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涙爆弾  作者: 藤本乗降
第2章 発光しない異次元交流
8/26

2-2

       *


 その夜、十一時くらいのことだった。

 僕は自室の部屋のテレビでBS放送を見ていた。しがない地方都市である百八台の町は都や府のように電波環境が整っているわけではないので、アニメを視聴する上ではBS環境が必須といっても過言ではないのだ。

 特に何もしないでいると自殺衝動が僕を侵食するばかりだが、こうして趣味に没頭している間はその呪いを一時的にブロックできる。これは日羽鳥から教わった、最も効果的で簡単な幽霊対処法である。だが逆に言えば、僕が苦渋を味わったり絶望に沈んだりすると呪いは力を増すのだという。だったら少しくらい愛想よく接してもよいのではないかと、僕は後輩に対して思う。

 アニメは以前から見てはいたが、この対処法を知ってからは見る本数も増えた。興味がある作品だけ見るものいいけれど、まったく期待していなかった作品が意外と面白かったりして、とりあえず多くの作品を見てみるのも悪くない。

 そういうわけで、僕の意識はすっかり二次元に集中していた。

『お前が今まで行ってきたことはただの偽善さ……。空き缶を拾っておきながら、自分は産業廃棄物を捨てるような、そんな醜悪の塊こそがお前のやってきたことだ……』

『そ……そんな。お、俺はよかれと思って……あれを』

『言い訳を聞くほど暇じゃないんでね。死の宣告は既になされた。これよりお前を断罪する』

 ゴクリ。ここからが主人公のお決まりのパターンで、必殺技である『閃黒の審判』が相手を貫き、決め台詞を言ったのちに一瞬だけ作画が劇画調になるのだ。

『閃黒の審判!』

 割れるような悲鳴が響き、相手の体が塵になってゆく。

『せいぜい地獄で悔――』

 ブツッ。台詞を言い終わらぬうちに、視界が一瞬にして闇に包まれた。

 停電だろうか。

 テレビの音が消えた僕の部屋に、空から怪物が腹をならすような音が聞こえる。雨足は昼と比べてずいぶん激しくなっていて、僕は明日の体育で使うグラウンドの状態を予想した。

 それにしてもアニメが途中で中断させられたのは痛い。急激に下がったこのテンションで眠りに入ったら、このまま悪夢を見ることは必至だし。

 やはり明日、日羽鳥に『説得』を行ってもらうべきだろうか。そうすることが幼女幽霊にとっても幸せなことなのかもしれない。……だけど幼女だしなあ、現状維持できるならそうしてもらいたい。……そういえば幼女幽霊本人はどう考えているんだろう? もしかしたら僕に憑いてるのも本意じゃなくて、本当は僕から一秒でも早く解放されたいのかも。だとすると幼女幽霊を成仏させないのは僕のエゴということに……。ああダメだ、どうしても最善の対応が思い浮かばない。

 いっそここで、自分の命が何よりも大切だと言いけれればいいのだけれど……。でも相手が幼女だとなあ……。

「要するに、幼女幽霊ちゃんの言いたいことが分かればいいんだよな。だったら日羽鳥を通して通訳してもらうのが最適か……」

 とりあえず、そう結論付けた。

「しょうがない。どうせ今日も世にも奇妙でSAN値下落な夢を見るんだろうけど……寝るか」

 と呟いた時、僕は気づいた。

 あれ?

 立てない。というか、動かない。ベッドに到達できないどころか、指の先端まで筋肉が硬直している。

 連日のような悪夢に耐えかねて、肉体が反乱を起こしている?

 いや、これは筋肉の収縮がどうのこうのという話ではないと僕の本能が言っている。

 僕はこの現象を知っている。闇夜の中で突然起こる、あのポピュラーな心霊現象。

 ――金縛りだ、これ。

 まだ寝てないのに、僕。


       *


「こんばんは」

 闇の中により濃い闇が浮かび上がっている。その境界線はぼんやりとしていたが、人間の形をしているように見えた。声はその頭の位置から聞こえた。

「こんばんは」

 僕は律儀にもそう答えた。答えられたのだ。どうやら口と目は動かせるみたい。意識もはっきりしているし、金縛りにしては割と自由度の高い種類なのかもしれない。

 しかし、いくら目玉を動かせたところで周りには闇しかない。自分の体がここにあることさえも視認できないのに、その影だけは確実に認識できた。

「私の赤ちゃん、見なかったですか?」

 影は女性、それも母親だった。

「いえ……多分見てないと思います」

 僕は正直にそう答える。

「ホントに?」

「ええ」

「ホントのホントに?」

「ホントのホントです」

 影は四つ足をついて、真っ暗な顔を近づけてくる。

「ホントに? 一目見たこともないの?」

「あ、いやチラッと見たこともカウントするんなら確かなことは言えませんけど……」

 参ったな。この幽霊(多分)悪霊ではないかもしれないけど、相手にすると面倒くさいタイプみたいだ。

 僕の返事を聞いて、案の定幽霊は目を輝かせた。(あくまで比喩。そもそもどこに目があるのかさえ分からないんだから)

「じゃあじゃあ! この辺にいる可能性もゼロじゃないのね!」

「ええ、まあゼロじゃないと思いますよ。ゼロじゃ」

 最後の言葉を強調して言った。今の僕には皮肉ることが精いっぱいだからだ。

 幽霊――いや、そうと決まったわけではないから『真っ暗さん』とでも呼ぼう。真っ暗さんは鼻歌交じりにスキップをしている。部屋中に彼女の残滓が舞い、うかつにも僕はその姿を見失ってしまった。

 いつの間にか軽快なステップも陽気なメロディも消え、部屋の中に静寂が訪れた。

 消えたのか……? 今ので。

 しばらく待って何の反応もないことが分かると、僕はほっと一息ついて、肩を撫でおろ――せなかった。

「ならさ、お願いがあるんだけど……」

 耳元から。

 先ほどとは打って変わって、艶めかしい「女」の声がした。

 動かない背中を悪寒が一直線に通り抜ける。

「探すの手伝ってよ。じゃなきゃ私、ずっとここに居座り続けるから」

 何も言えなかった。今度は金縛りじゃなく、僕の顔面筋が強張っていたからだ。

「見つけてくれたら、お礼にイイコトしてあげても、いいんだけどなあ……」

 それだけは絶対に遠慮させてもらう。

 真っ暗さんは僕の肩を撫で、吐息を首にかけ、指と指を絡ませる。その度に僕は耐えがたい寒気と吐き気に襲われた。

 やめろ、やめろ、やめろ!

 それは今の僕に対し、一番やっちゃいけないことだ!

 心の中でそう叫んだとき

 そして真っ暗さんが僕の大事なところに右手を持っていこうとしたとき

 やっと、部屋の電気がついた。

 それと同時に真っ暗さんの姿は消え、金縛りも解けていた。

 いったい何だったんだ、今のは……。

 僕は冷めた体を温めるため、照明を点けたままベッドに入るのだった。


       *




 闇の中。

 泣いている。

 女の子の泣き声だ。それもまだ小さい……。

 ――エーン、エーン!

 そして次に聞こえるのは、女の声だ。

 母親か?

 怒っているわけじゃない。泣き止ませようとしているのか?

 ――エーン、エーン!

 泣き声とともに女の子の感情が、言葉にならない波となって押し寄せる。

 悲しみ? 苦しみ? とにかく、素敵なものじゃない。

 ――エーン、エーン!

 その悲痛の声は女の子のもの? それとも、僕の……?



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