4章 1日目のお昼
◆4章 1日目のお昼
穏やかな春の日差しが射し込む廃墟の一室。部屋に突き出している木の枝に蕾がついていて綺麗だ。
そんな綺麗な雰囲気にそぐわない人間が一人。
その人間はばたばたと慌てながら、スケッチブックに必死に文字を書いてこちらに向けてくる。
”待って待ってよ!レッグは言ったよね?謹んでお受けしますって?あれは嘘だったの!?”
レゥは片付けをしている俺の視線に、そんな言葉がかかれたスケッチブックを頑張ってあわせてくる。
7秒程無視を続けていたけど、流石に大人げないと思ってスケッチブックをとる。
そして俺はさっきレゥに見せた”ごめんなさい。それはお受けできません。”という降参の白旗ページをめくる。
………一度引き受けたのに男らしくないって?いやいや、だって俺の仕事は”感情をロックする事”だ。
間違っても、”感情を探す事”じゃない。既に患者の中にある感情が色あせないようにロックするだけだ。
自分探しのモラトリアムに付き合った経験もなければ、そんなことできる訳もない。
新しいページにそんな思いを乗せて文字を紡ぐ。
”嘘も何も、それはロックスミスの仕事の体を為してねーよ。だからそんな事出来るわけもない。また自分で感情を見つけてからここに来いよ。そしたら幾らでもロックしてやるから。だから諦めてくれ。"
あくまで突っぱねる俺に今度はピタッと狼狽を止めてレゥは何やら思案し始める。
…なんだ?さっきの狼狽は綺麗に消えて、真剣な顔でスケッチブックに何か書いている。てっきり泣きついて同情でも誘ってくるかと思ってたけど、なんとも不気味な…。
そしてゆっくり時間をかけて出てきた文面が以下だ。
”1:レッグは仕事の可否を判断する為に真剣に、たっぷり質問した。”
”2:私もレッグに仕事を受けてもらうために、とても真剣に言葉を選んで答えた。”
”3:その結果、レッグは謹んでお受けすると、言ってくれた。”
レゥは嬉しそうににっこり笑ってくると、箇条書きの下の小さな追伸をつんつん指差した。
”駄目だよ、レッグ。一度合格した生徒を不都合があったからって不合格にするなんて道理が合わないよ。不正があったなら別だけど、私何も嘘を付いていないもの。”
”二人で作ったさっきの真剣な時間をぶち壊すなんて、例え神様でもやっちゃいけないことだと私は思んだけどなぁ。”
満面の笑みでにやにやしてくるレゥ。
なんだよ…ただのとんでも屁理屈じゃねーか。突っ込みどころも沢山ある。
しかし、屁理屈も理屈ではあるからどうやって突き返そうかと返事を遅らせている隙に、レゥは続けて主張する。
”だから、いいでしょレッグ。本当に少しで良いの。ほんの少しで良いからあなたの時間を私にちょうだい。”
……今の今までふざけてると思ったら、狡い女だ。
しかし、彼女の行為から一つ分かった事がある。それは、彼女は彼女なりに真剣だと言う事。
戯けているように見えるけど、空気を緩和させたり情に訴えたりして、俺の逃げ道を削ってきてる。
”そんなこと知ったこっちゃねーよ。”と俺がちゃぶ台をひっくり返す可能性だって十分あるのに。
非情で理不尽な人間なんて世の中に沢山居るのに。
はあ…本当に、ヘビーな依頼だ。
”わかったよ、仕事は受ける。だからそんな目で見るな。”
”ありがとう、レッグ!やっぱりレッグは優しい人だね!”
このやろう…。
結局レゥの思った通り事が進んでいることが少しだけ悔しい。
レゥのにやにや顔と、楽しそうにスケッチブックの上で踊っているイクスクラテーションマークが更にそれを増長させる。
改めて俺から仕事を受ける言質を獲得しとっても嬉しそうなレゥを横目に、俺の中に悔しさとは違うある感情が浮かび上がる。
「もうすぐに、自分が死ぬ。」
そんな境遇でありながらも恐ろしくポジティブで明るいレゥに対する尊敬だ。
そしてその尊敬は俺の中で形を変えて、使命感へと昇華する。
俺はお金をもらってロックをするけど、最終的な目的は俺のロックによって患者が《幸せ》になること。
これはじいちゃんから事ある事に言われた、俺にとっての永遠のテーマだ。(きっとじいちゃんにとってもそうだったんだろう。)
仕事を受ける以上、俺はレゥの《幸せ》を全力で考えよう。
例えどんな結末になったとしても…。
それでいいよな?じいちゃん。
”優しくはねーよ。慈善事業でもないし。でも仕事を受けると言った以上レゥは俺のお客さんだ。だから”
俺は彼女に敬意を込めて改めて思いを形にした。
”ロックスミス:ニオン・レッグとして全身全霊でレゥのお手伝いをしよう。”
………—————そうしてレゥとの時間が始まった。
と……啖呵を切ったとは言えどうすればレゥの感情を見つけられるかとても考えあぐねいた。
何度か死んだじいちゃんと頭の中で会話をして、ようやく方針が決まる。
とんとんとカルテを整理し棚にしまってからスケッチブックに当面の方針の、その導入を書く。
”レゥは「心が欲しい、感情が欲しい」と嘆くブリキの人形なんだ。”
”……?ブリキの人形?……オズの魔法使いの?”
”その通り、そしてブリキの人形は心を探し求めてドロシーと旅をして、結局自分の中に最初から心が宿っていた事を知るんだ。”
”ふむふむ。”
”だからそれを真似して、レゥの中にレゥが望む感情がないか一緒に探してみようじゃねーか。”
”なるほど!”
何、オズの魔法使いに例えたけれど、大して変わったアプローチでもない。
だいたい自分の感情って物は、自分から発生するんだから自分の中を探す事が一番の近道になるに決まっている。
そんな当たりをつけて俺はレゥの今までの事を質問することにした。
窓を見ると正午のお日様が高い角度で廃墟の一室に射し込んでいた。




