21:おちゃらけ
なぜ智が金色の銃を持っているのだろうか。
智を庇おうと思っていた知子は、金色の銃に気を取られて、智の手の下で揺れているベルトを凝視してしまう。
智は知子に向き直りベルトを後ろに隠した。
圭介が歩いて、智と知子の間に立つ。
「知子さん、どうしましたか?」
圭介の体で智が隠れてしまって見えない。知子は横に少し移動して智を見る。
「知子さん、どうしたのですか?」
圭介の声に、知子はまた圭介の顔を見る。
「あの……その……」
圭介は笑顔だが、知子がどう見ても、圭介の青い瞳は笑っているように見えない。
そして圭介の後ろにいる智は顔すら笑っていない。
知子は二人の様子に怯えながら、毛ガニが入ったボールを差し出した。
「これ、ママが。二人で食べてって」
圭介はボールを受け取った。
「ママさんに、有難うと伝えて下さい」
「うん」
知子が頷いても智の表情は硬いままだ。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、知子さん」
知子は圭介の声を聞いたあと、ドアを閉めて、急いで相馬家を飛び出した。自分の家に駆け込む。
あの二人の異様な雰囲気は何だったのか。智はなぜ金色の銃を持っていたのだろうか。ベルトの中に銃が入っていたという事は、刑事ドラマのように智はベルトを体のどこかに巻いて、銃を身につけていたのだろうか。
息を切らしてリビングに来た知子を、酔ぱらった両親が迎える。
父は今も上機嫌で酔っていて、呂律が回っていない。
「お隣の相馬さんはいい人だったな」
母は酔っ払いながらも後片付けをしている。
「でしょう、パパ」
知子は強張った表情をして父にしがみついた。
「どうした、知子? 手が冷たいな。外にいたから冷えたか?」
父は酒が入って赤くなった手で知子の手を包んで温める。
「パパ、あの人たち、銃を持ってた。金色の」
銃を持っていたのは智だけなのだが、知子には名前を口にして言うほど心に余裕がない。
「じゅう?」
父は知子の手を撫でながら言う。
「うん。刑事が持ってる銃」
「金色の?」
「うん、金色」
父は急に笑い出す。
「それはなあ、知子。モデルガン、だ」
父は、からかい半分に口を大きく開けて最後の「だ」を強調して言う。
父が知子の心情に気づいているのか知らないが、酔っておちゃらけている事もあって、知子を笑わせようとしているようだ。
「でも、パパ。刑事みたいに銃がベルトに入ってた」
「銃を入れるベルトもガンショップで売ってる、ぞ」
父はまた、最期の「ぞ」を強調して言い、知子から笑いを取ろうとしている。
「もう、パパ。ちゃんと聞いてよ」
「ちゃんと聞いてるだろ」
父は少し不機嫌になった。知子が笑って相手をしてくれないのがつまらないからだ。
まだ残っている酒のつまみを口に入れ、口をもぐもぐと動かしながら言う。
「モデルガンが好きな人はな、刑事のマネがしたくて、刑事みたいに本物そっくりの銃を身につけて遊んだりしているんだ。銃が金色なのもそうだ。客の気を引くために本物には無い色で鍍金して売るんだ。だから、お隣の相馬さんが持っている銃の事で騒ぐんじゃないの。分かった?」
知子は、おもちゃの銃を貸してくれた同級生の男子も銃を入れるベルトを持っていたのを思い出して、コクリと頷いた。
「分かった、パパ」
「うん、宜しい」
父は知子の頭を撫でた。
本当に父の言うとおりなのだろうか。だったらなぜ智はベルトを後ろに隠したのだろう。王子智がなぜ、そんな事を……。
風呂に入っても、歯を磨いても、知子の脳は答えを求める。答えは辞書にも百科事典にも載っていない。
夜が深まり、知子は布団に入る時間になっても、智と圭介の笑っていなかった瞳と、智が持っていた金色の銃の事が気になって、玄関に立っていた圭介と智の姿がずっと頭から離れなかった。