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涙爆弾  作者: 藤本乗降
第2章 発光しない異次元交流
7/26

2-1

書き溜めしていないため部数が一章よりだいぶ多くなると思いますが、小分けして書いているだけなので実際の文章量はあまり変わらないはずです。

 第二章 発光しない異次元交流



 五月二十四日木曜日。僕が謎の多い先輩と一緒に、僕と友達にまつわるちょっと不思議な出来事を解決した日から数えて、ちょうど八日が経った日の朝。僕は先輩から貰ったスマホの画面を見ていた。


 12864223593831845142201491186561212806564881912223556135924004931……そして最後に、7。


 気が狂いそうな年月を示す数列。例えようもないくらい途方もなく、永遠という言葉が具体的に表示された数列を見て、僕はちょうど九日前の先輩のセリフを思い出した。


『一二不可思議八六四二那由他二三五九阿僧祇三八三一恒河沙八四五一極四二二〇載一四九一正一八六五澗六一二一溝二八〇六穣五六四八なんとか八一九一垓二二二三京五五六一兆三五二九億四〇〇四万九三二六日後に、こいつは爆発する。ラッキーもアンラッキーも、どんな七(運)も作用しねえよ』


「格好つけたつもりでしょうし、現にけっこうキマっていましたけど……迎えてんじゃないですか、七(運)……」

 僕は馬鹿だ。カウントダウン式なんだから、特定の数字が出ないことがあるわけないじゃないか。初めてこれの説明をされたとき、圧倒されるばかりの僕を見て先輩は内心できっとほくそ笑んでいたに違いない。くそう。まんまと先輩の術中に嵌められたというわけか。僕は赤髪の先輩の、人外めいた妖しい喋り方を思い出す。あの人の持つ過剰な演出力は恐らく天性のものだろう。でなければ僕が天性の阿呆ということになってしまう。

 一言でいい。一言でいいから文句が言いたい。言ったところで、再び馬鹿にされるのが目に見えているけれど、それでも言いたい。

「キメ台詞なのに実は理屈が通っていなかったことが、今日論理的に証明されたわけですが! そこんとこどう考えてるんですか、稲井川先輩!」と。

 しかし、残念ながらそのインタビューは行えそうにないのだ。稲井川先輩は例の事件が解決した――『解決』という表現は正確ではないのだけれど――次の日以来、僕のもとに姿を見せていない。部室に顔も出さなければ、帰路にひょっこり現れることも、自宅に不法侵入していることもない。先輩のクラスを知っているわけではないから、探しに行くことすらできなかった。……もっとも、ここ一週間の僕の状況からすると、先輩のクラスを知っていたところで会いに行く暇なんぞ一秒たりとも無かったのだが。

 ハァ、と溜息をついて学校に出かける。肩が重い。頭も痛い。空は今にも降り出しそうな灰色で、僕の気分をこれでもかと滅入らせている。

「大丈夫。昼休みまでの辛抱だ」

 自分の体にそう声をかける。このときも僕は『最近スタートしたいつも通り』を今日も繰り返すのだと、頭のどこかで決めつけていた。

 世界を滅ぼす時限爆弾が初めて示したラッキーセブンは、僕に何かを伝えようとしたのかもしれないのに。


       *


 僕の日常を完膚無きまでに叩き壊した二人のうち一人、稲井川非先輩について語れることは少ない。漫画みたいな赤髪で自称『世界の所有者』な先輩。ちなみに酒好き。

 それ以外の部分は謎に満ちている。いや、出会って間もない人間を「謎に満ちている」というのは当たり前なのだが、この人の場合はヒト科の動物かも怪しい。

 それよりも、日常バスターのもう一人、日羽鳥笹那について語った方が有意義だろう。なにせ彼女は霊感少女である。幽霊が見える日常を歩む、僕からすると全く理解できない領域に立つ後輩だった。「だった」というのは、ここ一週間で僕と彼女の距離が変化したからである。といっても友達同士というには少し違う。恋人同士なんてもっての外だ。じゃあ何て表現するのかと言えば、「先輩後輩関係」という言葉が一番なのだけれど……これもしっくりしない。大体、立場的にはどちらかというと僕よりも彼女の方が上なのだ。だけが少なくとも、ある程度近づけたことだけは確かだろう。少しばかり奇妙なこの関係は、一週間前に例の事件が片付いてからも続いていた。……というか、続けざるを得なかった。

「また憑いてますねえ先輩。まったく、飽きもせず次から次へと……。先輩は捨てられた猫を見ると拾わずにはいられない偽善者ですか」

「僕だって好きで憑かれてるわけじゃねえよ……。今度は何だ。狐か。狸か。貞子か。ジェイソンか」

「ジェイソン、と言いたいところですが、残念。ただの元・一般人です」

 昼休み。僕と日羽鳥はこんがり焼けたもやしを食べながら、いつも通り幽霊話をしていた。外は雨が降っていて、窓からの景色はひどく退屈なものだった。

 僕の人間関係が二人分増えたように、僕の内面も大きく分けて二つの変化があった。そのうち一つが霊媒体質である。なんでも、日羽鳥に言わせると「一度霊さんに影響を受けた人間は霊さんとの相性が良くなってしまうのです。これはどんな場合も当てはまります。テンプレです」ということらしい。

 よって僕も例外ではなく、この一週間ずっと幻覚や幻聴に悩まされるという薬物中毒者のような生活を送っていたのだ。これで幽霊が見られるようになればまだマシだったが、僕の場合、幽霊の被害を受けるだけの体質らしく……はっきり言って、いいとこ一つもない。

「日羽鳥。早いとこ、いつもの頼む。こいつのせいで午前中ずっとネガティブなんだよ……」

 霊の被害(日羽鳥が言うには『霊障』)に共通するのが、気分のブルー化である。おかげでさっきから死にたくて死にたくて仕方ないのだ。

「窓を見るたびに飛び降りたくなるし、手首を見ると血がだらだら流れる幻覚を見るし……もしここの屋上が開放されてたら、今頃僕の心と体はセパレートしているよ」

「そういえばセパレート携帯もすっかり見なくなりましたね」

「ああ、今じゃセパレートしてようがなかろうが、全部まとめて『ガラケー』だもんな。……って、話を変えるな話を。お前に『説得』してもらわないと僕は生命の危機に瀕するんだよ」

「まあ、いつも通り先輩に昼食を奢ってもらったことですし、霊さんとお喋りすることに不満は感じませんが……」

 日羽鳥はなかなか言葉を続けようとしなかった。こっちは焦らされているようで、だんだんとフラストレーションが溜まっていく。早く、早くしてくれ。もう我慢の限界なんだ。特に今日のやつは飛びきり害悪で、現状からほんの少しでも悪化した瞬間にでも舌を噛み切って死んでしまいそうなんだ。頼む……僕の分の定食も分けてやるから……。だから……。

「日羽ど……」

「いいんですか先輩? 先輩の頭の上に、六歳くらいのメチャンコ可愛いツインテ幼女ちゃんが乗っかっているんですけど……」

「今の話は無かったことにしよう!!」

 いやー、今日はなんて素晴らしい一日なんだろう! 五月病五月病と騒いでいる世間の気がしれないよ! 太陽は今日も変わらず僕らに幸せの光を恵んでくれているというのに! 耳をすませば小鳥たちの歌声と子供たちの明るい笑い声! あふれる光の中に咲くのは鮮やかなパンジーと子供たちの笑顔!

「あのう、先輩? 先輩?」

 子どもの日はとっくに過ぎてしまったが、そんなことは関係ない。五月五日を除いた三六四日間も僕は変わらず彼女たちを愛でる。愛でる。それはもう頭から爪先まで隅から隅まで愛でまくってやろうではないか。そう、僕にとって幼い子どもたちを愛でるという行為は日課であり義務。義務であり宿命。毎日が日々新しい『子どもの日』なのだ!

「せんぱいー。せんぱーい。せんーぱい。……『せんーぱい』という呼び方は新しいですね。なかなかのオリジナリティだと思いませんか? ……」

 たとえば! 一月一日は『いっしょに初詣に行こうね☆ 子どもの日』。二月三日は『お豆を食べれるようになりました☆ 子どもの日』。三月三日は言うまでもなく『今日は女の子の日だね☆ 子どもの日』。四月一日は『可愛い嘘なら許されちゃう☆ 子どもの日』。五月五日は『THE・子どもの日』。六月一日は『かたつむりさんカワイイね☆ 子どもの日』。七月七日は『お星さま、お願い☆ 子どもの日』。八月十五日は『おじいちゃんたち大変だったんだね(泣) 子どもの日』。

「今、明らかにネタにしていい領域を超えましたね。先輩」

 九月第三月曜日は『おじいちゃんおばあちゃん大好き☆ 子どもの日』。十月十三日は『さつまいもでお腹がいっぱい☆ 子どもの日』。十一月一五日は『七五三の衣装、お姫さまみたい☆ 子どもの日』。十二月二四日は『今年こそサンタさんに会うんだ☆ 子どもの日』。常に成長し続ける彼女らを、僕は責務として毎日見守らねばならない。そんな僕が毎日を子どもの日として名付けることが、果たして間違っているだろうか? いや、これがあるべき暦の姿なのだ。

「よし、今すぐカレンダー会社に電話しよう。一月一日から十二月三十一日までを祝日の赤に塗り替えてもらうようお願いするんだ」

「先輩」

「なあに心配はいらないさ。カレンダー会社の人間も、僕が可憐な幼女の魅力をお腹一杯になるまで訴えればきっと分かってくれるよ。相手が微生物でも僕は幼女のプロデュースに失敗する可能性はゼロだ」

「その自信はどこから来るんで・す・か!」

「ッッ!?」

 喉を刺された。割り箸で。

 言うまでもなく人体の急所である。呼吸がっ……呼吸ができない……!

 日羽鳥はまだアイスピック――ではなく割り箸の先を僕の喉仏に向かって構えている。僕がその時感じたものは、いわゆる殺気というやつか。

 こんな死に方嫌すぎる。

 そのまましばらくカパカパ口を動かして、僕はやっと我に帰った。時計の針はいつの間にか四分の一周していて、もうすぐ五時限目の訪れを告げようとしていた。

「先輩。私は今日ほど先輩を呼び続けた日はありません。呼んでいる間に新しい先輩の呼び方が大量に生まれるほど呼びました」

 日羽鳥の目は怒りも呆れも通り越して、ある意味尊敬や羨望ともとれるような眼差しを向けていた。

「最初はウッカリ『せんーぱい』と呼んでしまったことがきっかけでした。そこから少しずつ少しずつ変化させていったのです。『チェリーパイ』とか『ウーロンハイ』だとか。後半になると『フォッサマグナ』や『死に至る病』。そして最終的には……」

「いや、僕の呼び方についての説明は求めてないんだけど」

「『先輩』に戻りました」

「悠久の時を経て原点回帰!?」

 壮大なSFのようだった。いったいどう変化させたら地学用語や哲学の名著を経由するのだろうか。……っと、今はもう考えている時間はない。

「日羽鳥。結論から言うぞ」

 トリップ状態から覚めきらない頭を、パチンと両手で叩いて言う。

「僕はこの子に殺されるのなら本望だ」



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