薔薇と猫と魔力使い
一部、差別的不快表現がありますが、それを増長させる意図はありません。
ロザリンド様は猫である。
といっても、本物の猫ではない。猫を想像させられるという意味で。
自分は何故かロザリンド様に怯えられている。それでも、ロザリンド様は恐る恐る近づいてこられる。
その様子が警戒心の強い猫を思い起こさせる、というかなんというか。
でも、時折笑顔も見せてくださる。
怯えた顔も笑顔もとても素敵だと、僕は思う。まあ、どちらかといえば前者の顔の方が……いや、なんでもありません。
ロザリンド様はいじめがいが、いや……可愛らしい方なのだ。
僕とロザリンド様との出会いは、ロザリンド様が9つか10の頃だったと思う。
僕は捨て子で、物心ついた時には孤児院で暮らしていた。周りはもちろん僕自身でさえ、僕が魔力持ちだということに気がついていなかった。
魔力持ちは非常に貴重であると同時に、非常に扱いが難しい存在である。
しっかりと扱い方を習い覚えることで、自在に魔力を扱えるようになる。が、扱い方を知らずにいると、いつか力が暴走するものなのだ。
本来であれば、生まれてすぐに教会で魔力の有無を確認する。しかし、僕の場合は捨て子だったため、確認がされてなかったんだと思う。
だからあるとき
力が『 暴 発 』
した。
今まで優しかった人達が遠ざかり、恐怖に満ちた目で自分を見る。
あの目が辛くて怖くて仕方がなかった。
耐えきれなくなる前に僕はある人に拾われた。
「君は魔力持ちなんだね。力の使い方を覚えてみないかい?」
そう言って僕を拾ってくださったのが、今の旦那様だったのだ。
「子どもたちがね、私に長生きをしてねって、色々考えてくれるんだよ」
旦那様である伯爵様は激しく親馬鹿であった。
僕をわざわざ同じ馬車に乗せ、安心させるように色々お話くださったのだが、大半は子ども達のお話でそれも自慢話だった。
お子様は2人。
腹違いのご兄妹。
兄のルパート様は前妻の、妹のロザリンド様は後妻の子という間柄だそうだ。
だからか、2人はあまり似ていらっしゃらないらしい。
ルパート様は栗毛、ロザリンド様は金髪。お顔立ちもそれぞれの奥様方に似たそうだ。
一緒なのは瞳の色。
旦那様と同じ碧の目だけ。
「長生きにはこういった食べ物が良いとか、こういった習慣は良くてだめだとか。色々2人で調べては教えてくれたりしてね」
碧の目が優しく弧を描く。
誰かを思うその瞳が、ちりちりと胸を焦がした。
羨ましかった、のだと思う。あの時の自分には遠いものだったから。
「君も仲良くなれると思うよ」
笑顔を自分に向け、大きな手でくしゃくしゃと頭を撫でてくれた。
熱くなった顔を伏せたのをよく覚えている。
屋敷についてすぐ、お子様方と会わせていただけた。
ちょうどルパート様は寄宿学校の長期休みで、帰っていらっしゃっていた。
ルパート様はくだけたお方だった。
「君が父上が言っていた魔力持ちか。見事な赤髪だね」
「ギデオンです。よろしくお願いします」
「あまり家にはいないけどね。こちらこそよろしく頼むよ」
ロザリンド様はルパート様の後ろに隠れていた。目つきはキツイが、金髪がまばゆい可愛らしいお人形のような女の子だった。
女の子だし、すぐに仲良くなれるとは思ってはいなかった。が、
「ギデオンです。よろしくお願い……? あの? お嬢様? ロザリンド様??」
「ギデオン……あのヤンデ……いじめたら、倍返し……半身黒焦……」
ここまで怯えられるとも思ってはみなかった。
ロザリンド様は、物凄い土気色の顔をしながらふらふらと後ずさりをされたのだ。
それを見て、ルパート様が肩をすくめた。
「気にしなくていいよ。ロザリーの癖だからさ」
「癖?」
「そう。妄想というか想像というのか。それが暴走して独り言を言い出すんだよ」
あまり義母上の傍ではやって欲しくないけどね、と続けれた。
「……ホントはお母……連れて……今……お父様が生きて……だから……」
「まあ、放っておいてあげるといいよ」
ルパート様はそう言って困ったように微笑んだ。
住み込みで働きながら、午後の何時間かを魔力を使う勉強をするようになった。
旦那様は、僕と同じような状況にある子どもを集めては、魔力を扱えるようにさせてくださっている。
護衛の一人に高名な魔力持ちのピアーズ様がいるのだ。
今は僕一人だけど、多い時は片手がうまるくらいの人数の面倒をみているらしい。
魔力を持ちながら、扱い方を知らずにいることで迫害対象になった場合、たいていは『私刑』か『闇堕ち』が待っている。
そこにあるのは残酷な『死』か『裏社会』での生か。
僕は辛くもそこから逃れられた。きっかけを与えて下さった旦那様の御恩には報いたいのだが……
「あら……」
蔑んだ色の視線で僕を見るのは奥方様だ。
美しい方ではあるが、心まではどうか。噂ではルパート様を毛嫌いなさっているとか。
「汚い赤毛だこと。青白いし……病気かしら。汚らわしい」
頭を下げつつ無言でやり過ごす。それが奥方様対処法。
あの旦那様になぜこの奥方様なのか。
と問わずにいられない。
「はぁ」
奥方様をやり過ごし息を吐く。
基本は部屋にこもっていらっしゃるので、お会いする機会はそうそうないものの……できれば、会いたくない。
不快感に眉をひそめていたら声をかけられた。
「ぎ、ぎでおん。だ、だいじょうぶ?」
柱の影からびくびくしながらそっと顔を出したのはお嬢様だ。
お嬢様は不思議だ。
奥方様のそばにいることも多いはずなのに、どちらかといえば旦那様やルパート様のような考え方をお持ちのようだ。
「お母様にイジメられてない?」
「イジメられました」
「ひっ?!」
「お嬢様が、すとれすとやらの発散に付き合っていただけますか」
しかも、軽口を叩こうともロザリンド様の中でそれを消化していただけるので、楽しくて仕方がないのだ。
にこりと笑うと、さらにお嬢様の怯えが増す。
「お嬢様、何をしていただけるのですか」
「そ、そんなに元気なら何もしなくて良いでしょ!!」
キッと僕を睨みつけて、気丈にもそう言ってぱたぱたと立ち去った。
出会って怯えられて。
怯えながら、なんやかんやと僕に声をかけてくださって。
特に奥方様とその周辺からの蔑みと嘲笑から、気を使ってくださって。
だんだん、怯えがなくなって。
軽口を言い始めた頃は真っ青になったり、真っ赤になったり、顔色が色々変わっていって。
色んな表情が見たい。
もっと色んな表情を。
ロザリンド様が修道院に入られることになった。礼儀作法を学ぶため、というのが建前だそうだ。
ロザリンド様が社交界デビューをすれば、公爵家の嫡男との婚約が正式に発表される。
その前に、ロザリンド様の暴走癖を抑えようということらしい。いまさらな気もしなくもないけど。
僕は庭の薔薇のアーチをぼんやり眺めていた。
ロザリンド様が屋敷からいなくなる。分かってはいた。分かってはいる。ただ、それを考えると……考えると?
「あら? ギデオン? 魔力のお勉強の時間ではないの」
声にびくりと体がはねた。
「お嬢様……」
「どうかなさったの?」
「いえ、今日はピアーズ様に急用が入った為、時間が空いてしまいまして」
そうなのね、と少し首を傾げるてから、ロザリンド様はぽんと手を合わせた。
「ねえ、ギデオン。わたくしにお勉強でならったことを見せてくださらない? すごく優秀だとお父様が褒めていらしたの。わたくしは魔力持ちではないから、どんなことをやっているか気になっていて……」
「そうですね」
僕は意味ありげに目を細めた。ロザリンド様はちょっと怯えた顔をした。
見たい顔が見れたので、心が落ち着いた。
「まあ、いいですよ。お嬢様は、しばらくお屋敷を離れるとお聞きしております。その餞別として」
掌に意識を集中させる。力が貯まると手のひらが熱くなってくる。
そうして、
「まあ!」
ロザリンド様の目が、顔が輝いた。
「花火のようだわ!!」
火の魔力を最小限に抑えて何種類か空中に浮かべたのは、咲いては消える小さな火の花だ。
だが、そんな魔力で作った花よりも……
「ギデオン、ありがとう」
そこに大輪の花が咲いた。
ロザリンド様の初めて見る心の底からの喜びの笑顔がそこにあった。
今までも笑顔は見たことがあった、でも、自分にこんな笑顔を向けられたことはなかった。
驚いて見つめていると、ロザリンド様ははっとされて、顔を引き締められた。
「綺麗だったわ」
そう言ってそっぽを向かれ、ツンとした感じでこうおっしゃった。
「もっと精進なさいね」
それからしばらくして、ロザリンド様は修道院に旅立っていかれた。
猫は近づけば遠ざかる。
猫から近づくのを待つだけだ。
でも、猫の縄張りにいなければ近づいても来ない。
だから、
「え? ギデオン。なんで?!」
「護衛を仰せつかりました。よろしくお願いします」
もうしばらくは、近くで猫を愛でようと思う。
修道院→聖堂より内側は“禁域”となるため部外者完全禁制。ただ、貴族のお嬢様の作法も教えるので、女性専用寄宿舎と貴族の護衛の詰所はあるイメージです。