37:軽い
圭介はガルネオのあとを追うように歩いていた。圭介の左腕にはトロッキオの手が張り付き、指が肉に食い込んでいて痛い。
圭介の右側を歩いている智の表情は、知子とトランプで遊んでいた時の笑顔が消えていた。
圭介は横目でトロッキオの身体を見て、銃を所持していないか確かめる。
トロッキオは、知子の扱いを見る限り、相手が子供であっても容赦しない非情さを持っている。
下手に口答えをすれば銃で撃たれるのは必定だが、今のトロッキオは素肌に直接アロハシャツを着ていて、胸にも腰にも銃を身につけていなかったので、圭介は少しだけ安心した。
『手を放してくれないか?』
今のトロッキオは銃を向けないだろう、という安心感が圭介の進言を進める。
言われたトロッキオは、ギロリと大きく開いた二重の瞳を圭介に向けた。
『バカな事を考えるなよ』
『ああ』
圭介の頷きに、トロッキオは手を放した。
トロッキオが手を放しても、握られていた圭介の左腕はまだ痛みを訴え、トロッキオの指の感触が残っていて気持ち悪い。
ガルネオは機嫌良く圭介の前を歩いて鼻歌を歌っている。何がそんなに嬉しいのだろうか。
ガルネオが進んでいく通路は絵画や彫刻が無い通路ばかり。そのうちドアも無くなり、更に進んだガルネオは一番突き当たりにある大きな両開きのドアの前で立ち止まった。
ガルネオはズボンのポケットから鍵を出して鍵穴に差し込む。ガチャリと大袈裟かと思えるほどの大きな音を立てて解錠すると扉を開けた。中は暗くて何も見えない。
その中にガルネオが入って行く。圭介もトロッキオに押されて中に入った。中はひんやりとして肌寒い。
ガルネオは壁を触ってルームライトのスイッチを入れる。スイッチはいくつもあるらしく、何回か音がする。その音ごとに部屋の各部分に光りが当たり部屋の様相が圭介と智の目に入ってきた。
中は窓が一つも無く、壁もコンクリートが剥き出しになっている。床もコンクリート。家具も棚も無い。エアコンの設備も無い。この部屋が肌寒いのはそのためだ。
部屋は広く、その中心に窓付きのユニットハウスが置かれている。屋根は無く一辺が同じ長さで大きなサイコロのようだ。なぜ部屋の中にまたユニットハウスが置いてあるのだろうか。
「あれは……」
圭介の口から日本語が漏れる。
ガルネオは歩いて行き、中にあるユニットハウスの外壁に手をついた。
『こいつは急に庭に現れた。青白く光る竜巻と共にな』
圭介も歩いて行き壁に触れる。壁に触れた瞬間、圭介の目つきが変わる。
「間違いない」
圭介は触れただけでそれが何か分かるようだ。
智も壁に触れる。
「どうしてここに……」
智もそれがなんなのか知っているようだ。
ガルネオはしゃがんで下に手を入れて、ユニットハウスを片手で持ち上げる。
『しかもこいつは軽い』
ユニットハウスはゆっくりと傾く。そしてすぐに手を引いて立ち上がると、ユニットハウスはコトンと音を立てて元に戻った。ガルネオはユニットハウスの外壁にもたれ、手を叩いて手についたほこりを払う。
『こいつがタイムマシンだというのは分かっているんだ。だが、こいつの動かし方が分からん。こいつをすぐに整備して使えるようにしろ』
『それは無理だ』
言ながら圭介は窓の中を覗いている。
ガルネオはいきなり圭介を突き飛ばした。