32:時差ボケ
今日は5月4日。
イタリアの孤島。ガルネオ島は今日も晴れていた。
シチリア自治州にあるガルネオ島は、イタリアの南に位置しているだけあって、5月の日差しは暑く感じる。
気候は日本と似ているが、湿度が日本より低いため、空気がサラッとしていて肌に心地よい。
知子は今朝、圭介から今日が5月4日だと聞かされてビックリした。なぜなら、知子は2日過ぎの5月5日だと思っていたからだ。
知子がそう思うのも無理はない。知子が拉致されたのが5月2日の夜。厳密にいえば深夜を過ぎているので、5月3日の三日月が地平線から顔を出す時刻になる。
三日月が昇る時刻が深夜2時半くらい。車で岐阜県から名古屋港まで移動し、名古屋港からはクルーザーで移動し、水陸両用飛行機で空を飛び、大海原のどこに停泊していたのか分からない空母に着陸し、空母にいた時は朝陽が水平線にあったのを知子は記憶している。
日の出の時刻は5時くらい。5時頃に小型飛行機で空母を飛び立ち、あとは朝陽と一緒に空を移動してイタリアに来たのだ。
途中、飛行機は補給のためイスラマバード国際空港に着陸したのだが、知子は眠っていたので気づいていない。
その眠っていた時間を知子の体は2日過ぎたと判断をして、知子自身もそう思っていたのだ。
地球の裏側へ海外旅行をした事がある人が必ず経験する時差ボケを、10歳の知子は今経験していた。
知子は起きたばかりのベッドの上で指を折って寝た回数と過ぎた日を確認する。どうしても経過日数が合わない。
昨夜、圭介からイタリアと日本は時差があるという説明を受けているのだが、知子はまだ理解しきれていなかった。
パジャマは昨夜の入浴後に召使いが持ってきたのを着ている。素材は感触からして綿。悪くはない。
昨夜入った風呂も、銭湯のように広く、母と一緒に入れてよかったと思っている。ただし、住み込みの召使い用の風呂に一番に入れてもらったとは気づいていない。
夕食はご飯もあったが、日本のように炊き込みではなく、おかゆになっていた。智曰くリゾットというものらしい。あとはパスタやピザ。おいしかったが、日本のパスタやピザとは風味が違っていた。
一番知子の印象に残っているのは昨夜の夕食後の出来事だ。
圭介はガルネオと別れてから、通訳をして召使いの言葉を知子たち家族に伝えた。
「大人しくしているなら、客用のリビングと個室を行き来してもいいそうです」
それを聞いた知子たち家族は、夕食後、一息ついてから圭介の部屋へ行ったのだ。
圭介の部屋には智がいて、二人してベッドに腰掛けて何かを会話していたのだが、知子たち家族を見るなり、圭介は会話をやめて、ドアにいる知子たちを中へ招いた。
中は個室なのでベッドが1つに、テーブルが1つ、椅子が1つあるだけで狭い。
知子はベッドに腰掛けていた智の隣に座った。
今の智は知子に微笑む。
知子は王子智の青い目の笑顔が嬉しくて智の左頬にあるアザを指さした。
「頬っぺ痛い?」
「ちょっとだけ痛いかな」
「大丈夫?」
「うん、僕は大丈夫だよ。知子さんもいろいろあって怖かったでしょ。大丈夫?」
「私も大丈夫」
智の話し声は優しく知子の耳に響いて心地よい。
智と知子が笑顔で会話をしているうちに、父はテーブルにもたれ、母はその横にある椅子に腰掛けた。
知子も母も、圭介や智に聞きたいことがいっぱいあり、特に父の圭介に問い質そうとする意気込みは凄かった。
「圭介さん、これはどういう事ですか? あなた方は未来から来たって言うし、なぜ私たちは拉致されてここに連れてこられたんですか? 一体ここはどこなんですか?」
圭介としては予想していた展開だったらしく、落ち着いた青い眼で父を見て話し始めた。
「ここは、イタリアの南部にある島です。島はマフィアのドン・ガルネオが所有しています。ここで話す事は全てマフィアには秘密にして欲しいのですが、実は、そちらの知子さんは、ノーベル物理学賞を受賞する人なんです」
「は?」
父が開けた口は、両方の扁桃腺が見えるほど大きく開いていた。
知子は特にやる事がないので父の口の中を覗く。
圭介は、父の表情を笑う事なく真面目な表情で説明をする。
「未来の知子さんは、大学を卒業後、大学院に入り、院内で新相対性時空移動理論を書き上げ学会へ提出します。それで博士号を取得するのですが、その後も知子さんは時空移動の研究を続け、28歳の時にタイムマシンを発明するのです」
「うちの知子が? タイムマシンを発明?」
父が圭介に聞き返すたびに、父の顔は手を使っていないのに目の周りにシワが寄って面白い表情になる。