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涙爆弾  作者: 藤本乗降
第3章 はっきりしない自己相談
22/26

五月二十三日

【五月二十三日 水曜日 悪夢に最も近いのは人間だと思うぞ、の巻】


 どみはよう、どみにちは、どみばんは、マチです。

 挨拶もろくにしないうちに、早速今日もお兄ちゃんの調査をしていきたいと思います。

 ここんとこ妙な様子のお兄ちゃんですが、前回の日記以来その決定的原因をつかめないまま二日経ちました。

 あの「ヒワ」とかいう女がそれに関わっていることは知っているのです。しかし学校にいるお兄ちゃんを尾行しても中々それらしい女は現れませんでした。授業中、休み時間ともに一匹狼のまま。放課後も一人、文芸部室で本を読んでました。

 ただ一つ、お兄ちゃんの動向を確認できていないのは昼休みのみ。私は今日も目を凝らしてお兄ちゃんを見つめていたのですが……。

 キーンコーン、カーンコーン

 きりーつ。れー。ちゃくせー……

 バッ!

 ガタッ!

 ダダダダダビュューーンンン!

 そんな漫画みたいな効果音をあげてお兄ちゃんは教室を飛び出していきました。

 掃除棚にいた私、唖然。

 ……そんなわけで、お兄ちゃん昼レポ任務は明日に持ち越しとなったわけです。

 はあ……。

 昨日も今日も、お兄ちゃんはいったい何を急いでたんでしょう? 何か非常に切羽詰まっていることだけは伺えましたけど……ううむ、思春期男子にもイロイロあるんでしょうねえ。

 イロイロかあ……。

 …………。

 いけないいけない! 何を想像してるの私! 変態! 淫乱! でもパーフェクト! だから大好きスイートキュートアイドルマチちゃん!

 イロイロっていうのはあれですよ、フィリピンの地名ですよ。いやー私、一度フィリピンでバナナ食べながらスキューバダイビングとかやってみたいんですよねー。

 ――と、誰に対するわけでもない言い訳をしてみたところで、お兄ちゃんがお風呂から上がったみたいです。

 ホクホクと湯気を立てながらリビングに入るパジャマ姿のお兄ちゃん。「上がったよー」と言って、おぼつかない足取りでソファにごろんと寝転がります。

 テレビは誰に見られてるわけでもないのに、お笑い芸人という娯楽を提供してくれてます。明るいベージュの壁紙と、同じ色のカーテンと、本やら使わない調理器具やらでゴチャゴチャになった棚で囲まれたリビング。そんな空間の中にいるお兄ちゃんは、テレビの音も正銘の光も周りの雑多さも気にせず目を閉じて……そしてそのまま、寝息をたてはじめました……。

 私はお兄ちゃんの前に移動して、同じ目線になるようしゃがみます。

 軽く開かれた口からゆっくりと出し入れされる息。同時に上下する体。拭き残りの雫が鼻筋を伝いますが、本人は気づく素振りもみせません。

 これは間違いなく寝ています。

 熟睡――いや、寝始めですからレム睡眠でしょうが、それでも確かに、お兄ちゃんの意識はここにはありません。

 というか、これってもしかしてチャンスなんじゃないですか?

 レム睡眠ってことは、お兄ちゃんは現在夢を見ている最中なわけです。つまり、その夢の内容を寝言として発する機会もあるわけです。そこには嘘も誤魔化しもありません。意識の壁すら突破した無意識の本音がさらけ出されるのです!

 希望的観測でしかないって? フッ、私を誰だか知らない様子ですね。

 私はマチ! 運を兼ね備えた実力を持つパーフェクトガールなんですよ!

 そう心の内で宣言してから、私は耳に手を当ててお兄ちゃんの口元に近づけました。

 寝言って普通小声ですからね。聞き逃さないようにしないと……。

「――――ぁぃ」

 ん? 小さいけど何か聞こえました。

 もっと、耳責めされるくらいの距離まで近づいてみましょう。

「――――――――ぃ」

 あれれ? 気のせいでしょうか、声が小さくなりましたよ?

 おかしい……。あれですか、間合いを近づけすぎると逆に攻撃できなくなる的な理屈ですか? 格闘漫画でよくあるやつ。

 そう思って耳を離すと、本当に声がはっきり聞こえ始めました。さすが私!

 でも……ここでも違和感。

 なんか、この声お兄ちゃんのじゃないような……。

 少なくとも十代後半の男子高校生の声じゃない。むしろ正反対。年端もいかない子供のような……。

 それにそれにっ、聞こえてくる場所もちょっと妙なんです! 普通声って喉から出るものですよね? どう考えてもこの声、もっと胴体側から出てるっぽいんですよ!

 ってことはまさか――

 私の頭の中を恐ろしい想像が巡ります。

「腹の虫!?」

 しかも萌え声。

 …………いや、さすがにそれはない。私、別にボケキャラで売ろうとしてるわけじゃないんだから。

 もう一度考え直そう。そうしよう。

 腹の虫じゃないとすれば、残る可能性は――

「おならの音!?」

 しかもロリ声。

 そんな二つのアホな仮説は、私が耳を澄ますだけであっさりと反証できました。

 声の出どころは心臓だったからです。

 私のパーフェクトイヤーが聞いたんですから確実です。

「いつの間に、そんなハートビート刻む体に改造されたんですかお兄ちゃん。これから病院とかどうします? 不整脈どころじゃないですよソレ」

 小声で、そんな小言を言ってみました。もちろん反応はありません。

 私はひとまず、このブツブツと言葉を喋る心臓に意識を集中しました。

「――――こ、わ……い……よぅ」

 女の子か男の子か判別できない声です。それは決して中性的だからという理由ではなく、幼すぎるという理由からでした。

 五歳児くらいかな?

 十七歳の人の心臓が五歳児って、移植とか? いやいや、さすがに年齢差ありすぎでしょう。

 そう考えてる間にも心臓は「こわい、こわい」とうわ言のように繰り返していました。

 うわ言――そう、まるで悪夢にうなされるかのように。

「大丈夫。大丈夫だから」

 私は何か思う間もなく、気付いたらそう声をかけていました。

 声の向こうの姿は見えないのに、それでも同情せずにはいられなかったのです。

「――――? だい……じょーぶ?」

 反応してくれた。

「そう! 大丈夫。私がついてるから! このパーフェクトガールマチちゃんがいれば、怖いものなんてないんだから! どんな敵がきてもやっつけちゃうんだから! だからあなたはドーンと――」

「ひっ……!」

 あら、怯えてる?

 しまったな……。なんか嬉しくなっちゃって、勢いつけすぎたか……。

 反省。自分の失敗を素直に認めることも、私がパーフェクトな理由ですから。

「え、えと……ごめんね。うん、ちょっと落ち着こう。深呼吸しよう、一緒にね。さ、せーっの……」

 すって~……はいて~……もう一度すって~……はいて~……。

 心臓の方からも深い呼吸音が聞こえて、私はほっと安堵しました。

「よし、じゃあ自己紹介しよっか。私はマチ。あなたは何て言うの?」

「あ……あ……えと…………」

 なかなか声の主は自分の名を名乗ろうとはしません。でも、この子はきっと名乗りたくないわけじゃないんでしょう。ゆっくりと私は待ちます。マチだけに。

「あずみまほです……」

 そしてか細い声でそう言いました。蚊の鳴くような小さな声でしたが、私のパーフェクトイヤーは聞き逃しませんでした。

「そう、マホちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」

 マチの次に、とは流石に言いませんでした。

 でも名前の響きが似ているので、マホという名前は全世界で私の好きな名前ナンバー2にランクインさせましょう。一位マチ、二位マホ、三位その他全部。

「マホちゃん、何か怖い夢でも見てたの?」

「……ん」

「そっかあ……。お姉ちゃんもね、怖い夢を見たことがあるよ。自分が幽霊になっちゃってさ、誰からも声をかけてもらえなくなる夢。見終わってすっごく悲しい気持ちになってね、どうしようもなく寂しくなっちゃったんだ」

「ゆー……れ?」

「ん? ああ幽霊ってのはね、死んじゃった人や動物が魂だけになっちゃうことだよ」

「たまし?」

「あー……えっと魂ってのは……」

「おばけのこと?」

「そう! それ!」

 おばけなんて単語、普段使わないから出てこなかった!

 こういうところで私は見てる世界の違いってやつを認識する。

「あの……おねえちゃん」

「なあに?」

「わたしって……おばけなの?」

 言葉に詰まる。

 本日二回目の『しまった』。

 お兄ちゃんの心臓辺りにいるマホちゃんは、私の価値観に照らし合わせれば間違いなく『おばけ』だし、マホちゃん自身にとってもそれは同じだろう。

 そんな子を相手に幽霊のマイナスイメージを与えるようなことを言って……ホント、迂闊だよ私……。

 で、でも!

 私はパフェガのマチ! こ、これしきピンチ乗り越えられずにどうする!

「ところでマホちゃん、好きな動物って何? 私はウサギだなー。アンゴラウサギって見たことある? モフモフが凄いんだよ! 人工物で再現できない天然のモフモフがあそこにはあるんだよ!」

「…………」

 く、くそう!

 なんとか、なんとかマホちゃんのおばけイメージを払拭しないと……。

 私は足りて足りて足りまくる頭をフル回転させて策を練ります。

 そして、一つの方法に行きつきました。

「マホちゃん。マホちゃんはね、おばけさんじゃないんだよ」

「え……?」

「マホちゃん、キセイチューって知ってる?」

「きせちゅ?」

「うん、キセイ……いや、キセチューでいいや。キセチューってのはね、誰かの体の中に入って、その人と一緒に生きていくことなんだ」

 マホちゃんは「?」と言葉にならない声を出した。

「マホちゃんは今ね、私のお兄ちゃんの体の中にいるんだ。そこで、悪いおばけからお兄ちゃんを守ってくれる正義のキセチュー、それがマホちゃんなんだよ。ほら、キセチューって何かに似ていると思わない?」

 またも「?」の声。これは予想済みの反応だ。

 私はいったん息をはいて、心を無にしてから

「ピ……ピッ、ピカチュー!」

「わあっ、ピカチュウ!」

 つ、伝わってよかったあ……。私は再び胸を撫で下ろしました。

「そ。あなたが怖い夢を見ても、嫌なことに遭っても、マホちゃんは可愛い可愛いキセチューなんだから、自信持って、笑って生きてこうよ。ね?」

「う、うんっ!」

 その返事は、これまでで一番元気な声でした。

 聞いてますかお兄ちゃん。お兄ちゃんの中に一人の女の子が住み着いちゃってますけど、決してその子のこと『おばけ』って呼んじゃダメですからね。

 私は寝ぼけ顔のお兄ちゃんに向かってそう忠告しますが、案の定「くかーっ」という返事しか返ってきませんでした。

 結局お兄ちゃんの調査はできませんでしたけど、今日はなかなか面白い体験をすることができました。

 面白いと同時に、マチ史上最も私を狼狽させた事件でしたけど……。

 いやあ、やっぱり子供は強いですね。私の次に強いでしょう。

 そんな子供を上手くコントロールする私、今回もナイスプレーでした。これはマチ史上最もファインなプレーであったとも言えるでしょう。

 よし、今日も私は絶好調! おわり。



次回更新は2014.6.20 22:00です

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