1-2
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もちろん本気になどしちゃいない。いち高校生がスマホを爆弾に改造するなんて、あまりに現実味が無さすぎる。気のきく幼馴染やツンデレの委員長、大企業の令嬢のほうがまだリアリティのある存在だろう。百歩譲って爆弾だったとしても、それを持っていることが公になったらどうなるだろうか。家のチャイムが鳴ると、そこには百八台警察署の刑事さん×二。二階にある僕の部屋に向かって「武道ー! どういうことなのー? 武道、降りておいでー!」と母が呼ぶ。その日のうちに保護という名の監禁。裁判所。少年院。ニュース番組に取り上げられ、少年犯罪の専門家がどうのこうのと言っている。出所してから浴びる世間の冷たい目。就職難。絶望的な将来……。
「いや、そういうことは無いんだっけ。……先輩いわく」
ちなみに今は翌日。それも授業中である。古文の教師が光源氏と紫の上の関係について説明している。若くて体格のいい教師は、十一歳の紫の上に恋をした光源氏がロリコンだとか言って教室を笑いに包んでいる。幼女を愛する身としてはここで様々な妄想を浮かべるのがマナーなのだろうが、今はそんな気分ではなかった。そもそも当時は十歳を過ぎれば大人とみなされていたし、光源氏が紫の上に魅かれたのも亡き藤壺の面影を感じたからであり、厳密に言うと彼はロリコンではない。
で、俺がお巡りさんに睨まれる心配をしなくてよいのは何故か。その説明をするには昨日の続きを思い出す必要があるだろう。
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「もう一度訊きますが……これは何ですか?」
そう言ったとき、これって「はい、それはペンです」って返されそうな質問だなあ、と俺は思った。
「爆弾」
「……」
それは何かの比喩であろうか。それとも冗談、アメリカンジョークの類いだろうか。
『HEYボブ! お前の爆弾処理はいつ見てもグレイトだな。何かコツでもあるのかい?』
『OHジャック! 俺に言わせりゃお前の方がよっぽどクレイジーだぜ! 何たってお前は、しょっちゅう誤作動する迷惑な爆弾を誰よりもうまく扱えるじゃないか』
『? そんなインポッシブルな作業なんてやったことないけど?』
『ウチのボスのことさ』
……面白くない。どうやら俺にジョークの才能はないらしい。彼女はそんな俺を見て低い声で言った。
「こいつは正真正銘、武器弾薬って意味の爆弾さ。野球選手が持ってるやつでもなけりゃあ、怒りに震えたママの頭で起爆するやつでもない。ドラえもんのポケットから出てきたり、雛祭りのときに人をハゲ頭にしたりする類いの爆弾さ」
「いや、ドラえもんがポケットから出すのって爆弾は爆弾でも『こけおどし爆弾』でしたよね」
だとしたら実に平和的な爆弾である。
「仮にこの物体が爆弾だったとしても、どうして俺に渡すんです? 警察に見つかったら人生台無し、お天道様の下を堂々と歩けなくなるじゃないですか」
もし見つかった場合を考えてみる。家のチャイムが鳴るとそこには百八台警察署の刑事×二が(以下略)。
「まあ安心しろ。お前さんが心配しているようなことは何もねえよ。そいつは米国情報組織の爆発物処理班やテロ組織の天才的爆弾魔が見たところで、誰一人爆弾なんて思いやしねーよ」
「米国情報組織の爆発物処理班やテロ組織の天才的爆弾魔が見たところで誰一人分からないものって、それは果たして爆弾と呼べるんでしょうか……?」
「ちなみに防水や耐ショック性も問題ない。マグマに放り込んでも無傷だぜぃ」
「誰もそんなこと聞いてません」
それから彼女は携帯会社のセールスマンのごとくスマホ爆弾の解説を始めた。主に……というか全て耐久性の話だった。
「象がヒップドロップしても壊れない!」
「はいはい凄い凄い」
こんな感じである。自分でも何故この人の話に付き合っているのか分からなくなってきていた。いつの間にか空は陰りだしていて、夕暮れはオレンジ色から濃い紫色へと変わっていた。もうそろそろ家に帰った方がいいだろう。というか帰りたい。
「もう遅いな。アタシはそろそろ退散するぜ」
彼女はくるりと背を向けて、右手を挙げて歩き出した。
「あ、ちょっと!」
「ん?」
ピタッと立ち止まる。百二十円の文句や例のスマホのことなど、言いたいことは山ほどあったが、これだけは訊いておきたかったのだ。
「あなた、誰ですか!」
彼女は顔をあちらに向けたまま、ヒヒッと小さく笑ってから答えた。
「稲の井戸に川。それに『非の打ちどころもない』の『非』。アタシは稲井川非という」
そのとき、強い風が住宅街を駆け抜けた。春一番になりそこねた突風だったのかもしれない。俺は思わず目を閉じた。一、二秒くらいしてから薄く瞼を開けると
細い視界には闇に染まっていく空と家々から漏れる光に照らされた道路しか、映っていなかった。
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長くなったが、どうやらそういうことらしい。あの人の話をどこまで信用すればいいのか分からないが、お天道様の下を堂々と歩ける権利はまだ失っちゃいないということだ。
それより衝撃的なのは、彼女こそが我が文芸部の幽霊部長・稲井川先輩だという事実である。まさしく奇人・変人・傍若無人といった表現が相応しい人だ。先輩は俺が文芸部員と知って声をかけたのか、それとも俺が名乗ったときに気が付いたのか、あるいは最後まで気が付いていなかったのか。……確実に言えるのは、昨日の損失をカバーするために今日の昼飯はランクを下げなければならないということだ。
ちなみに例のスマホ爆弾は鞄の中に忍ばせてある。家に帰ってから慣れない手つきで調べてみたが、本当にカメラとムービー、そして録音しか使えないようだ。待ち受け画面がただの数字の羅列という意味不明なものだったので、せめてデフォルトの画像にでも変えたかったのだが上手くいかなかった。
心ここにあらず――この表現は第三者が使うべきなのかもしれないが――といった様子で授業を受けている間に午前中の授業がすべて終了した。大して頭を働かせていなくても腹というやつは一丁前に空くので、俺は胃袋のシュプレヒコールが鳴らないうちに学食へと急いだ。
二‐Aは北校舎の二階の一番端に位置しており、対して学食は南校舎の端よりも奥に位置する特別棟のなかにある。校舎と校舎の間にあるのは無機質な中庭だ。つまり教室と学食の間には、一階までの階段+中庭の対角線+αの距離があるのだ。ゆえに四時間目終了と同時に教室を出発しなければ悲惨な目にあう。悲惨な目とは一体どういうことか。それは、やっとこさ食糧を確保できたのに座る席がない――いや、席自体は空いているが、素行の悪そうなグループの隣りとかカップルとの相席とかそんなのしかない――といった事態だ。前者はともかく後者だけは勘弁してもらいたい。
しかし全力ダッシュして廊下を駆け抜けたりはしない。……だって廊下ダッシュなんかしたら変に目立つし、なにより危ないのだ。
早歩きした結果、学食の列のだいぶ後ろの方に並ぶこととなった。まあ落ち込むようなことじゃない。いつものことだ。
――マジダセー!
――今度ノ試験サー
――今日アレノ発売日ジャン
――センパイ
この喧騒の中で待ち時間を過ごし、席について、ゆっくりと食べ終わった頃には昼休み終了が迫ってきている。それが俺の日常である。……友達はいない、わけじゃない。別に孤独を愛してるわけでもない。では何故一人で食べるのか。それはただ単に、友達と食べるのが苦手だからである。
――ソレ傑作ゥ!
――コノアイダ俺サ、
――バッカジャネーノー?
――センパイ
ただ『友達』といっても様々な形がある。俺にとって『友達』とは、休み時間にいっしょに話したりはするが休日には遊んだりしない、または共通の話題に関しては喋っても自分の内面については話さない、といった距離感をもつ相手だ。昼飯に誘いたいとも思わないし、そもそも誘うっていったってクラスの誰を誘えばいいか分からない。残念ながらA組は弁当持参の家庭がほとんどなのだ。
――センパイ
一人で食べるからといって、卑屈になる必要はまったく無いと俺は考えている。ヨーロッパ貴族にとって食事中にペチャクチャお喋りするのはマナー違反らしい。まったくその通りだ。日本じゃ逆に、集団で食卓を囲むときにお喋りするのは当然であるといった風潮が広まっている。さすがに俺も貴族のようにしろとまでは言わないが、それにしたって喋りすぎだろ皆。あれを見てると『みんなで食べる=会話に参加しないといけない』という式が成り立っているようで、なんだか落ち着かないのだ。みんなで食べているうちに『喋る順番』みたいなのが集団無意識のなかで出来あがっていき、なかば強制的な大喜利をしているような感覚。どうも俺はあの雰囲気が苦手だ。確かにお喋りは楽しいのだが、それ以上の負荷がのしかかるのである。
「先輩!」
……さっきからこの声が聞こえるなぁとは思っていたが、いったい誰だろう。
声の主が少し気になってうしろを向くと――頭一つ分背の低い女子生徒が俺の目をギロリと睨みつけていた。凝視である。ガン見である。確実に恨み憎しみがこもった眼差しである。
校章の色は赤。一年生だ。髪型はショートカットで、見た目にこれといった特徴は無い。顔つきは可愛らしくて、まあクラス単位ではモテる部類に入るくらいだろう。パッと見た感じいかにも地方の女子高生といった感じで好感がもてる。ただ唯一問題があるとすれば、俺には後輩と呼べる後輩がいないことだ。つまり率直に言うと
「誰だ」
中学では帰宅部だったので、同じ学校出身の後輩とは縁がない。文芸部にも後輩はいないはずだが、もしかすると新規入部希望者だろうか? ……いや、その線はないな。ろくに活動せず部室に引きこもっている部活の部員をどうして知っていようか。
しかし、その後輩は俺の予想に反した答えを言ってきた。
「先輩は霊さんにとり憑かれています。かなり危険な状態です。一刻も早く取り除く必要があります」
*
「先輩は霊さんにとり憑かれています」
今日の日替わり定食は俺が好きな生姜焼き定食だったが、稲井川先輩との遭遇のせいで俺は泣く泣く一番安い焼きもやし定食を注文した。プレートの上にキャベツともやしだけがデデンと鎮座している。タンパク質がヒマラヤ山脈で遭難したかのようだ。
「かなり危険な状態です」
あまり期待せずに一口食べてみる。……。…………。……! …………! これは…………! 旨い! しょせん貧乏定食だと侮っていたが、こいつは俺が今まで食べた定食の中で最もご飯との相性がいい! おい、そこでハンバーグ定食食ってるやつ! もやしの方がずっとご飯に合うぞ! やあ、そこでカレー食べてるお嬢さん! カレーのお供に焼きもやし定食はいかがですか? ――思わずそう言いたくなるほど美味しい。
「一刻も早く取り除く必要があります」
……だが、こいつの存在を世に知らしめてはならない。人気メニューの幻影に騙される愚民が焼きもやし定食の味を知ったら……俺はこの先に度とこいつを食すことができなくなるだろう。
ハッ! よく見るとわずかだが焼きもやし定食を食べている人間もいる! みな一人黙々と箸を動かしているが、その目は明らかに周りの生徒を見下している! その口は勝ち誇った笑みを浮かべている! 自分こそが選ばれし者なのだという選民思想特有の優越感を満喫している!
「…………」
とうとう黙った。さすがに可哀想になってきたな。ちょっと後輩相手にイジワルをしてしまったか。そろそろ何らかの反応を示さなければならない気がするが、とりあえず相手の出方を待ってからでも遅くはないだろう。
「……先輩は霊さんにとり憑かれ」
「繰り返すのかよっ!」
俺は当初の予定に反して一人ではないランチタイムを過ごしていた。二年に進級してから初めての体験だ。彼女は注文したきつねうどんに見向きもせず、冷たい目で俺を睨んでいる。俺は箸を動かす手を止め、お茶を一口すすってから言った。
「お前は人の疑問を堂々と無視する気か。最初に言った通り、俺はお前が誰なのかまったく知らん」
「奇遇ですね。私にとっても先輩は真っ赤な他人です」
……『赤』をより強調しただけなのに、なんだかアニソンのように聞こえる。
「…………真っ赤な、たにーんー」
言った本人も気づいたらしく、小声でボソっと言ってくれた。あの曲を普通の女子が知っているとは珍しい。彼女は恥ずかしくなったのか、少し頬を染めて咳払いをした。
「先輩。先輩の名前を訊きましょう」
「人に名を尋ねるときには、自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」
――決まった。いや、全然ドラマチックな展開じゃないけれども、とにかく言ったもん勝ちである。昨日の後悔を翌日にはらすことができて非常にすっきりした気分だ。
「………………寒っ」
「え」
「中二病」
「ええっ!」
「邪気眼」
「えええっ!」
「引くわー。そういう人マジで引きますわー」
「えええ……」
「やはり先輩に話かけたのは間違いだったようですね。では」
「いやいやちょっと待ってタンマ!」
あとになって落ち着いて考えてみると、この台詞は格好よさと痛々しさが一:九の割合で構成されているのだと俺は気づいた。後悔と教訓がまた一つ増えた瞬間であった。
「……武藤武道だ。よろしく」
ひきとめることには成功したが、結局俺の方から自己紹介をすることになった。何だか負けた気分だ。
「お日さまの日に羽鳥と書いて日羽鳥です。よろしく」
それにしても一体何に対する「よろしく」なのだろうか。彼女……日羽鳥はゴーストバスターか何かなのか?
「では武藤先輩。単刀直入に言いますと、あなたは霊さんにとり憑かれています」
「その『霊さん』ってのは個人名か? 綾波レイなら俺は大歓迎なんだが」
「そんなわけないでしょう。馬鹿ですか先輩は」
バッサリ言われた。ほんの冗談だったのに。
「……まあ、憑かれているといっても今ここに霊さんが存在するわけではありません。あ、いや、一応ここにも霊さんはいますが、それらは先輩とは無関係な方たちですので心配には及びません」
あまりに胡散臭い話だがヒマつぶしとしては最適だな。〇信十疑で聞くことにしよう。
「先輩には霊障が見うけられます。それも特に凶悪なものです。ですから私は……」
「待て。その『レイショウ』ってのは何だ?」
「霊障とは霊的障害のことです。つまり霊さんに悪い影響を受けている状態のことですね。見方を変えると『霊さんに負わされた傷口』とも言えます」
「『傷口』?」
なんとなく面白そうな話になってきた。ひょっとすると中二病なのは俺ではなくこいつの方なんじゃないか?
「はい。まあ多少の霊障ならけっこう多くの人が持っているものです。しかし先輩のものは次元が違います。……質問ですが、今までこのような体験をされたことは?」
「いや、無いね。オカルトは元から信じちゃいないんだ」
「では血縁関係に心あたりは?」
「それも無いと思うけどな。親父は普通のサラリーマン、母親は料理苦手な専業主婦。何より、その手の話は信じない性質だよ」
「ふむ……」
日羽鳥は怪訝な顔で考え込んだ。しかし俺は正直、幽霊の話よりもそのうどんの方がよっぽど気になる。どんだけ伸びてんだよ。
「ところで日羽鳥。俺に、その……霊障があるってのはいつ分かったんだ?」
「へ? ああ。ついさっきですよ」
「というと、学食で並んでるときか」
「いえ、先輩が早歩きで中庭を横切っているのが二階から見えたので」
「へー、そうなの。――って二階から? まさか追いかけてきたの?」
「ええ」
……ということは学食で食べる予定じゃなかったのか。なんだか悪いことをしてしまった気分になる。それにしても、淡々と話す割には意外と行動力のあるやつだな。
「しかし先輩の早歩きは尋常じゃないスピードですね。おかげで私も久しぶりに全力で走りましたよ」
「そんなに頑張ってくれたのか……」
「先輩。一つアドバイスしておくと、学食へは走っていったほうがいいですよ。先輩の早歩き姿はもはや我がクラスのお昼の定番ネタと化しています」
「ええええっ!」
なんだそれは! 初耳だぞ!
「私のクラスは南校舎ですからね。二年生まで噂が届いていないのも無理はありません。……でも、いくら急ぐからってあんなに一生懸命競歩の歩き方をするのはどうかと思いますよ。背筋を伸ばすのは確かに健康的ですが、だからといって大げさ過ぎます。どっかの独裁者ですか。それに速度も走るのに比べたら遅いですからね。同じように恥じをかくなら、走りの方が時間が短い分ダメージも少ないんじゃないでしょうか。……あ、でも私のアドバイスを実行すると、クラスの女の子たちのお昼の娯楽が一つ減ってしまいますね。すみません先輩。今の話は聞かなかったことにして、明日もまた学食へ来てください」
「うわああああああ!」
恥ずかしい! 恥ずかしすぎるだろ俺! 恥じらいのために実行し、ずっと極めてきた俺の早歩きが、まさかいっそう恥ずかしい事態を招くなんて! こんなの理不尽だ! くそっ、明日からはお昼を抜くしかないのか!
「まあまあ。人間誰しも黒歴史のページを日々更新しながら生きていくのです。お茶でも飲んで落ち着いてください」
ズズ~、とお茶をすする。緑茶の風味が鼻から通って、荒くなった俺の息がだんだんと静まっていった。
「――それで、何の話だったっけ」
「霊さんについてです」
日羽鳥もお茶をすすり、息を整えてから淡々と話を続けた。
「霊的体験もない。血縁にも特に心当たりはない。……では、近頃知り合いがお亡くなりになったとかは?」
「そんなのがいたら真っ先にお前に言ってるよ。大体高校で死人が出ることなんてそうそうあることじゃないだろ」
「そうでもありませんよ。ほら、校門出てからずっと左に行った交差点。あそこはよく事故が起こる場所で、ゴールデンウィークにもうちの学校の生徒が轢かれちゃったでしょう」
「ん? そんな事件あったっけ?」
「ありました。昔から見通しが悪くって事故が絶えないんですよ。撥ねられた勢いで電柱に突き刺さった霊さんとか、道路の真ん中で車を避け続ける霊さんとか、色々います」
「そりゃ随分とシュールな光景だなあ……」
「それが私の日常ですから」
現実味のない話ばかりしていると、こちらまで感覚が麻痺してきそうになる。ここらで日羽鳥の能力の信憑性を確かめるべきだろう。
「なあ日羽鳥。俺はまだお前の話を信じたわけじゃないんだけど……」
「ええっ!」
日羽鳥は今までの冷静な調子をガラッと崩して驚いた。どうやら彼女は俺が納得しているものと見なして話を進めていたらしい。
「そ、そうですか……。信じてもらえないと……」
日羽鳥はうつむいて頭をかかえた。今の俺の言葉が地味にショックだったらしい。
「でも、残念ながら私は叙霊とかお祓いといった超能力じみた真似はできないんです。見えたり感じたりできるだけなんです」
「え? じゃあ最初に言った『取り除く必要がある』ってのは?」
「取り除く必要があるのは確かです。しかし私は無理です、できません」
「おい」
「私にできるのは、この近くに住んでいる有能な霊能力者さんをネットで探して先輩に教えてあげることくらいです」
なんてこった。この後輩はゴーストスイーパーでもなければ霊界探偵でもなかった(そう紹介されたら余計に疑わしかったが)。証拠もなしに、霊が見えるとのたまっている少女でしかなかった。
「日羽鳥、その霊能力者は無料で解決してくれるのか?」
「……いえ、向こうも仕事なのでお金はとると思いますが」
「ならパスだ」
「ええっ!」
冗談じゃない。大事な財産をこれ以上無駄にしてたまるものか。
「先輩は今アレなんですよ! 危険なんですよ! 死んじゃうかもしれないんですよ!」
「ごちそうさま。……お前も早く食えよ、うどん」
すでに手遅れだと思うけど。
焼きもやしの味を思い出しながらトレイをカウンターまで持っていく。一度この味を知ってしまったら、もう次からは他のメニューを頼めなくなるだろう。それが妙に寂しく感じる。――そう考えながら食器を片づけている時だった。
「先輩はっ、先輩は、死ぬより酷い目に遭うかもしれないんですよ!」
大声。
それは学食中に反響する大声だった。
カップルも、素行の悪そうなグループも、一人で食べてるやつも、カウンターにいるおばちゃんも、みんないっせいに動きを止めて、声の主――日羽鳥を見ていた。
俺の背中に直撃した声と日羽鳥の目線の先を察知してか、群衆の視線が一気に俺に突き刺さるのを感じた。
俺は振り向くのが怖くなって、そのままスタスタと学食を出た。何事もなかったかもように再開したざわめきが聞こえて、その数分後に昼休み終了のチャイムが鳴った。