53:唯一の救い
その智の背中から金色の煙が薄っすらと立ち昇っている。
その下にいるカプリッオの体からも金色の煙が昇っている。
「智さん。その金色の煙……」
今の知子なら、金色の煙が何を意味しているのか分かる。知子が目の前の状況を信じたくないと思っても、知子の脳は智の状態を冷静に判断してしまう。
智は竜巻の青い光りを浴びてしまったのだ。
「イヤだ、智さん」
智に飛びつこうとした知子の腕を圭介が掴む。
「智に触ったらいけない。触れば、知子さんの体も分子レベルで崩壊してしまう」
「圭介さん、手を放して」
知子は泣き出す。
「智さん、消えないで」
智に言ってもどうにもならない事くらい知子にも分かる。でも智を思う気持ちは止めどなく口から出てくる。
「圭介さん、教えて。どうしたら智さんは助かるの?」
圭介は首を横に振る。
「智はもう助からない。目に見えるほど濃縮された時間エネルギーに直接触れてしまった者は、体の細胞が分子分解を起こしてしまう。痛みがないのが唯一の救いと言うしか……」
智は知子に言う。知子の王子として。ヒーローとして。
「知子さん、泣かないで。これは僕が望んだ事だから。僕は、2008年に来る前に、未来の知子さんから、絶対に死ぬから過去へ行ってはいけないって言われたんだ。僕もそのつもりだった。でも、どうしても時の摂理は変えられなかった。時間は人という代理人を僕の下へ送り「過去に変化があると時空がうねって歪みが生じて未来に悪影響が出る」と言って、僕を執拗に過去へ行かせようとする。疲れて時の摂理に逆らう事を諦めた僕は、自らの意思で2008年の過去へ行くことを選択してしまったんだ。過去へ行くって言ったあと、後悔したよ。2008年へ行くと返事をしてしまうなんて自分自身が信じられなかった。死ぬのは怖いし、逃げたいとも思った。でも、それを知子さん、君が変えたんだ」
智は気づいて、急に呆れ顔になって笑い出だす。
「あははは。そういえば知子さんは10歳だったね。時の定めに嘆き悲しむ僕を救ってくれたのは、15歳の知子さんだったよ。15歳の知子さんも、今の君と同じように、かわいい人だったよ。怒ったり、泣いたり、笑ったり」
今の智は、10歳の知子を通して、15歳の知子を見ているようだ。
「智さんの言ってる事、分かんない」
知子は圭介の手を外そうとしながら泣きじゃくる。
「ごめん。僕の言ってる事、10歳の知子さんには難しいよね」
智の体は金色の煙となってどんどん消えていく。
その下で気絶しているカプリッオからも金色の煙が昇り、体が消え始めている。
カプリッオが、智を生かそうとしたのは、タイムマシンで移動した時に、自分の死に智が関係している事実を知ってしまったからだろうか。
タイムマシンに乗り、自分の死を知っても変える事が許されない、悲しく厳しい時の定め。