イケメンと警察官
『あなたは、金の槍と銀の槍、どちらを選びますかぁ?』
『ここにカリスマ美容師が2人います。1人はイケメンですが借金男、1人はデブで石油王です。なぜ美容師として働いているかは放っておいて。どちらにカットしてもらいますかぁ?』
……
人生、選択肢って多い。二ノ宮あきこは、そう思った。
あー何で、どれかを選ばなくてはならないんだろう? いっそ未来が分かっちゃえばいいのに。
二ノ宮あきこ、中学2年生。お菓子大好き。よく学校帰りに近所のコンビニに立ち寄る。
今日も立ち寄った。それがこのザマだ。
今、あきこはコンビニ強盗人質立てこもり事件に、巻き込まれている。
(ウッソ……信じられない……。あれが犯人?)
犯人は1人である。手に拳銃を持っている。
身長は、おそらく165センチ前後で、若そうな男。20代後半から30代前半くらいだろうか。細身で、黒い無地のキャップと黒ブチの小さいメガネ、白いマスクをしている。黒いポロシャツに黒の薄めの上着、黒のジーンズ、コン○ースのスニーカーも黒で、黒づくしだ。その他これといって特徴は無い。というか、地味オーラが出ている。普通にどこかのスーパーの店長でもしていそうである。
犯人は常にキョロキョロとしながら、拳銃を、レジカウンターの奥で座り怯えているバイトらしき少年君に向けながら様子をうかがっている。
「いいか。全員、動くなよ。ちょっとでも勝手な行動しやがったら、まずこのバイトを撃つ!」
なんて、大声で言っている。
一番怯えたのは、もちろんそのカウンター奥のバイト君だ。「ひっ!」
可哀想に。まだ高校生くらいだろう。
「サツにもチクるな。……ようし、店内の奴ら、全員、店の隅へ集まれ。早くしろ!」
あきこを含め、客が4人。店員は、そのバイト君を含め、3人。合計7人が店の隅に集まった。
……しかし。驚いたのが、お客の1人だ。
なんと、警察官ではないか! キチンと、制服を着ている。
「お前! ……銃を よこせ! 手錠もだ! 早くしろ! そこへいったん置いて、こっちへ蹴れ!」
当然のごとく、犯人は焦っていた。まさかこんな所に警察官がいるなんて。
彼は、まだ20代くらいの若い男だった。短髪で、ちょっと丸びを帯びたような体格をしている。目が小さく、眉が少し下がっているように見える。
彼は言われた通りに銃と手錠を床に置き、立った後、それらを犯人にめがけて蹴った。犯人は、ゆっくりとそれをキャッチし、自分の上着の懐に入れた。
「ようし、そこでじっとしてろ。……おい、さっきのバイト!」
「はいぃ!」
「これに売上金を全部入れろ!」
指名された可哀想なバイト君は、「は、はいぃ!」と怯えながら、レジの方へ向かった。
「先に金庫だ! 奥にあるんだろうが!」「はいぃ!」
犯人に叩きつけられ、今度は店のバックルームへ走って行った。……ああ、素直ね。それが一番だけど。あきこは、そう思った。
(ううう……。怖いけど、きっと助かるわよね!? 大丈夫、下手な事しなきゃ、大丈夫!)
あきこに限らず、人質達は皆、そう自分達に言い聞かせていた。
犯人の目的は金だ。それを奪ったら、とっとと立ち去ってくれるだろう。大丈夫、命までは取りやしない。大丈夫、自分だけは、大丈夫。
そう思っていると、あきこの背後でコソコソ話が聞こえた。ほんの、犯人に聞こえない程度の。
「なあ、アンタ。警察官なんだろう? 何とかならんのかい? 防犯マニュアルとかさ」
と、お客の1人が警察官に話しかけた。何だこの客。この人も若い男だけど、もうじき初夏だというのに少しブ厚めのジャンパーなんか着て。暑くないのかなぁ? と、あきこは横目で2人のやりとりを聞いていた。
「下手に犯人を刺激するより、黙っていた方が無難です。人質もこれだけ居るのだから」
と、もっともな意見が返ってきた。そりゃ、そうだ。
「実は、さっき携帯で警察を呼びましてね。まもなく来ると思うんですよ」
その客は、サラッととんでもない事を言い出した。その場に居た全員が振り返る。と、同じに、コンビニの外に何台か自動車が次々に適当に停まったのが見えた。
(え? パトカーじゃない? ……いや、もしかして、覆面パトカー、ってやつ?)
あきこは外をよく見ようとしたが、それを遮るように犯人がやって来て立ちはだかった。ずっと手に構えていた拳銃が、ブルブルわなわなと震えている。
……かなり、怒っている……。やばい……。
もはや立てこもり延長、決定か。あたしらは今日中に帰宅するのは無理なのか。
血の気が ひく……。この客は、何という事を。
人質全員、そう思い、ごくりと息を呑んだ。
やがて犯人は、すごい形相で、こちらに振り返って銃を向けた。
「誰が通報しやがった! ちくしょう、お前ら全員立って、もっと奥へ行け! 両手は上げたままでだ!」
銃を持った手で、あきこら全員を促す。全員、両手を上げて立ち上がる。
そして、並んで店の奥へ行きかけると……。
「おっと、いけね」
さっき通報したと言ったジャンパー男のジャン男が、携帯電話を落とした。犯人の見ている、ド真ん前でだ。
その場にいた全員が肝を冷やした。
「拾うんじゃねえ! オラぁッ!」
犯人は慌てて、その携帯を拾いにこちらに近づいた、その時だ。
その一瞬の隙をうまく突いて、そのジャン男が飛びかかって、なんと柔道の一本背負い! を、かましてくれた。
ドスンッ!
犯人の男は、きれいに宙を舞った。
一瞬、何が起こったのか犯人でさえ分かってはいない。
ジャン男は、犯人を上から押さえつけようと乗りかかった。すると、犯人はしぶとく、決して手放さなかった銃を、乗りかかってきたジャン男に向けた。
カチャッ。
ジャン男、ピンチ。
馬鹿だな、余計な事をして……まだ若いじゃん……。誰もかれもが、そう思った。あきこも、そう思った。
倒れた犯人の上に乗りかかり、襟首をつかみかかるジャン男と、額に銃口を押し当てる犯人。
……こんな緊迫したシーンだというのに……。
「ブッ……」
……おならじゃないよ。吹き出したのだ。
そう、なぜか笑いを堪えきれなかった、あきこだ。
(ギャー、もうダメッ!)
「ブハッ!」
あきこは、沸き起こる感情を止められなかった。もう、手遅れ。
「アハハハハハハッ! ……」
あきこ1人が、大爆笑ワールドに突入。このワールドには、誰も踏み入る事は、できない。
「……もっと利口になってから強盗する決断をつけるこったな」
笑い転げるあきこは放っておいて。ジャン男は、ガシッ! っと犯人の銃口を手でつかんだ。そして、「こんなバレバレのオモチャで人を××せると思うなよ」と言って、犯人を睨む。
……怖ッ。全員が、再び緊迫。
「クソッ……。これならどうだ!」
と、犯人は今度は、懐から素早く、あの警察官から取り上げた銃を取り出し突き出した。しかし、遅い。ジャン男の方が寸秒、早かった。
同じく銃口を手で受け止め、もう片方の手に持ったオモチャと言う銃で、犯人の男を、
ボグッ
と、いい音に叩きつけた。とても軽い音……頭の中が詰まっていないような音だった。
「観念。はー、やっと決着ついた。おーい、そこの、お嬢ちゃん」
と、ジャン男は犯人に馬乗りになったまま、あきこを呼ぶ。「(ビクッ)えっ!?」
さすがに笑い止んだあきこは、キョトンとして、そろそろとジャン男の方へ。
「外の連中に。決着つけたから、ひきとってって、伝えてきてくれ。あ、俺、中島が、って言って。言ったら分かるから」
中島。ジャン男の名前は、中島。
「はあ……。えっと、中島って、……んん??」
あきこは、何だかよく分からなくなった顔を。するとジャン男改め中島が、
「あ、俺、刑事だから。ホラ見てみ」
と、見せたのは、警察手帳。「……本物?」あきこは目を丸くしてそう呟く。
ガクッ、とズッコケた中島は、「信用してくれ、プリーズ」と、オマイガ! のポーズだった。
あきこが改めて「刑事さんだったんですか! だからあんな武芸が、できたんですね!?」と、瞳をキラキラさせて中島刑事を見つめると、中島刑事は「ハハハハハハッ! 武芸だなんて! よせや、照れるじゃないか」と、まるでバラを持つ手つき。
あきこは、とてもウットリ。すると苦笑いをして中島改め中島刑事は「ホラホラ。犯人が目を覚ます前に、早く早く! 呼んできて」と、あきこに、こっちの世界に戻って来るよう呼びかけた。あきこはハッ! として、慌てて外へ。
(中島……刑事さんかぁ……。カッコいい〜!)
あきこの頭の中は、中島ハーレムだった。ハートマークをうっとうしい程、辺りに撒き散らして。あぁ当たると伝染りそうに……。
(あたしは、金の槍を選ぶわ。そしてイケメンの借金男にカットしてもらうわ。あたしは、例えどんなんでも中島さんを選ぶの。きっとそうよ!)
あきこを誰も止められません。誰か嫌がらずに、止めてやってください。
……
あきこが、呼びに行っている間。ヤレヤレ、といった感じで、中島刑事は一人言。
「最初、人質全員から携帯ぐらいは出させとくべきだったな。犯人、もしくは強盗としては失格。隙だらけだったぜ」
そして、あきこ以外の人質は緊張が少し解けて、雑談をそれぞれしていると。あの、警察官の男と中島刑事と、ふいに目が合ってしまった。
……なぜか、警察官の兄チャンはオドオドしている。
中島刑事は、フ、と笑った。そして声をかけた。
「後で、署までご同行、願おうか? ちょっと、話を聞くだけだから。……いい趣味をお持ちで」
……。
……さて。本物にとっては、とっくにバレバレだったそうですけど、その警察官。
コスプレは、屋内だけにしときましょうか。マギラワシイので。
《END》