38:BOX
圭介は体を揺らして倒れないように数歩さがる。智も圭介の後ろに回って、圭介の体を支える。ガルネオは早足で近づいて圭介の胸に人差し指を立てた。
『てめぇ。どういうつもりだ。あの家族が死んでもいいのか?』
『違う。話を最後まで聞いてくれ。これは旧型のタイムマシンだ。正確にいえば、旧型のタイムマシンの一部といったところだ。これだけでは時空移動はできん』
智も言う。
『これにはエンジンがついてないんだ。それに伴う操縦桿も操縦席もない。よく見て。あるのは天井と壁と床と窓と、実験内容を測定する器具だけ。どこにもエンジンがついてない。だから、軽くて持ち上がる』
ガルネオは窓に額をつけて中を覗く。
『そんなはずはねえ』
トロッキオも別の窓から中を覗く。
『嘘だろ!?』
智の言うとおり、中は殺風景でエンジンらしきものも操縦席もない。
圭介は歩いてまた外壁に手をつく。
『これは時空移動の実験の初期の頃に作られたものと同機種だ。あの頃の時空移動システムはかなり大型で、旅客機の格納庫くらいの広さが必要だった。そこにこれを設置して、流動する時間エネルギーを一時的に増幅しマイナス方向に流す。つまり、この箱を時間エネルギーの流れにのせて過去へ移動させたんだ。君たちのいる時間にね』
圭介はガルネオに説明してから、両手で外壁に触れながら言葉を続ける。
『しかし、私が知っている実験BOXとは大きさが違う。私たちが行っていた実験で使われたBOXは、手の平にのるほど小さかった。なぜこれはこんなに大きいんだ。試験体を乗せていたのか。しかし、バリアシステムも何もない状態では人体に影響が出るはず』
圭介の表情が険しくなる。
『もしや、それを承知の上で人体実験を行っていたのか。私たちと同じ時空移動技術を得るために……』
圭介はぶつぶつと言いながら考え込んでいたが、ガルネオが吼えた時に我に返った。
『おい、勝手に訳の分からない事を言ってんじゃねえ』
ガルネオは両腕を振り上げて圭介の襟首を掴む。
『いいか。こいつを使えるようにしろ。でないと、あの家族を二度と動けない体にするぞ』
智がガルネオの腕を掴んで言う。
『そんなの無茶だ。エンジンが無いのに』
智は、ガルネオがこれ以上圭介に乱暴しないように防いでいるようだ。
『だったらエンジンを作れ。今すぐにだ』
ガルネオは邪魔な智に苛立ちながら手を放した。マフィアのドンとしては力ずくでも言う事を聞かせたい。しかし、タイムマシンのエンジニアに傷を負わせ、タイムマシンが作れなくなれば、ガルネオはかなり困る。頼みを聞いてくれと、囚われの身である圭介たちに頭を下げるのも腹立たしい。ガルネオは圭介の足元に唾を吐いた。
『必ずタイムマシンを使えるようにしろ。必要なものがあったら言え。俺たちが揃えてやる。いいな!』
ガルネオは言い捨てると、圭介と智を残して立ち去った。
トロッキオも、圭介と智の前に唾を吐き鼻で笑いながら部屋を出て行く。部屋に残された圭介と智を見下してバカにしているのだ。それを知らしめるためにドアを閉めて態とガチャリと大きな音を立てて鍵をかけた。
ガルネオとトロッキオの足音が遠ざかって行く。
足音が聞こえなくなってから、圭介はエンジンの無いタイムマシンを見た。
「私たちがどんなに考えても、どのような策を講じても、未来の知子さんの言うとおりになっていく。誰が作ったのかは知らないが、このタイムマシンの実験BOXも彼女が言ったとおり、今私たちの目の前にある」
「それでも、未来は変えていかないと。僕自身のためにも。僕はそのために辛い訓練に堪えSPになって、2008年の過去に来たんだから」
智の瞳は、目の前のタイムマシンより、ずっと先にある何かを見ているようだ。
「智……」
圭介はじっと智を見る。
「そんなに見ないでよ。恥ずかしいじゃないか」
智ははにかむ。
「お前は、時間警察日本支部のSP。私はタイムマシンのエンジニア。お互い立場は違うが、同じ思いなんだなと思ってな。そうだな。私も、未来の知子さんが言った結末にしたくない。私も、そのために過去に来たんだから」
圭介は腕まくりをする。それから両頬を叩いて気合を入れた。
「なら、善は急げだ。智、今から必要なものを書き出すぞ」
「だったら、最初に必要なものは、紙とペンだよ」
智は両手を広げて見せて、ここには実験BOXのタイムマシン以外何も無いよと圭介に示す。
圭介は智の頭に手を置く。
「お前は、有能な助手だよ」
頭を撫ぜると見せかけて髪をくしゃくしゃと掻きむしる。
智は笑いながら声をあげて嫌がった。