22:黒い服
その日の夜。
岐阜県の夜空は今日も晴れていた。
月が出ていないので、辺りは普段より暗い。
知子は布団に入ってからも、智と金色の銃が気になってなかなか寝付けないでいた。
なぜ王子智は、金色の銃を持っている時、笑顔がなかったのだろうか。明日の智は笑顔で会ってくれるだろうか。
知子の頭の中に、いろいろな不安が交互にあがってくる。どうか智王子が笑顔で会ってくれますように。知子は小さな胸で何回も祈りを捧げる。
そうして何度も祈りを捧げているうちに、知子は眠りについた。
知子が寝静まっても、智は起きていた。
ルームライトをつけず、薄暗い部屋の中で青い目を光らせて立っている。
その瞳に感情はなく、静かに視線を走らせて、智は隣の部屋へ歩いて行く。
タンスに手をかけ、中から大きなスーツケースを出して蓋を開ける。
中には黒い服とベストがあり、蓋の内側には様々な装備品が固定して入れられていた。
ベストは防弾チョッキだろうか。
智はスポーツトレーナーを脱いだ。鍛えられた智の肉体がシルエットとなって暗い部屋の空間に浮かぶ。
智は黒い服を着る。黒い布は智の肌にピタリとくっついて服の上からでも筋肉質な体がうかがえる。
次に、室内なのに底の厚いブーツをはく。畳を踏んでブーツのはき具合を確かめながら、ベストを着る。
今度は金色の銃が入っているベルトに手を通し肩から提げる。銃の位置は左脇の前。銃が動かないように反対側の肩にもベルトをかけて銃を固定する。
それから、しゃがんで蓋の内側についている様々な装備品を取り出して身に着けていく。
バタフライナイフ、手投げナイフ、ハンドライト、千枚通し、ピアノ線。
金色の銃以外、風変わりな装備はなさそうだ。
智は皮手袋を手にはめた。口から息を吐きながら皮手袋が抜け落ちないように手首のベルトを締める。両方の手首のベルトを締め終わると歩き出した。
「父さん、準備は?」
圭介の青い瞳が智を見る。
「もうすぐ終わる」
見ると、圭介も同じ姿をしていた。
加藤家の前の道を、酔っ払いが千鳥足で歩いて行く。
その酔っ払いの後ろを、黒い影が横切る。
酔っ払いは気配を感じて振り返った。誰もいない。
「なんだぁ、畜生。縁起でもねえ」
酔っ払いは見えない何かに叫ぶと、また前を向いて歩き出した。
酔っ払いの影が遠くなり消えた頃、物陰から黒い服に身を包んだ者が出てきた。
1人、2人、3人……。
黒い覆面をしていて顔が分からない。
次々と出て来て加藤家の門の前に集まる。
集団から一人だけ出てきて玄関前の庭に入る。危険がないのを確認して、仲間を呼びながら先に進んで行く。
集団は合図を受けて加藤家の庭に入る。そのまま進み玄関ドアを囲んだ。
一人がしゃがんでドアの鍵穴に細い金具を差し込む。その作業は巧妙でほとんど音がしない。
ドアの鍵が開くと、別の者がドアノブを握り静かに開けて音もなく入って行く。
リビングのテーブルの上には、中味の減ったグラッパがまだ置いてある。そのグラッパのビンに、暖簾を潜って隣の部屋に入って行く集団の影が映る。
隣の部屋にはちゃぶ台とランドセルがあるだけで誰もいない。
近くの襖を開ける。奥では知子の両親がぐっすりと眠っている。
もう一つの襖を開ける。その奥に知子が寝ていた。