4:ベレッタを両手に
通路で一人走るアルは叫ぶ。
「兄貴!」
光線はまだ闇の中を飛び交っている。
「こういう時、俺はどうすればいいんだ……」
アルは、アタッシュケースを手放し、懐から手榴弾を取り出して両手に持つ。
「あんなに暗いのに、どうして戦えるんだ?」
怖くて汗がどんどん噴き出してくる。でも戦わなければ殺される。それが傭兵の定め。
「兄貴。兄貴。くっそー、俺も、俺も、やってやる!」
アルは闇の中に飛び込んだ。すぐに頭の上を光線がかすめる。反射的に床に転がり込み、更に一回転してから、身を低くして手榴弾を持った両手を振り上げて構えた。
「この野郎。てめぇら、俺の手榴弾で全員ぶっ殺してやる!!」
アルが大声で叫んだ時、カチッと音がして辺りが急に明るくなった。天井の照明が光っている。
アルは眩しさに目を細めて、手榴弾を持った手を額に当てて庇を作る。
周りにロイとベンはいない。いろんな姿形をした機械が見える。
床には警備員の死体。死体はざっと数えても20以上はある。
2丁のベレッタを両手に持ったロイが機械の間から現れて歩いて来る。
「遅いんだよ。バァーカ」
ハンドライトを持ったベンがロイの隣に並ぶ。
「終わってから来るな。ボケ」
「あにきぃ〜」
手榴弾を持ったアルは脱力して床に尻をつけて座り込んだ。
きっと警備員との戦いは激しいものだっただろう。
だが、並んで立っているロイとベンの表情は、清々しい笑顔に満ちている。
たった今20人以上を殺した傭兵とは思えないほどに、さっぱりとした表情をしている2人を、床に座り込んでいるアルは、まだ落ち着かない息を吐きながら見続ける。口の中に入ってくる無意味な汗が、なんとも言えない苦さをアルの舌に伝えた。
体育館ほどの広さがある室内に、機械はある一定の法則で並んでいる。その並びが何を意味しているかなんて、三人の傭兵は知らない。傭兵たちは、雇い主の依頼に従って言われたとおりに動くだけ。
ベンは機械の一つに触れる。
「まずは年数のセットだ。何年だ?」
アルは立ち上がって爆弾を懐に戻しながら言う。
「2008年っす」
ボタンを押して言われたとおりの年数をセットする。
表示された年数も確認して間違いがない事を確かめる。
「セットしたぞ」
ロイは床に落ちていたアタッシュケースを拾い、アタッシュケースの表面についた埃を払いながら歩く。
「こいつを箱の中に入れる」
箱といっても、日本の茶室ほどの大きさがある。壁は金属でできているが材質は何か分からない。ユニットハウスといったほうが早いのかもしれない。
そこにアタッシュケースを入れてドアを閉めた。ハンドルを回してしっかりと閉める。
アルは箱の外壁を触ってその感触を確かめてからドアの窓ガラスに額をくっつけて中を覗く。
「兄貴、本当にこれがタイムマシンなんですかね?」
ベンが確認ついでに、別の窓からタイムマシンの中を覗く。
「でなければ、雇い主は俺たちを騙した事になる」
「だったら俺たちも過去へ行きましょうよ。ねえ、兄貴?」
火のついていないタバコをくわえたロイが言う。
「ダメだ。お前も雇い主の話を聞いただろ。人を飛ばすのは無理だって」
「そうだ。人が乗れるなら、とっくの昔に雇い主が過去へ行ってるだろ。普通」
ベンは言ったあとに、普通と付け加える事が多いようだ。それはベンの口癖か。
ロイは、並んでいる機械に次々と触れていき、雇い主から指示されたとおりにスイッチを順番に入れていく。
「おい、タイムマシンから離れろ。作動させる。膨大なエネルギーがそっちへ行くぞ」
「兄貴、急いで離れるっすよ」
「あいよ」
ベンとアルは、年数が表示されている機械へ移動する。
機械のパネルはとてもシンプルにできている。
数字を入力する場所のほかはオンオフのスイッチしかない。
その機械から隣の機械へ、また隣の機械へと太いコードが伸びて繋がっている。
きっとこの広い室内にある機械全部にコードは繋がっているのだろう。
タイムマシンは室内の中央にあり、タイムマシンの周りをコードで繋がった機械が囲み、それが輪となって幾重にも広がっている。年数を入力した機械も多少離れているとはいえ、そのタイムマシンの傍らにあった。
ロイは全ての機械のスイッチをオンにすると年数が入力してある機械に戻ってきた。ロイのタバコにはまだ火がついていない。
「兄貴、火いるっすか?」
差し出されたライターの火に手を翳す。
「いや、いい。このタバコに火をつけるのは、タイムマシンを見送ってからだ。仕事が終わったら恰好良くハードボイルドで決めたいからな」
タバコを吹かしていないのに、なぜかロイの機嫌はいい。
「そうっすね。へへっ」
断られたアルも機嫌よく笑顔でライターを懐に戻した。