?」
突然の娘の結婚話に、父は驚きを隠せない。
「そうです。正確に申し上げれば、結婚はそれから先の話になるのですが。その男性が、パパさんの前で結婚の話をしても、絶対に「お前のような危険極まりない男に、うちの大切な娘はやらん」と言わないで下さい」
圭介の言葉はやけに力が篭っている。
「その男性は、パパさんが思うような危険極まりない人物ではありません。大変真面目で、いつも知子さんの身を案じ、知子さんをとても大切に思っています。いいですね。これだけは絶対に忘れないで下さい。宜しくお願い致します。パパさん」
そう言うと圭介はタイムマシンに乗り込んだ。圭介を乗せたタイムマシンはすぐに飛び立つ。
知子たちは、芝生の上で圭介が乗ったタイムマシンを見送る。
「あなた。さっきのジョゼフさん、なんか怖かったわね」
母はガルネオ島で起こった一連の出来事を思い出しながら言う。
「時々ジョゼフさん怖い時があるのよね。私たちより年上だから、ジョゼフさんが上目線で話すのは仕方ないけど、知子に銃が向けられた時、急に大声になって汗を流してイタリア語で話し出したり。カプリッオに銃を向けられた時も、爆破させるって言って、本当に爆破させちゃうでしょう。それで智さんも消えてしまった訳だし。普段のジョゼフさんは、ハンサムで紳士で恰好いいのに……。きっとジキルとハイドみたいに2面性がある人なのね」
急に父が、喉が鳴るほど勢いよく大きく呼吸をする。
「そういう事か……」
「あなた? どうかしたの?」
「これは娘を持った男親でないと分からない問題だ」
父は拳を強く握り、力強く足を動かして歩き出す。
「あなた? 何よ、あなたまで怖くなって」
母は訳が分からず父を追いかけて行く。
父はマフィアのように凄味を帯びた顔つきでタイムマシンに乗り込んだ。
「あなた、一人で分かってないで私にも教えて下さいよ」
母も父のあとを追ってタイムマシンに乗り込む。
知子は、また仲の良い父と母のじゃれ合いが始まったと思いながら、タイムマシンに乗り込むため外壁に手をついた。その時。
10歳の時から、ずっと先の未来を見ていたんだね
知子は声が聞こえたような気がして振り返った。後ろには誰もいない。青い芝生が広がっているだけ。
声は耳から入ったものではない。感じた、といったほうが正しいのかもしれない。
時の王子、智が知子に囁いたのだろうか。いや、男の声ではなかった。なら、時の女神の囁きだったのか。