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18:グラッパ

 毛ガニ。別名オオクリガニ。


 全身に剛毛が生えているのは、硬くない甲羅を守るためらしい。


 肉食性。天敵はオオカミウオやタコ。


 人間以外にも天敵がいるようだ。


 毛ガニが主役の夕食は半ば進み、知子の両親と圭介は酒が入って酔っ払っていた。


 知子の母は酔った勢いもあり、父の横で話をしながら相馬家の情報収集に躍起になっている。


 父は酒飲み友達ができたので嬉しそうにビールを飲んでいる。


 圭介は、両親に好意があるようでビールを飲みながらリップサービスに勤しんでいる。


 知子は、両親も、キング圭介も話し相手になってくれないので、一人で毛ガニを食べていた。


 カニ味噌は食べてしまったので、次は毛ガニの足を折り、足の中にある身を食べようとするが、なかなか上手に食べれない。


 いつもは母がカニの足を割ってくれて、カニの身を食べやすくしてくれるのだが、今は圭介との会話に夢中になっていて、知子の毛ガニの足を割ろうともしない。


 知子はあとで母に頼めばいいと思い、サラダに(はし)を伸ばした。


 今夜のサラダはスライスポテトのマヨネーズ和え。刻んだハムとスライスしたタマネギが入っていて一応サラダもおいしい。


 知子が一人でサラダを突いていると、玄関のドアが静かに開いた。


「こんばんは」


 智の声である。


 知子は椅子から飛び降りて玄関へ走った。


 玄関下にいる智は、それでも知子より背が高い。


「智さん、いらっしゃい」


 知子は喜んで智を招く。


 王子智は風呂上りというのもあって上下同じ柄のスポーツトレーナーを着ていた。


 手には大きな皿があり、中には焼けたピザがある。


 知子はピザを覗き込んで見る。


「ピザだ」


 智は知子のかわいい反応を見て鼻から笑いを漏らす。


「ふふふ。僕がピザの生地を作って焼いたんだよ」


「凄い」


 智の手作りは初めて見る。


 ベースはトマトソースとチーズ、上にベーコンとオニオンとバジルが載っているシンプルなピザだ。


 智は知子にピザを見せながら、靴を脱ぐと中に上がった。


 知子は智の横について歩く。


 リビングに入って智はもう一度言う。


「こんばんは。夕食にお招き下さり有難うございます」


 母は早速鍋から毛ガニを出す。


「智さんいらっしゃい。どうぞ座って」


 智は母にピザを渡す。


「これ、みなさんで食べて下さい」


「あら、おいしそうなピザ。智さんの手作り?」


「ええ」


 智は照れながら返事をする。


「パパ、智さんが焼いたんですって」


「おお、そうか」


「初めまして、知子さんのパパさん」


「初めまして。智君、なんかもらってばかりですまないね」


「いえいえ、あとこれ。父さん」


 智はもう片方の手に持っていたビンを圭介に渡した。


「おお。智、あったか。よしよし」


 圭介は知子の父にビンのラベルを見せながら言う。


「パパさん。これはグラッパという、イタリアの酒です」


 父は太めのビンを珍しそうに見る。


「グラッパ? 見た事も、聞いた事もないな」


「じゃあ、試しに飲んでみて下さい」


 圭介は、父と母にグラッパを振る舞う。


 知子はそんな圭介や父と母を見ながら椅子に腰掛けた。


 智は知子の隣に座る。


「毛ガニか、おいしそうだね」


「うん、おいしかった」


 王子智は知子の相手をしてくれるようだ。


 しかし大人とは勝手なもので、やっとできた知子の話し相手を奪おうとする。


「智君も飲まないか?」


 父は酔いながら手招きをする。


「もう、パパ。そっちで飲んでてよ」


 知子は王子智を守るために、実の父を牽制(けんせい)する。


 智は笑顔で父に答えた。


「いえ。僕、実は酒が飲めないんですよ」


「もうしっかりとした大人じゃないか。そんなはずないだろう」


「いえ、本当に飲めないんですよ。パパさん」


 智が断っていると、圭介が間に入った。


「息子が酒が飲めないというのは本当です。だから、パパさん。私と飲みましょう♪」


「そうか。なら仕方がないな♪」


 父は圭介がグラスに注いだグラッパをゴクリと(のど)を鳴らして飲んだ。そのあとすぐに咽て咳(むせてせき)き込む。


「アルコールの度が高くないですか、これ?」


 圭介は自分のグラスにグラッパを注ぐ。


「多少高いかもしれませんね。35度くらいありますから」


 圭介は平気な顔をしてグラッパをゴクリと飲んだ。


 智は知子にピザを手渡す。


「知子さん、今日は元気ないね。何かあったの?」


「ううん。カニが硬くて食べるのが大変だったから疲れただけ」


 知子は、智がいなくて寂しかったから元気がないの、と素直に甘えられない。とりあえず智からもらったピザを食べる。


 焼けたチーズが香ばしく生地は餅々としている。


 智が焼いたピザは、一人で毛ガニを食べていた知子の傷心を癒していく。


「おいしい。智さん、ピザ作るの上手だね」


「そう? 有難う。ピザの作り方は母さんが教えてくれたんだ」


 知子は考える。祖母の看病のため実家に帰省している智の母はどんな人だろうと。


 知子が智の母を想像しながらピザを食べていると、智は自分の毛ガニを食べながら、知子の毛ガニにも手を伸ばす。


「さっき、疲れたって言っていたから、知子さんの毛ガニも(ほぐ)してあげようか?」


 王子智は、知子がさっき言った言葉を覚えていた。


「え、いいの?」


「もちろん」


 智は、知子が見ている前で知子の毛ガニを解し始める。


 知子の目にはもう智しか映ってはいない。横で酒を飲んで騒いでいる大人3人の声も聞こえない。


 目の青い智は、(ほぐ)した毛ガニを知子に手渡した。


「智さん、毛ガニの身を取るのも上手だね」


「上手ってほどでもないよ。知子さんも僕ぐらいになればできるようになるさ」


 一仕事終え智はまたピザを食べる。智のピザを食べる仕草も恰好いい。


 知子はずっと智を見続けていた。

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