貢がせ上手の美女を夫に贈ったら、伯爵家ごと片付きました
貢がせ上手の美女を夫に贈ったら、伯爵家ごと片付きました
暖炉の薪が、書斎にぱちりと音を立てた。
伯爵令嬢として育った妻、エレノアは、すっかり冷めた紅茶をひと口飲んだ。向かいに座る夫、ロドニー伯爵は、贅を尽くした夜会服に身を包み、上機嫌で香水を振りまいている。
彼はここ数か月、夜会で知り合った平民出身の美女、クララに夢中だった。
「エレノア、今月の屋敷の維持費は少し削ってくれ。クララが南洋真珠のネックレスを欲しがっていてね。どうしても贈ってやりたいんだ」
ロドニーは、クララの喜ぶ顔を思い浮かべるように目を細めた。
「『こんな高価なもの、私にはもったいないわ』と、涙ぐみながら喜んでくれてね。本当に愛らしい。お前のように退屈で冷ややかな女には、男に尽くさせる可愛げなど分かるまい」
勝ち誇った笑みを浮かべる夫を、エレノアは静かに見つめた。
クララは、少し甘えて男の庇護欲をくすぐり、贈り物には無邪気に喜ぶ。けれど、決して相手に執着を見せず、手を伸ばせば届きそうで届かない距離を保つ。その絶妙な振る舞いに惹かれ、ロドニーは名馬に馬車、別荘、宝飾品と、湯水のように金を注ぎ込んでいた。
「ええ。どうぞ、存分に贈って差し上げてください。クララ様もお喜びになるでしょう」
エレノアは穏やかに微笑んだ。
「ふん。妻としての誇りまで失ったか。お前のその冷めた顔には反吐が出る」
ロドニーは鼻を鳴らすと、夜の街へ出ていった。
彼は知らなかった。エレノアが何も言わなくなったのは、愛想を尽かしたからだけではない。すでに、すべての手続きを整え終えていたのだ。
それから三か月後。
ロドニーは蒼白な顔で、エレノアの私室に駆け込んできた。手には督促状と、銀行から届いた残高不足の通知が握られている。
「エ、エレノア! これはどういうことだ! なぜ伯爵家の当座預金が底をついている? クララに贈る舞踏会のドレス代が払えないと、商人が押しかけてきたのだぞ!」
エレノアは書類から顔を上げ、夫を見た。
「何をそんなに慌てていらっしゃるのですか。散財すれば金が尽きる。それだけのことですわ」
「だが、あの金は伯爵家のものだ!」
「いいえ。あれは、結婚の折に父が領地経営のために預けた資金です。担保契約には、資金の不正使用や浪費があれば、実家がいつでも返還を求められると明記されていました」
エレノアは、机の上の書類を整えた。
「度重なる不貞と財産の浪費を確認した父は、先週、契約に基づいて資金を引き揚げました。あなたが使い込んだ分については、伯爵家の直轄地と屋敷を担保として返済に充てる手続きが始まっています」
ロドニーの膝が震えた。
「ま、待て! ならばクララはどうなる? 彼女は私を愛している。私の誇りなのだ!」
「それなら、直接お聞きになればよろしいでしょう。ちょうど今、玄関ホールにお呼びしています」
二人が一階へ降りると、豪奢な毛皮をまとい、宝石を身につけたクララが待っていた。けれど、その瞳には、かつてロドニーを夢中にさせた甘い熱はなかった。
「クララ! よかった、君だけでも――」
ロドニーがすがるように手を伸ばす。クララは一歩身を引き、扇子でその手を払った。
「おやめください、伯爵様。無一文になった男性には、もう何の興味もございませんの」
「な……クララ? あんなに『あなたしか頼れない』と言って、甘えてくれたじゃないか!」
クララは、上品な笑みを浮かべた。
「男性に気持ちよくお金を使わせるのが、私の流儀ですもの。可愛らしくおねだりして、贈り物には無邪気に喜び、少しだけ焦らして追いかけさせる。伯爵様は、私に踊らされて勝手に貢いでくださっただけですわ。私、『愛している』なんて一度も申し上げていませんもの」
「お前……私を騙したのか!」
怒りに震えるロドニーの前へ、エレノアが静かに進み出た。
「ええ。そして、クララ様をあなたのもとへ送り込んだのは、私です」
「……何だと?」
ロドニーの顔から、血の気が引いた。
エレノアはクララと目を合わせ、小さくうなずいた。
「あなたがどれほど自制心を欠き、家の財産を浪費する人なのか。社交界と親族の皆様に、確かな証拠をもって示す必要がありました。そこで、当代一の“貢がせ上手”であるクララ様に、協力をお願いしたのです」
「エレノア様からは、約束どおり報酬をいただきましたわ」
クララは艶やかに微笑み、ロドニーから贈られたエメラルドの指輪を指先で弄んだ。
「伯爵様、ごちそうさまでした。身の丈に合わない夢を見られたこと、よい勉強代になりましたわね」
クララは軽やかに踵を返し、ドレスの裾を翻して屋敷を去った。
あとには、名誉も屋敷も誇りも失い、床にへたり込むロドニーと、彼を冷ややかに見下ろすエレノアだけが残された。
「さようなら、ロドニー様。これからの返済は、ご自分の力だけでなさってくださいませ」
エレノアは晴れやかに微笑み、振り返ることなく歩き出した。
冷え切った屋敷の廊下に、ロドニーの絶叫だけが虚しく響いた。




