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3章 お客さん

◆3章 お客さん





真剣な表情でこちらに文字を見せてくる少女。俺はアウトローなロックスミス、大抵の事には驚かない。この前の仕事も”永遠に考え続けられるようにしてくれ”なんていう無茶な依頼だったしな、無茶苦茶な依頼は慣れっこさ。

だけどこの子の目。この子は冷やかしなんかでは決して無い。至極真剣に依頼してきている。


…はあ。

”死ぬ前に、感情を来世に引き継ぐ”…か。随分とヘビーなご依頼みたいだな。あんまりヘビーなご依頼は好きじゃないんだよ…。

ロックスミスは感情を固定する為に相手を良く知り相手の感情を想像し少なからず共有しなくてはならない。

だからその感情がヘビーで激しいだけ俺にも精神的ダメージが伴うんだ。

悲しかったり、辛かったり、痛かったり。


しかしこちらも商売だ、お客さんのえり好みはしない。そしていくらヘビーなご依頼と言っても他の患者と区別する訳にもいかねーんだ。

何、いつもの流れだ。まずちゃんと彼女が俺の「お客さん」かどうか判断しないといけない。

この女が果たして俺の客に足るか審査しねーと。

いや正規のロックスミスみたいにカチカチの審査をするつもりはねーけど流石にいくつか俺の信念みたいなものがあるからな、それに反する依頼を受けるつもりはない。


そう。条件はシンプルに二つ。

俺は名前を聞く前にまずその二つの事を確かめることにしている。

俺はスケッチブックに一つ目の質問を書いて少女に見せる。


”お客さん、俺も一応これを商売にして喰っています。お金は払えるのですか?”


少女はそれを読むとガサゴソとぼろぼろの服のポッケをまさぐった。

そのポッケから右手一杯に鷲掴まれた、くしゃくしゃのお金が顔を出す。

うん、人一人が普通に1ヶ月は暮らして行けるような額はあるようだ。


一つ目は合格。


さて、もう一つの大事なこと。これが不合格になるお客さんが多い。

それは”ロックによって、患者が《幸せ》になる事”だ。

まあ、この《幸せ》の解釈が一番難しいんだけど…。

そこはあれだ、俺がそう思えたらオッケーってことにしてる。じいちゃんもそうだったし。

普通なら何故その感情をロックしたいか根掘り葉掘り聞いていくんだけど、今回は少し毛の色が違う。

しかしまずは、彼女の事実を確認しなくては…。


そのために俺はしっかり彼女を観察する。彼女は病的な程真っ白な肌でぼろぼろの服が見える。

あとは…腕にリストバンドが見えるな。

あれは……どっかの病院の、患者を識別する為のリストバンドか。それだけ見て俺は思った事を聞いてみる。


”お客さん。「死ぬ前に」と言ってるけど、今出しているお金はお客さんの治療費だったりするんじゃないのですか?そんなに裕福そうには見えないですし。”


彼女は文字を見て、3.2秒程の沈黙の後に固く真剣な表情のまま頷く。

…はあ。憂鬱さが募る。思った通りヘビーな内容だ。そして、きっと次の質問もYESなんだろう。


”お客さんの死は、これっぽちも覆る可能性がないのですか?”


今度は1秒も掛からずに、頷く。

…はあ。ため息が絶えない…続けて俺は質問する。


”お客さんの死は、もうすぐそこまで迫っているのですか?”


彼女は4.5秒程たっぷり考えた後、今度は微笑んで頷き左手を見せてきた。

その左手にはあるべき指が二本程足りなかった。…どうやら自然に取れてしまったらしい。

…そんなヘビーな事、笑って頷くなよ。



(彼女を信じるなら)まとめると彼女の死は確定的で、割とすぐそこまで迫っているらしい。

これじゃあ、”患者が幸せになる”なんて、とてもとても難しいじゃねーか。

どうやって判断すればいいんだよ…助けてじいちゃん…。

…はあ。弱音を吐いても仕方ない。俺は目を瞑り、思考を進める。


…確か彼女の依頼は”来世の私に感情を引き継がせてください。”だったな。

生憎俺は魂なんて物は信じてない、だから死んだ後に彼女が《幸せ》になることなんてあり得ないと思う。

うん、こう考えよう。


「ロックする事で、彼女の死ぬまでの少しの時間が幸福になるなら仕事を受ける。」と。


だいぶと時間をかけてから目を開けると、俺はスケッチブックに次の質問を書いた。


”生憎俺は魂や来世なんて存在は信じていないのです。それでもいいのですか?”


少し意地悪だったかな…でも夢見る少女の夢を、ロックした後にぶっ壊してしまったら元も子もない。

俺が意図せず言葉尻とかでその夢を壊してしまうかもしんねーし、こう言う事は最初に聞いておかねーとな。

彼女は少し首を傾げた後、どちらかと言えば不思議そうな顔で久し振りにスケッチブックを手に取り


”あなたが信じていてもいなくても魂や来世の存在にあんまり影響はないと思うので、

だからそれでもいいと思います。”


と言ってきた。文面は少しきつい様子だけど単純に思った事を書いているといった風に見える。


……成る程。取りあえず分かった事は彼女は魂や来世の存在をこれっぽっちも疑ってない事だ。

この子は魂の存在を微塵も疑っていない。そして更にそれだけでなくその存在を認めない人がいる事も認識しているようだ。

ただ認識していることと好き嫌いはまた別だろう。


”お客さんは魂の存在を信じていない人の事をどう思いますか?”


…もしそんな人が信じられなかったり嫌いだったりしたら依頼を受けるべきではねーよな。

ま、俺が気を回さなくてもいいならそれに越したことはなんだけど一応聞いてみた。

すると今度はすぐさま答えが返ってくる。

スケッチブックに乗せられ回答された言葉は、俺が想像するような好きとか嫌いとかいう答えでなく。


”まだまだ未来がある人なんだな、と思います。”


そんな彼女の感想だった。

その感想を見て始めは「あなたと私は違うんです」みたいな拒絶の主張かと感じたけど、彼女の目や表情には拒絶のそれは少しも滲んでいなかった。

そしてむしろそこに垣間見えたのは、単純な羨ましさとか遠さとかそんなものに見える。


じっとこちらを見てくる彼女を見て、

「もう私はそっちにいけないので、仕方の無い事なのです。」

こんな事を言っているように見える。


来世の存在を信じて疑わない彼女から発せさられた羨望の表情と感想から俺が察した内容は、淡い決意と選択を孕んだ半ば狂気にも見紛う感情だった。

……勿論ただの俺の勘違いなのかもしれない。

しかしやっぱり俺にはそうとしか見えなかった。

俺は少しの間動きを止めてその表情を咀嚼する。

そして一つの結論を心のなかで呟いた。


……そうか。なら何も言わねーよ。


生憎俺は死に直面した事がない。これ以上彼女の思い込みを、誰にも否定できない優しい嘘を、敢えて無視する必要もないだろう。

肩の力を抜き、できるだけ彼女の世界観に合わせた目線で物を考えてみる。

そうして浮かんだ単純な疑問を、俺の最後の質問として尋ねてみた。


”最後にひとつだけ質問させて下さい。

魂の信じていない俺みたいなものが感情をロックしていいのですか?

もっと魂や来世に関する知識や感性が高い人の方が適任だと思うのですが。”


彼女は淀む事無く文字を紡いでから俺に回答する。


”はい、私はあなたに賭けるのです。”


そんな文章のあと下の方に小さい文字で注釈が書いてある。


”それにこんな寂れた廃墟で独り暮らしているロックスミスなんて素敵じゃないですか。”


そう言って彼女はにっこりと笑ってみせた。

酷く穏やかに笑う彼女を見て、俺は単純に凄いと思った。

それと同時に俺の腹は決まった。

スケッチブックに先ほどより丁寧な字で覚悟と敬意を込めて文字を書く。


”分かりました。今回のお仕事謹んでお受け致します。お名前を伺っても宜しいですか?”


その言葉を見て、彼女はようやく張っていた肩の力を抜いて安堵の感情を漏らした。

なるほど…ちゃんとこれが仕事を受ける受けないの審査だって分かってたんだな…。

そうして彼女はいそいそとペンを滑らせて会話を続ける。


”レゥ。私の名前はレゥです。”

”あと、敬語は止めませんか?窮屈です。”

そう言ってレゥと名乗ったこの少女がまた笑ってきた。

…なんだ、リラックスしたと思ったら随分馴れ馴れしい文章を見せてきやがる。


…しかしまあきっと何か意図があってそういっているんだろう。

そう思い俺自身も肩の力を抜いて適当な文字で


”ではレゥと。俺の名前はレッグ。あと、敬語じゃねーと口が悪いから勘弁してくれ。”

と書いてやる。

突如の口調の変化に驚いていたレゥだったけれど順応性は高いらしく太く重ね書きをした字で


”望む所だ。”


と仰々しい言葉で楽しそうに戯けてきた。


俺は新しいカルテを一冊取り出し、彼女の名前を書こうとするとそれを察したのかリストバンドを外して見せてきた。

レゥの本名と各種のステータスをカルテに転記した所で俺は本題に入る。


”さて、レゥ。本題に入ろうか。レゥは来世にどんな感情を引き継ぎたいんだ?”


するとレゥは初めて目を泳がせてみせて、かっちり10秒思案した後、悩みながら文字を書き、申し訳なさそうにスケッチブックを見せてくる。


”それが決まっていないの。だから、レッグと一緒に探そうと思っているの。……です。”


























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