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涙爆弾  作者: 藤本乗降
第3章 はっきりしない自己相談
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六月六日


【六月六日 水曜日 どうあがいても失望、の巻】


 やばいです。超絶やばいです。どみにちは、どころじゃないです。

 お兄ちゃんが――お兄ちゃんがとうとう、あの影女に籠絡されちゃったっぽいんですよ!

 うわああああああん!

 前回の日記から実に一週間と三日が過ぎましたが、あの女が消える気配はまるでありません!

 私だって何もしなかったわけじゃありませんよ? モップで突撃もしましたし、素手で正拳突きもしましたし、空手チョップを脳天にぶち込もうとしたときもありました。

 にもかかわらず、影女はそれを軽々とかわし……というか透明人間のようにすり抜けてしまうのです。結局、前のように一時撤退させることすらできないまま、私はずっと辛酸を舐めつづけています。

 お兄ちゃんも影女に夢中で、私の努力なんか見向きもしません。目の前で戦う妹を見て見ぬふりして女と駄弁るなんて、幻滅です! 見損ないましたよお兄ちゃん!

 これはもう、私一人の力でお兄ちゃんとマホちゃんを救うしかなそさうです。い、いや大丈夫よ私。なんてったってパーフェクトガール。もう何度言ったか覚えてないけど、私は今日もこの自信を胸に前を向くのです。

 しかし『私一人の力』とは言っても、それで失敗が続いているのも事実です。認めたくないけど、それが現実です。これはもう、武器や防具や呪文がどうこうというより、もっと新しい方法を模索するべきかもしれません。

 そんなわけで、六月六日午前十一時三十分、教室から漏れる教師の声を尻目に無人の廊下を歩き、私は百八台高校文芸部部室へと到着しました。

 放課後まで待ち構えて、安藤さんに相談するためです。

 それなら放課後になってから来ればいいじゃないかという話ですが、私のこのいてもたってもいられないモヤモヤ感は家に閉じこもってることを良しとしなかったのです。

 お兄ちゃんとも親交の深い安藤さんなら、何かよいアイデアを提案してくれるかもしれません。いや、もしかするとお兄ちゃんの様子が変なことに気が付いていて、既に対抗策を準備しているかもしれません!

 あ、でも安藤さんは私のことを覚えてくれていますかね? 会ったとは言っても一度きりだし、あれから二十日ほど経っていますし……あ、でも二十日程度なら覚えていても不自然じゃないかも。むしろこのパフェガを二十日くらいで忘れる方が無理という話では?

 私は既にあった自信に更なる自信を上乗せして、そのテンションのまま文芸部の入り口をガラガラバーン! と開けました。

 そこで私は、私のパーフェクトな予想が見事外れてしまったことを知ったのです。

「よう、久しぶりだな完璧少女ちゃん」

 そこにいたのは神様――もとい『先輩』でした。

 先輩は部室中央の折り畳み机に直接腰を下ろし、見るからに年季のありそうな冊子を手にしていました。その表紙には『200×年度 なみだ』という文字と、手書きで描かれた睡蓮のイラストが載っていました。察するに、過去の部誌なのでしょう。

「どうしたんだよ、真剣な眼差しをしちゃってさあ」

「ああ、これは、その……」

 計算違いのくせに万能の相談相手。

 偶然にしては出来過ぎた、ご都合主義もかくやという展開。

 こんな状況の私の前に、形勢逆転の切りジョーカーが渡った瞬間でした。

「安藤の奴なら休みだぜ」

「ありゃ、そうなんですか……って何で先輩がここにいるんですか!?」

「なんでってそりゃ、部員だからに決まってんだろ」

 そう言われて私は思い出します。以前会ったときに先輩が、口うるさい後輩がどーのこーの言っていたことを。

「じゃあ、あの時話してた後輩って……」

「ああ。安藤と武藤――つまりお前さんの兄貴のことだ」

「えええええ!」

 ま、まさか私の知らないところでお兄ちゃんと先輩が知り合いだったなんて!

 びっくりです!

 仰天ニュースです!

「それよりもお前さん、何か相談したいことでもあるんじゃないのかい? 安藤の代わりってことでアタシが面倒見てやるよ」

「う……本当に見透かしてるように言いますね」

「だって顔に書いてあんだもん」

 そう言って先輩はニシシシと歯を見せました。

 私の潜在意識はすでに、このジョーカーに頼る他に方法はないと結論を出していたので、溜息混じりに私は影女とお兄ちゃんのことを話しました。

 すると先輩は軽い口調で「なあんだ、そんなこと」

「そ、そんなことって……私これでも真面目に相談してるんですよ!」

 世界で二番目に大切なお兄ちゃんがあんなことになってるってのに、それを『そんなこと』だって!? これはもう、私のプライドを傷つけてると受け取るしかありません! 私の、パーフェクトガールのダイヤモンドのプライドを傷つけるなんて、いくらなんでも酷すぎます!

「ああ、別に悪気があったわけじゃあねえよ。ただちょっと、解決方法が簡単すぎるってだけさ」

「簡単って……」

 そりゃまあ、先輩にかかれば大抵の困難は朝飯前でしょうよ。

「まあな」

 そしてまた、見透かしたような目線を上から送ってくる。

 だんだんと不愉快さが増していくのをお腹の中で感じます。

「方法自体は簡単さ。今から言う言葉を紙に書いて、朝、兄貴の布団にそっと置いとくだけでいい」

「……それだけですか」

「ああ。あとは放っとけば、次の週末ぐらいにはいなくなってるはずさ」

「にわかには信じられませんね」

 あの影女を文字で退治するなんて、ちょっと想像がつきません。真っ暗で電気もつかない中、どうやって文章を読ませろというのでしょう。――いや、違うか。

「なんで『朝』なんですか?」

 朝。それは幽霊とか妖怪変化の類が現れる時間ではないはず。

 日が暮れる前の夕方とかなら分かりますけど、どうして影女が去ったあとに置かないといけないのでしょう?

「単純に、その時間帯が一番やりやすいからさ。暗いと足元おぼつかなくて危ねえだろ?」

「それはそうですけど……」

「ま、細かいことは気にすんなって。言われた通りやってりゃ何もかも上手くいくからよ」

 私は訝しげな視線を維持したまま、一応の納得を首で示します。

「で、その呪文っていうのはどんな言葉なんですか。旧字体ですか、梵字ですか、アラビア語ですか、C言語ですか」

「そんなんで書かれたら読む方も読めねえだろ。ジャパニーズだよジャパニーズ」

 先輩はそうして『呪文』の内容を教えてくれましたが……

「は?」と、私は驚愕する羽目になりました。

 そんな呪文でどうにかなるとは思えない……影女どころか雑魚幽霊さえ効果を発揮するとは思えません!

 だ……だってそれ

「ただの待ち合わせじゃないですか!」

 そうして私は時間と場所だけを頭のメモ帳に筆記して、昼休み開始と同時に学校から去ったのでした。

 今でもやっぱり納得はできません。できませんが……。

 でも私は、今日あそこで先輩と出会えたという『運』を信じることにしました。

 一期一会。袖振り合うも他生の縁。

 パーフェクトガールマチちゃんの縁は、常人なんかよりずっと優れているに決まってます。

 なぜなら今日も私は絶好調ですから! おわり。



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