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2章 レッグ

◆2章 レッグ





この廃墟には桜の枝が突き出している。

人間の建造物なんて関係ねーよ、っていう具合に室内にまで盛大に突き出している。春が来ると、満開な花を散らして俺に春を知らせてくるんだ。今年ももうすぐ桜が咲く。三日もすれば綺麗に花を咲かせるだろう。独りぼっちで室内花見をするのが、俺の毎年の楽しみの一つ。

俺は穏やかで静寂なこの空間がとてもとても好きなんだ。


ああ、自己紹介が遅れたね。

俺の名前はニオン・レッグ。ニオンの姓は何となく語感が好きじゃないから人にはレッグと呼ばせている。

もう良い歳なんだけど立派にサラリーをもらう職には就いてない。

どうやって生活をしているかというと、無免許ながら錠前技師、そう”ロックスミス”をやっている。

凄いだろ?世界にもう100個と残っていない”ロックキット”の所有者で、世界で数十人しかいない職業”ロックスミス”なんだぜ?

……ま、そんな自慢げに話してみたけど実は俺が凄いわけじゃない。

国から”ロックキット回収令”が出たときに、俺のじいちゃんが持ってたロックキットを渡さないで巧く逃げ切っちまってそのまま孫の俺に引き継がれちまっただけなんだ。


でも国からの言い付けを守らないだけで、じいちゃんは悪い心の持ち主じゃない。

いっつもお客さんの幸せを真剣に考えていた。

小さい頃の俺はなんでこんなにじいちゃんは悩んでいるんだろうと、仕事の度に思ってたよ。

このキットの使い方もしっかりと俺に教えてくれて、注意点、テクニック、過去の事象、そして信念なんかを徹底的に叩き込んでくれた。

そしてじいちゃんが死んでから俺がじいちゃんの代わりにロックスミスになった。

今ではこの白衣とロックキットだけがじいちゃんの形見だ。似合っているだろ?白衣。腕を捲って着こなすのが俺のお気に入り。こうやって着ると何だかくたびれた科学者みたいで格好良いだろ?


…おほん。


兎に角そんな経緯があって俺は絶対に政府にこのことを言わない条件で普通は”感情の審査”に引っかかりそうな感情のロックをひっそりやっているって感じだ。

約束を破る奴なんかいない、破ったら自分も同罪だからな。

それにこれといって誰かの無差別な悪意に運良く晒されることもなく、何とも平和にこの街で今までやらせてもらってる。

職業:ロックスミス、これが俺のちょっとした誇りだ。


そうそう、俺にはもう一つ特徴がある。うん、耳が聞こえないんだ。少しも聞こえない。

それに引き摺られて、声も出せない。

いや、実は耳と違って声は出せるんだろうけど、自分がどんな声を出しているか分からなくて怖いから一切出さないようにしてる。

かれこれ10年はしゃべってないんじゃねーかな。だから基本的に人とはスッケチブックに筆談で会話してる。相手も筆談に合わせてくれたりするし、そうじゃなくても口唇が読めるから話を聞くのは問題ない。俺から発信するときは書かないといけないからちょっと遅いけどな。

聞こえないし喋らない。だから俺の仕事場はいっつも静寂で包まれてる。(聞こえないから実際には静寂かどうか分からないけど、そうだと俺は勝手に思ってる。)


そしてこの場所、このいい感じに寂れた廃墟が俺の仕事場だ。


大抵の奴はこんな隠れ家みたいな所で白衣姿の根暗な男がスケッチブック越しに会話してくるもんだから最初はビビるか警戒する。

”なんて取っ付きにくそうな人なんだろう”って。

でも、警戒されて心を開かれなかったらきちんと患者の感情を具現化できないからあの手この手で頑張るんだ。

まあ、実際にロックをする前までは精神カウンセラーみたいなもんさ。





お、ほらほら、そんなこと言ってると今日もどこから聞きつけてきたが知らないがお客さんが来たようだ。

まだ姿は見えないけど人が入ってきた事はすぐ分かる。廃墟の入り口のドアが開くと気流が変わるんだ。

今回のお客さんはどんな人だろう。

欲を言えばこの前みたいに爆弾とかヤッパとかで脅してこない人がいいな……。

ま、正規のロックスミスじゃなくてこんな違法のロックスミスの所に来る客がかたぎなわけねーんだけど。



………入り口の扉が開いて2分40秒。

もうそろそろこの部屋に着く頃だろう、さてさて、今回はどんなやつだ?


そうして扉の無い俺の部屋の入り口にお客さんが姿を見せる。

そこには女が一人立っていた。


…今まで女も来た事はあったけどこんな幸薄そうな女が来たのは初めてだ、不健康なくらい真っ白な肌で…。それにずいぶんと貧相な服を着ているが大丈夫か?

まあいい、ここを尋ねてくれた以上俺の大事なお客さん候補だ。仕事仕事…ッと。


そんなことを思いながらまずは彼女向けて頭をぺこりと下げ手のひらで椅子に座るように促してみる。すると彼女も頭を下げてくれた後に言われるが儘に薦められた椅子に座った。

うん、いい子だな、今のところ…。

そんな考察もそこそこに俺は机の棚からごそごそとスケッチブックを取り出して既に書いてある定型文を女に向けて見せた。



”いらっしゃいませ。ロックスミス:レッグの店へ。俺が主治医のレッグです。”

”始めに断っておきますが、俺は耳が聞こえないし、話す事も出来ません。”

”だから、そこにあるスケッチブックを使って会話をしてくれるとレッグは嬉しいです。”

”「そんなしちめんどくさい事やってられっか」という方は口唇を読みますから出来るだけ唇を動かして喋ってくれると助かります。”

”さて、お客様の用件をお聞かせ下さいませ。”


すると女はじっと俺の字を読み、扉の側に置いといたスケッチブックを手に取り何か書き始めた。

おうおう、今回は優しい客で良かった。あのスケッチブック使ってもらえる割合は今のところ1割切ってる。


左手でスケッチブックを拙く抑えて右手で一生懸命文字を書いている。

そうして彼女がこちらにスケッチブックを向けるとそこには次のような文字があった。


”私が死ぬ前に”


俺がその言葉を確認したのを見計らって、女がページをめくる。


”来世の私に感情を引き継がせてください。”




冒頭からようやく物語が進むらしい。




























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