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19:アルフレッド・ノーベル

 智は知子の目の前でよく食べた。自分で焼いたピザの上に、器用に母のサラダを載せて食べる。一人で皿の半分のピザを食べたところで、智の食べるスピードは急に遅くなった。


 知子はお茶を入れて智の横に置く。


「お茶だよ」


「有難う」


 智はお茶を飲む。お茶を飲み干してから智は知子をじっと見た。


 席が隣同士という至近距離から、智王子の青い視線を浴びて、知子は急に(かしこ)まる。


「知子さん、お願いがあるんだけど、いいかな?」


 青い目で見つめられてお願いをされたら断れない。知子はコクリと頷く。


「知子さんの部屋を見てみたいんだ。いい?」


「私の部屋、無いよ」


 知子の返事に、智は少し驚いた表情をする。


「じゃあ、どこで勉強をしているの?」


「あっちの部屋」


 知子は隣の部屋を指さした。


 智は知子が指さした暖簾(のれん)の向こうを見る。


「見てみたい。いい?」


「いいよ」


 知子は立ち上がった。


 母が気づいて声をかける。


「あら、知子。食べないの?」


「うん、もういい」


 言って知子は暖簾を潜る。


「智さん、もう少し食べたら?」


「いえ、沢山食べたので、ちょっと休憩します」


 智もにこやかに断って知子のあとに続いた。


 隣は居間。テレビと背の低い本棚と、知子がよく使うちゃぶ台がある。そのちゃぶ台の上に知子の算数の教科書とノートが載っていた。


 急いで割り算の宿題をして、母の手伝いにはいったので、教科書とノートを片付け忘れていたのだ。


 知子は恥ずかしくなって、開いて置いてあるノートを急いで閉じた。


 智はちゃぶ台に手をついて畳に直接座る。


「へえ。知子さん、ここで勉強をしているんだ」


 智は算数の教科書を手にとって開いて中を見る。


 パラパラとページを(めく)り、それを途中で止めて、知子の前で開いて見せた。


「これ、知子さんが書いたの?」


 知子が見ると、授業中に遊び半分に書いたブタの絵があった。しかもブタの絵はうまくない。


 教科書に絵を描いて遊ぶ時は授業中が多い。真面目に勉強をしていないのを知ったら、智は知子の事をどう思うだろうか。だからと言って友達が描いたと嘘をついたらもっと智に嫌われるかもしれない。


 知子は仕方なく首を縦に振った。


「うん」


「ブタさん、かわいいね」


 智の思いがけない誉め言葉に、知子の顔は真っ赤になった。


 学校で佳枝や美里と描いた絵を交換して見比べていた時は楽しくて笑っていたが、王子智に見られるととても恥ずかしい。


「知子さん、ノートも見せて?」


 智は言うが、ノートにはもっといろいろ描いてある。知子は悩んだ。更に恥ずかしい絵を見せなくてはならないのかと。


「もしかしてダメ?」


 智のお願い事は、甘い調べとなって知子の鼓膜を震わす。


 知子はちゃぶ台の前で人生の岐路に立たされた。ノートを智に渡すか、それとも断るか。知子のノートを握る手が震えてくる。


 頑張って考えても、10年しか生きていない知子は饒舌(じょうぜつ)な断りの言葉が思いつかず、知子は鼓膜に響く智の甘い声の誘惑にも負けて、手を横に動かして智にノートを渡した。


 智は赤面している知子の顔を見て、にっこりとしてノートを受け取り、表紙を捲って知子が書き取った算数の授業内容を見た。智の口から品のよい笑い声が漏れる。


「フフフ。ノートのほうが絵がいっぱいだ。どれもかわいいね」


 知子のノートの中は、先生が説明した算数の授業内容が書き写してあるが、その周りには動物の絵やアニメキャラクターの絵がいくつも書き込まれていた。


 智はゆっくりと次のページを捲って見ていく。


「これがノーベル学者の子供時代のノートか」


 智はノートの中味を全て確認し、最後のページに描かれている絵も堪能(たんのう)してから、知子にノートを返した。


「見せてくれて有難う」


 知子はノートを受け取る。ノートを持ったまま智の顔をじっと見た。ノーベル学者の子供時代のノート。それはどういう事だろうか。知子の頭には大きな?マークが浮かんでいた。


 智は次の催促(さいそく)をする。


「知子さんのほかのノートも見てみたいけど、いいかな?」


 智が喜ぶのでほかのノートを見せてもいいが、智が言ったノーベル学者の事が気になり、知子は口を開いた。


「ノーベル学者って何?」


 智の顔色が変わる。だがすぐに智は笑顔になる。


「ノーベル学者か……」


 智は考え込んで、すぐに答えない。


「ノーベル学者はね……。知子さんが分かるように、どうやって説明したらいいのかなぁ」


 智は「えっとねぇ〜」と考えながら知子の顔を見た。


 智の青い目が知子の顔をじっと見つめる。


 知子はこんな時も王子智の青い瞳に吸い込まれそうになり、智に見とれてしまう。


 智はとびっきりのいい笑顔を知子に向けると、ちゃぶ台に手を置いて立ち上がった。


「ちょっと待ってね」


 智は暖簾を潜ってリビングに戻る。


 リビングでは、3人の大人が酒を飲んで酔っ払っている。


 智は圭介の肩に手を置いた。


「父さん。ノーベルの事、知子さんにどうやって説明しよう?」


 酒を飲んで笑っていたキング圭介から笑顔が消えた。


「どうしてノーベルの話を。何を話したんだ?」


「話したのはノーベル学者の事だけ。まだ何っていうほど話してない。だからどう説明しようかと思って」


 真顔で顔を見合わせる智と圭介。


 知子の両親はグラッパを飲んで上機嫌になっている。


「ノーヘルでバイクだぁー」


「いやーん、パパ。警察に捕まっちゃう」


 父と母は今別世界にいる。


 知子は智が戻ってこないので、何をやっているのかと思い、暖簾を潜ってリビングに戻った。


 リビングに現れた知子を、智と圭介は無言で見る。四つの青い目は、全く表情がない。


 知子はその四つの青い目を怖いと思った。


「智さん?」


 不安な表情をして知子が智を見上げると、圭介の顔が急に優しくなって、知子にノーベルについての説明をした。


「ノーベル学者はね、アルフレッド・ノーベルという偉い人が作った賞からきていて、その賞は毎年世の中のために世界で一番頑張った人に贈られる賞なんだよ」


 キング圭介の顔は全く酔っていないように見える。


 知子は、ノーベルはとても偉い人で、いっぱい頑張った人がノーベルから賞をもらうらしい。というのを記憶する。目の前に差し出された情報を、知子の脳は漠然と記憶した。といったほうが近いのかもしれない。知子は黙って頷いた。

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