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涙爆弾  作者: 藤本乗降
第3章 はっきりしない自己相談
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五月二十七日


【五月二十七日 日曜日 お兄ちゃんどいてそいつ牙突れない、の巻】


 どうもみなさん、どみにちは! マチです!

 え? その挨拶は『頭痛が痛い』とか『美味しいうまい棒』とかと同じで変だって?

 んなことは分かってるのです。私を誰だと思ってるんですか?

 間違いを知っていて、あえてそれを犯す理由。そんなの可愛いからに決まっています。

 『どうもみなさん、どみにちは!』というお茶目なキャッチコピー。可愛いじゃありませんか。可愛さにもパーフェクトな私らしい言葉です。

 さて。

 ぶっちゃけ、お兄ちゃんの異変にも徐々に慣れてきました。一週間以上も経てば慣れますよ、そりゃあ。いまだにお兄ちゃんの電話相手については分かりませんし、先輩にもあれっきり会えずじまいですけど、そこは放っておいても問題になる感じじゃなさそうですから。

 それよりも目下、私とお兄ちゃんのもとに現れた別の問題を解決する必要があるのです。

 その問題とは、一言でいうと『影』です。

 『影』の――『女』。

 影って時点で怪しさマックスなのに加えて、しかも女ですよ女! 影だから年齢とかよく分かんないけど、私のパーフェクトアイが見たところ二十五歳と三か月といったところでしょう。我欲と性欲の強そうな性質たちの悪い臭いがプンプンしていました。

 そんな害虫が、毎晩夜遅くにお兄ちゃんの部屋に現れては、健全で純情な男子をたぶらかしているのです!

 許しがたい行為です。

 私に危害を加えることの次に許しがたい行為です。

 そんな影女が初めてお兄ちゃんの部屋に現れてから実に三日が経ちました。今日こそは、このマチがあの泥棒黒猫にぎゃふんと言わせてやりましょう!

 聞いて驚け見て驚け、天下無敵のパーフェクトガールが、武器モップを手に、妖怪風情を無双する様を!

 ……え? その前に何故、わざわざ夜中にお兄ちゃんの部屋にいたのかって?

 簡単な答えですよ。寝ているお兄ちゃんの内側に住むマホちゃんとお喋りを楽しむためです。最近は心臓だけじゃなく、頭とか肩とか、色んなところから声をかけてくれます。相変わらず姿は見えませんし、悪夢も止まないようですが、それでも少しづつ前進してるんじゃないかと思います。

 決して――ええ決して、無防備なお兄ちゃんにイタズラをしようとか、貞操を奪おうとか、そんな破廉恥なことは考えてませんからねっ! ホントですよ!

 マチは顔を火のように赤らめながらそう言いました。

 ……や、実際は無表情なんですが、こういう反応した方が見る側も楽しんでくれるかなーと思いまして。

 では気を取り直して。

 今は夜の十時五十九分。場所はお兄ちゃんの部屋のすぐ前。武器はモップ。防具は麻の葉模様のキュートな和服。心構えは十分前に済ませました。

 では早速突入! ……する前に、扉の隙間から中の様子もチェックしておきましょうか。

 電気は点いたままですが、勉強机の前には椅子しかありません。奥のベッドの方に目線をずらすと……いました、お兄ちゃんです。

 そういえば今日のお兄ちゃんはどこかに出かけていましたね。六時ごろ帰宅したと思えば、へっとへとのガラガラ声で「ただいま……」と亡者のように部屋に直行してました。それからずっと、ご飯もお風呂も無視してこのドアの向こうにいたのですが……ずっと寝てたみたいですね。いびきが聞こえます。当分起きそうにはありません。

 となると、今日は私と影女の一騎打ち。

 ……ゴクリ。

 ……だ、大丈夫よ私。相手は丸腰だし、なんてったって私はパーフェクトなんだからっ!

 そして、電気が消えました。

 ゆらり……と、暗闇の中から奴の輪郭が浮かび上がりました。

 今です!

「そうりゃああああ~!」

 けたたましい掛け声をあげて、私は勢いよくドアを開けました!

「お、御命頂戴いたしまするっ!」

 モップを槍のように構え、「たああああ!」と影女目がけて一直線に突きを――!

 …………。

 あれれ?

 いません。

 さっきまで部屋の真ん中からお兄ちゃんを見下ろしていた憎きシルエットが影も形もなく――いえ、影の形もなく消え去っていました。

 ええと、これは成功ってことでいいんでしょうか?

 う~ん、マチ的にはちょっと呆気なさすぎるような……。

 私は不満を顔に浮かべたまま顎に手を当てて、さっきまで影女が立っていた場所を注視してみました。

 うん、やっぱり手掛かりらしい手掛かりは残してない。そりゃそっか、影だもんね。

「ん?」

 何か……黒いものが視界の隅をよぎります。

 ゴキブリ? トカゲ?

 いえいえ、そんな小さいもんじゃありません。そんなサイズじゃあなくて、まるで影そのものが意思を持って這っているような……。

 はっ!

 き、きっとあれは影女です! あいにく見失ってしまいましたが、あれは絶対影女が逃亡した姿なんです!

 なんてしぶといヤツでしょう。私の一瞬の隙をついてまんまと逃げだすとは、敵ながらあっぱれと言う他ありません。

 私がモップを戻そうとドアの外へ出ようとしました。だけどすぐに、今夜はマホちゃんとお喋りをしていないことに気づき、お兄ちゃんが寝ているベッドへ近づきました。

「マ、マホちゃん? 起きてる?」

 私は小声でお兄ちゃんの心臓辺りに問いかけます。

 すると、しばらくしてから

「お……おねえちゃん?」

 と、か細い返事がありました。

「よかったぁ無事で……。マホちゃん、くれぐれもあの女に近づいちゃダメよ。あれはどう見ても悪者なんだから。私のパーフェクトシックスセンスがそう言ってるの」

「ぱーへくと……せっくす?」

「違うけど……まあいいや。とにかくお兄ちゃんの中で隠れてなさい」

「で、でも! わたしはキセチューで、悪いおばけをやっつけて――」

「声、震えてるよ」

「!」

 この子はやっぱり怖いんだ、おばけというものが。

 自分がおばけではないと信じる気持ちも、その恐怖に裏付けされているんだろう。

 私の軽はずみな励ましでこの子は正義のヒロインに目覚めちゃったみたいだけど、でも危険を冒してほしくないって思えてきて……これって、私が人の心を弄んでるのでしょうか?

 そう考えると不安になってきます。パーフェクトガール、人生初ともいえる恐慌です。

 けれど、お兄ちゃんの中から伝わってくる影女への恐れ、それが私にこの言葉を言わせました。

「マホちゃん、大丈夫だから。あのおばけは私がなんとかする。お兄ちゃんも、どうせあの人はお人よしだから協力してくれる。だから、マホちゃんはできるだけその中に隠れていて。今までよりも深く、おばけには絶対に見つからないところに。かくれんぼみたいにじっと息を潜めてるの」

「……………………う、うん」

 不安と寂しさの混じった声で、マホちゃんは答えました。「大丈夫、なんとかなったら、私が呼び起こしてあげるから」とスマイルで励ます私。

 そこへお兄ちゃんの「ん……んふうぁあ」というアホみたいに大きな欠伸が鳴りました。ゴソゴソと体が動いてます。マホちゃんは気配に気づいてサッと体の奥へ隠れたらしいです。マズイ、このままだとお兄ちゃんに姿を見られてしまいます!

 私は大慌てで部屋から脱出し、開けっ放しのドアから廊下に出て、ドンドンドンと階段をかけおりました。

 あ、危ない危ない今度こそお兄ちゃんと鉢合わせしちゃうところだったー! パーフェクトガールにこれ以上のミスは許されないってのに……まあ、そこをスレスレで回避するのが私のパーフェクトさの由縁だけどねー、ナッハッハッハッ!

 やっぱ今日も私は絶好調!

 ……ところで私、なんでお兄ちゃんからこんな勢いで逃げちゃったんでしょう? 自分でも不思議です。

 ま、どうでもいいか。おわり。



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