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7章 2日目の夕方

◆7章 2日目の夕方


途中蛇が出てきたり、道に迷ったり、謎の老人に意味深な事を言われたりたっぷり時間をかけて展望台に辿り着く。


[つーいーたー!]


空が紅く染まる頃、ようやくこの街一番の高い場所に着いた。

展望台の上から見える紅く染まった景色にレゥは本日一番のはしゃぎをみせる。


[ねえね、レッグ。これで私、少しは人間に近付けてたかな?]


輝かしい笑顔で唇を動かすレゥ。

”それは間違いねーよ。レゥが俺に今日見せてたそれらは、俺がよく知る感情たちそのものだ。”


そっか、そっかーとにやにやしながら街を眺めるレゥ。

特に冒険という冒険もしてない、やったことと言えばただ本当にゆっくり小高い丘に登ったくらいだ。

俺もレゥもそれは重々分かっている。


”この達成感でも、ロックするか?あるいは、この景色を綺麗と感じる感情とか。”


[んー、それも良いんだけどねー。でも候補だね!]


うん、重々分かっている。きっと何かが足りないんだろう。

「これが私の固定すべき感情だ」という自分の中のエゴとトートロジーに満ちた確信の為には。

一体何が必要なんだろうな?

それが一番難しいんだ…自分が保ち続けたい感情を決める事、それには何が必要なんだろうな…。

残念ながらレゥの残り時間でそれを見つけられる自信はねーよ…。

そんな俺の重い気持ちを全く気にしないレゥは突然肩を叩いて。


[ねえ、レッグ。レッグ自身は自分の感情をロックしてるの?してるとしたら参考にさせてもらいたいな。]

そんなことを聞かれた。


俺は気持ちを切り替えてスケッチブックに文字を書く。


”残念ながら俺はロックをしてないんだ。”

レゥは続けざまに尋ね俺がそれを答えていく。


[そうなんだ、レッグはロックしたいと思う感情はないの?

あ、もしかして自分で自分の感情をロックする事は出来なかったりするの?]


”いや、出来るらしいよ。やった事はねーけど。現にじいちゃんは多分してたんだと思う。いっつも大事そうに首にキーを下げてた。”


[…?多分ってことはどんな感情をロックしていたか、知らないの?]


”そうなんだよ、結局死ぬまでじいちゃんは教えてくれなかった。だけどな、じいちゃんは自分のキーを眺める時にとっても穏やかな顔をしてたのは見た事がある。だから、少し憧れはあるかな。

あんな表情になれる感情を、じいちゃんはどこで手に入れたんだろうって。な。”


[…羨ましいね。私もそんな感情持ちたい。立派な人間になりたいよ。]


景色を眺めてレゥが漏らす。

…俺らしくもない、また長い自分語りをしてしまった。分かっているよ、レゥ。本当、そんな感情を持つ為には、どうすれば良いんだろうな…。

そんなことを思いながらレゥへの返答を考えていると、それより先にレゥが夕日に目を細めて小さく唇を動かす。

ずっとポジティブなレゥだったが、少しだけブルーな表情を浮かべて。



[……ごめんねレッグ。私が我が儘なのは分かってる。

お金を払っているとは言え、ロックスミスの仕事を逸脱しているのも分かってる。

でも神様が私に味方してくれてない以上、私は私を自分で勝ち取らなくちゃいけない。その為にレッグを悪くいえば利用しようとしている。

もし嫌になったらこの盤上をいつでもひっくり返してくれてもいいよ。私に残っているカードと言えば、

貴方から取った仕事を受けるっていう言質と、

払ったお金と、

同情を誘うぐらい。

レッグを引き止めることの出来る方法はこの少ないカードだけ。どれも吹けば消し飛ぶようなものばかり。]


そんな独白を始めた。

横目で小さく読みにくい口唇を読み切った俺は、レゥの言葉の途中で思わず吹き出してしまった。

突然吹き出した俺を、不思議そうな表情で見てくるレゥ。


なんだ、急にブルーになったかと思えばそんな事かよ。あと、賢いように見えて随分と鈍感なんだな。

そう思ってスケッチブックにさらさらと文字を書いた。

特に考えもない、良く練った文ではなく、ただただ浮かんだ言葉をそのままスケッチブックに描写した。

ページが一杯になったから、めくりまた書く。

そうしてスケッチブックごとレゥに渡した。

レゥは首を傾げて右手で受け取り目を通す。



”レゥ。もう一つあるぞ、俺は割とお前のことを気に入っている。それは客としてじゃなくて、人間としてだ。

俺は今までロックスミスとして全ての患者に患者として接してきたからな、人間として接しようとしている相手は久しいんだ。しゃべらないから友達はおろか知り合いも居ないし。”


レゥがページをめくる。


”少々理不尽なことも飲み込むさ。これもレゥの気持ちを楽にしようとして言ってる訳じゃねーよ。

適当に思った事を書いてるだけだ。”

”ただ俺がレゥの妄言に付き合いたいから付き合ってるだけだ。だから、気にするなよ。”


レゥがページをめくる。


”あと、自分がヤバいって時に人のことでブルーになってんじゃねーよ。もっと気にする事あるだろ。

早く感情見つけて俺を安心させてくれ。”



レゥは最後のページを読み終わってきょとんとしていた。

…ちょっとくさい台詞だっただろうか、とじんわり恥ずかしさが込み上げる。

いっつも文字にして会話してたから、こんな考え無しに言葉にするのはむず痒い。

同じ事を何度も言ってしまった気もするし、特に目的も主張も無い適当なコミュニケーションだった。

しかし…まあ、別に恥ずかしがる必要も無いか、本当に思っただけだから。

そうしてすました顔をしていると、

突然レゥは笑い出した。



俺の耳はレゥの声を捉えない。

その代わりに見えるのは、彼女の動きだけ。

彼女の大きく開いた口、やけに嬉しそうなにやけた口角、笑った時特有の腹部のうねり、

体を折ったり、手すりを叩いたり、それが1分と何秒か続いた。

最後に、はぁー、と大きく息を吐いて夕焼けを仰いでレゥはようやく落ち着き、一言。


[ありがとね、レッグ]


何のことは無い一言。

俺が友人として言葉を作って、レゥが友人として感謝した。そこら辺で当然のように行われている事。

でも、その一言は損得や打算を限りなく薄くした、レゥが言う「盤上」の外の言葉だ。

俺はレゥがそんな盤上から足を踏み出してこちらの手を握ってくれたのが、うん、とても嬉しかった。


しかし、やっぱりレゥは特性として”意地悪”を持っているようで


[でも、お金払ったんだから仕事はちゃんとやってくれないと困るからね?頼むよ、ロックスミス。]

などと彼女は笑顔で言ってきた。


はっはー、やっぱり気を許した友人とのチェスは格別なようだ。

そんなことを思い俺は思わず顔を緩ませてしまったに違いない。

それに呼応するレゥの楽しそうな様が、小高い丘の夕日をバックにとても映える。



[レッグ!レッグとの冒険、とっても楽しかったよ!]


そうして展望台の夕日の方に走って行って夕日を背にこちらを向くレゥ。

とっても綺麗な景色だな。そんな感情を浮かんだ。

そして、レゥに近寄り何か気の利いた言葉でも見せようかと思っていた矢先。

レゥが生まれて以来ずっとそこに収まっていた左手が、


突然ぼとりと抜け落ちた。






















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