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俺は肌をなでる風の感触で目を開けた。
一面の平原、草木の少なさを考えれば荒野と呼んでもいいかもしれない。だが魔国の領土ではそんな場所でも十分平原なのだ。
俺はジークフリート、魔族。
俺の頭の中には様々な情報があった。ここがどこなのか、自分が誰なのか、魔族内の一般常識から魔法・魔術の使い方まで、そして前世の記憶も…。
前世の記憶はともかく、なぜ生まれたばかりの俺にこれだけの知識があるのかといえば、それは俺の生まれ方に起因する。
魔族の生まれ方は2種類存在する。1つは人間と同じく母からの誕生、もう1つは俺のように魔力溜りからの誕生だ。前者の場合は赤ん坊として生まれ、親や周りの魔族から様々なことを教わりながら成長する。だが後者の場合は魔族として一人前に成長した状態で生まれてくる。この時生まれた魔族が子どもの様に傍若無人に振舞わないようにある程度の知識を持って生まれてくるのだ。
つまり俺にもある程度の知識が持たされていたということだ。
前世の記憶については…普通なら思い出しながら確認でもするのだろうがそれはいいだろう。前世の知識は役に立ちそうだが、思い出なんかはどうでもいい。ぶっちゃけ俺が死んだか死んでないのかも定かではないし、俺の前世はSEだったといえばなんとなく想像もつくだろう。
さて、自分の中の情報をざっと確認したところで現状の確認に移ろう。現在地は魔国ヴァハルの王都のそばである。現在は帝暦372年7の月、暦は地球のものと変わらないので夏場ということになる。帝暦というのは大陸内で最大の領土と国力を持つグリゼィア帝国が建国されてからの暦である。
俺は生まれたばかりなので当然持ち物は無し、魔国は自然が乏しく魔物が跋扈する厳しい地帯なので寝食を考えると村なり街なりを目指さなければならない。幸いなことに魔族の体は非常に強靭なので3日程度であれば寝る必要はないし、食事も行わなくていい。とはいえ無理をするのも一週間が限度なのでそう余裕があるわけではないが。
『あー、テステス。聞こえているかしら?』
王都へ向かうか、別の街を目指すか思案していると突如俺の頭に声が響く。
周りを見回しても視界一面に広がる大地以外に映るものはない。ならどこから声が聞こえているのかと疑問に思った俺の心を読んだかのように頭に声が響く。
『探しても無駄よ。これ遠話の魔法だから』
遠話の魔法。そう考えながら知識を探してみればあっさりと見つかった。どうやら知識として持ってはいるが使いこなせていないようだ。これは少しずつ自分のものにしていくしかないだろう。
『…聞こえてるわよね?せめて返事くらいして欲しいんだけど…』
色々考えている間にずいぶん待たせてしまったらしい。この魔法に返事をするために、相手に伝えるという意思を持ち、頭の中で言葉を紡ぐ。
『聞こえてますよ。そちらはどちらさまでしょう?』
『私はベル。ちょっとした方法で貴方の誕生を知って、こうして連絡を取らせて貰ったわ』
ちょっとした方法が気になるがあえて明言しないことから話す気は無いのだろうと会話を続ける。
『ふむ?ということは私に何か御用でもおありで?』
『えぇ。私は魔国の王都にいるんだけど、そこで話をしたいの。そこからも近いはずだし来てくれないかしら?』
『申し訳ありませんが、内容も聞かずに安請け合いは出来かねますね。厄介事はごめんですし、軽くでも内容をお聞かせ願えませんか?』
『そうね…。簡単に言えば私の部下と私の意見が合わないの、だから貴方に一時的に私の部下になって私の味方になって欲しいの。そうすれば部下の意見を却下できるわ』
『…正直疑問符だらけですがその辺りは王都で説明頂けるということでよろしいですか?』
軽くでも、とは言ったものの簡潔すぎて謎ばかりの説明にため息を吐きそうになるのを堪えながら聞く。
もし説明する気が無いのならこの話はここまでだ。
そんな思いが通じたのか慌てたように相手から言葉が届く。
『も、もちろんよ!詳しい説明はするし、質問にも出来る限り答えるわ!当然報酬も払うし、話だけでも聞きに来てくれないかしら…?』
『分かりました。それでは王都の方へ向かいますが、どちらへ伺えばよろしいですか?ご存知かと思いますが何分生まれたばかりですので、できるだけ分かりやすい場所を指定して頂けると助かるんですが』
『場所は実りの雫という酒場にお願い。有名だしかなり大きい酒場だからすぐ分かるはず。そこのマスターに私の名前を出してくれれば大丈夫だから』
『実りの雫、ですね。では詳しい話はそちらで』
そこで魔法をといたのかベルと名乗る人物?からの声は途絶えた。ふと時間の指定を忘れたことに気づいたが、そもそもこの世界に時計等の時間を詳細に知ることの出来る道具や方法は無いし、相手はちょっとした方法で俺の誕生を予期できるくらいなのだから大丈夫かとひとりごちる。
仮に俺の予想が外れたとしてもどちらかが待ちぼうけを食らうだけで他に被害は無い。あまりにも遅いようなら、所詮は口約束だ。待っていたという事実もあるのだし一連の会話など忘れて王都の観光とでもしゃれ込めばいい。
そう考え俺は王都のある方角へと歩き出した。
歩き出してから30分、俺は暇を持て余していた。いや、暇というのは正確ではないのかもしれない。なにせ俺は今現在も王都へ向けて歩き続けているのだから。だが現代の生活に慣れきった俺の感性は何もせずただ延々と歩き続けるのが退屈になってきたのだ。目に映る風景はどこを向いても荒野だし、この世界にはウォーク○ンのような物もない。
さてどうしたものかと考えたところで魔法や魔術の知識があったことを思い出す。
知識としてはあるのだし、どう使うのか、使った結果何が起こるのかまで分かっているのだがそこは現代に生きていた者として自分で使ってみたいという欲求が沸くのは仕方ない。しかしその前に俺に1つの疑問が浮かぶ。魔法に魔術、言ってみれば言い方の違いでしか無いように感じるこの2つがこの世界では明確に別物として存在しているのだ。一体何が違うのか、気になった俺は自身の知識に検索をかけた。
暇だと嘆いたあの時から1時間程が経過しただろうか。どうにも分かり辛い知識を自分なりに解釈しながらひとまず納得するだけの理解が出来た。
つまり魔法とは世界に無数に存在する法則に魔力を代償とすることで干渉し自分の意のままに新たな法則を書き込むという技だ。世界にはこの法則が変化しない様に管理する強制力ともいえるようなものがあり、世界に与える影響が大きな法則ほど多量の魔力を代償にせねばならないし、書き込まれた法則はその強制力により数秒で削除される。そのため一度書き込んだ法則も再度使う際はまた魔力を使わなければならない。
対して魔術とは世界に無数に存在する法則を魔力を用いた術式により呼び出す技だ。魔法程の自由さは無いが、既に存在する法を使用するため魔法と同様の効果をより少ない魔力で起こすことができる。しかし、法則を呼び出す術式を作成するためにはその法則を知っている必要があるため、科学の発展していないこの世界ではほとんど使用されていない。
例えば、前世の漫画であるような炎の竜巻を魔法と魔術で生み出すとする。
魔法の場合は炎が起こるという法とその炎が逆巻くように回転するという法を書き込む。
魔術の場合は炎が起こるという法と風が竜巻を起こすという法を呼び出す。
前者は炎自体が逆巻くという本来ならありえない法を作成するため、後者と比べ使用する魔力は2倍ほど必要となる。だが後者は生み出す炎と竜巻のバランスを間違えると片方がもう片方を打ち消すという事態も発生する。どちらも一長一短ある代物だということだ。
自身が解釈した内容を確認がてら一度頭の中で整理しながら、これはこれからこの世界で生きていく自分のアドバンテージとなる知識だと頭に強く留め置く。できるだけ早めに魔術の特訓を始めなければと考え始めたところで目線の先に城壁のようなものが見えるのに気づく。
とにもかくにも今後の予定を考えるためには例の約束を処理しなければ始まらない。そう考えた俺は遠くに見える王都の城壁へ向かって速度を速めた。