「もう遅い」のその前に~失わせ屋へようこそ~2
本作は『「もう遅い」のその前に~失わせ屋へようこそ~』の続編ですが、この作品だけでも読んでいただけます。
過労死回避のため魔塔を退職し、祖母が遺した家で田舎暮らしを満喫していた、私こと魔導士ティナ。
「人は後悔して初めて、大切なものが見えるようになる」
――そんな気づきを得た私は、暇つぶしも兼ねて『失わせ屋』を始めた。
現状や対象者の考えをもとに確率の高い未来を導き出し、幻影術でリアルに後悔を体験させるのだ。
口コミが広がり、『失わせ屋』の依頼は徐々に増えている。
どこからどうやって聞きつけたのか、遠方からも依頼人が来るようになったのだから、驚きだ。
◆
その日も、このあたりではめったに見かけないつやつやの馬車から、洗練されたドレスの依頼人が降りてきた。
「後悔を売るお店で、間違いないかしら」
「ええ」
私が椅子を勧めると、彼女は「アーウィン伯爵令嬢クラウディア」と名乗る。
「婚約者が『真実の愛を知ったから婚約破棄してほしい』と言い出したの」
ああ…大ヒットした恋愛小説をきっかけに、最近流行っているあれ。
「でも、思い直してほしくて。彼は恋に溺れて正気を失っているの。このままでは、彼も彼の家も破滅するわ」
彼らは貴族だから、きっと幼いころからの婚約者。「浮気されても、戻ってきてくれるなら許す」くらいの情があるのだろう。
理解はできないけど。
「わかりました。彼はどちらに?」
「移動魔法オプション」と最近始めた「対象者と一緒に幻影を見るオプション」を追加してもらって、私は彼女の婚約者がいる屋敷に飛んだ。
瀟洒な東屋で、『真実の愛の相手』らしきお嬢さんに愛を囁いていた侯爵令息は、突然の侵入者に目を丸くする。
彼が「無粋だぞ」と立ち上がる前に、私は術をかけた。
「とりあえず、未来をどうぞ」
◇
僕は「クラウディアは僕とリリアを虐める性悪だ」と父上を説得し、クラウディアと婚約破棄して、男爵令嬢であるリリアと結婚した。
最高だ。
リリアはいつも「かっこいい」「素敵」「大好き」と言ってくれる。
「新しい事業を始める前に慎重に調べるべき」「交友関係には気をつけて」「これ以上増税したら、領民の生活が」と口うるさかったクラウディアとは違う。
それにリリアはクラウディアと違って、贅沢が大好きだ。やはり結婚というものは、価値観や金銭感覚の合う相手とすべきだろう。
おかしいと気づいたのは、爵位を継いでからだった。
気づけば書類が山積みになり、税収は減っているのに支出は増えるばかり。
リリアは相変わらずドレスや宝石を買い漁り、領地経営の相談をしても「わかるはずがありません」とそっぽを向く。
貴族学園の首席だったクラウディアなら、うまくやってくれたはずなのに。
「何もできないくせに無駄遣いばかりして!」
リリアは「口うるさい」と僕を捨て、愛人の元へ走った。結婚前から関係をもっていたのだと、あとから知った。
――真実の愛なんて、初めからなかった。
「くそ…っ!」
一発逆転を狙った投資は失敗し、僕は爵位も領地も失った。
「クラウディア様と結婚されていたら、こんなことには」
ずっと仕えてくれていた乳兄弟すら、そう告げて去って行く。
今は母方の親族が嫌な顔をして用意したあばら家で、ダニに噛まれながら硬いパンをかじる日々。
痒い。ひもじい。寒い。
こんなの嫌だ。誰か助けてくれ――
◇
「ひっ…!?」
中腰のまま術にかけられて侯爵令息は、術が解けると同時に悲鳴をあげ、床にへたり込んだ。
「なんだ、今の…」
「軍用レベルの未来シミュレーションです。今のままだと、高い確率でああなります」
彼は震えながら、「真実の愛の相手」に「リリア、僕の他にも恋人がいるのか?黒髪の絵描きの…」と聞く。
男爵令嬢が目を見開いて、「えと…ええと…」と口をぱくぱくする。
彼は悟った。あの未来は、あり得ると。
「クッ…クラウディア…すまなかった!やっぱり僕が愛しているのは君だけだ!!婚約破棄は取り下げる!それでいいよな?な?」
うん、これで依頼人の望み通り。
ここで幻影を詰め込んだ「初心忘るべからずカプセル」の案内を…
――と思ったのだけれど。
クラウディア様は縋りつく彼の腕を引き剥がして、冷ややかに言った。
「いいえ、やはり婚約破棄いたしましょう」
「なぜ」と、私と令息が同時に質問してしまう。
「僕は謝ったじゃないかっ!」
「あなたは…自分を守るために謝っているだけです」
彼女はふうっと息を吐く。
「破滅するのが怖くなったから、私を選ぼうとしているだけ。私に『悪い』と思っているわけでも、愛しているわけでもありませんわ」
そして、もう一度覚悟を決めるように、きゅっと笑った。
「未来を見て後悔はしたのでしょうけれど…それでもあなたは何も変わっていない。今許したところで、また同じことを繰り返すわ」
「違…っ、クラウディア…頼む…」
「だから予定通り、婚約は破棄いたしましょう。父は『好きにすればいい』と言ってくれておりますし、私が書類に記入すれば終わりですから」
私に「カプセルは不要よ、ごめんなさいね」と断って、クラウディア様は背筋を伸ばして門へと向かう。
その足取りは、羽が生えたように軽かった。
「毎度あり」
私は「クラウディア、行かないでくれ!僕はこれからどうすればいいんだ!」という令息の泣き声を聞きながら、ふわりと屋敷をあとにした。
「もう支えてくれる人はいないんだから、どうすればいいかは自分で考えな」
◆
数日後、二人組の女性がやってきた。
一人は怒り心頭でこう言う。
「エレノアの婚約者に、彼女がいないとどうなるか見せてやりたいの」
エレノアと呼ばれたもう一人は、声もかけられないくらいに、どよんと落ち込んでいる。
彼女の婚約者は、幼馴染みでもある魔導士だという。
「研究に没頭すると寝食どころか服を着ることすら忘れるような男なの。エレノアがいないとまともに生活もできないのに、彼女に感謝のひとつもしないで」
黙ったままの当事者をおいて、友人はヒートアップする。
「エレノアは彼の家族に頼まれて彼と一緒に暮らしているのだけど、食事を持っていったら『邪魔だ』『頭が痛いのに話しかけるな』と振り払われたって。あんまりじゃない?」
息巻く友人をなだめて、婚約者本人が初めて喋った。
「クロエ、私はいいの。私が彼の邪魔なら、あの家を出るだけよ。私は彼が幸せならそれでいいんだから」
「あなたのその愛を、あいつがまったく理解してないのが、私は許せないのよ。あの家を出るにしても、せめて目にもの見せてからにしなきゃ!何もしないで黙って家を出るなんて、絶対だめよ!」
友人思いの、熱すぎる女性。おせっかいだが、嫌いじゃない。
私は立ち上がった。
「行きましょう。移動魔法オプション、使います?」
案内された部屋のドアを開けると、ボサボサ頭で無精ひげを生やした青年が、ガウン姿で床に這いつくばりながら魔法式を書き綴っていた。
「まさかとは思ったけど、本当にシオン・フリードだとは…」
一時期魔塔で一緒に働いていた後輩。疑いようもなく天才だが、いつだったかナイトガウン一枚で出勤してきた、「いろんな意味で伝説(笑)」の魔導士だ。
彼はドアが開いたことにも気づいていない。
「…」
私は黙って彼に術をかけた。
◇
最初は、エレノアが家にいないことにすら、気づいていなかった。
気づいてからも、気にならなかった。
むしろ「食事だ」「風呂だ」と邪魔をされることがなくなって、捗る。
けれど、三日も経つと部屋はゴミ溜めになり、読みたい本がどこにあるのかわからなくなった。
「エレノア、あの本は…?」
聞いても答えは返ってこない。
さらに、魔塔からはこんな連絡が来る。
「報告書が汚すぎて読めません。三日以内に出し直さないと、競争的研究資金は差し止めますよ」
「な…」
「いつも書類を整えていたあの女性、辞めたんですか?」
――エレノア。
エレノア、頼む。頭が割れるように痛いんだ。
こんなときは、いつもハーブティーを淹れてくれるじゃないか。
野菜とハムのサンドイッチ、楊枝を刺した果物と一緒に。
そして「無理しすぎないで」と少し眉を下げながら笑って、そっと髪を撫でてくれるじゃないか。
それだけで、頭痛がましになるのに。
「声が聞きたい…」
身体に力が入らなくて、這いずるようにキッチンまで移動する。
水を飲みたいのに、コップがどこにあるのかすらわからない。
「謝りたい…」
失ってはいけない人だった。
頭が割れそうだ。
もしかして、このまま死んでしまうのか…?
「なら、言わないと…」
僕は魔力を振り絞って、エレノアに届くかどうかもわからないメッセージを、キッチンの床に残そうとして、倒れ込んだ。
「エレノア…言わなきゃ…」
なのに体が震えて、もう立てない――
◇
「エレノア…エレノア…」
シオンはつぶやきながら現実に戻ってきて、部屋を見回した。
エレノアさんの前に立っていた私と、目が合う。
「先…輩…?」
「久しぶり。今のは私の未来シミュレーションと幻影。あなたなら、意味わかるよね?」
シオンはがくがくと頷いて、ふらふらの足で立ち上がる。
「エレノアを探しに行かないと…」
「慌てなさんな、ここにいるよ。相変わらず視野が狭いね」
私はひょいと右によけると、彼は彼女の足元に膝をついた。
「エレノア、ごめん…!僕は君に甘えてばかりで…甘えていることにも気づいていなくて…」
「シオン…」
「馬鹿な僕を殴ってくれ。踏んでくれてもいい。それでも僕は君に、ありがとうと言わなくちゃいけない」
シオンは本当に、頭を下げて彼女に踏みつけられるのを待っている。
「そんなことしないわ、シオン。『ありがとう』って抱きしめてくれたら、許してあげる」
「あら」と私とクロエさんは顔を見合わせる。
シオンは怖々とエレノアさんを抱きしめた。
「エレノア…どうかもう一度だけ、そばにいてくれないか…?」
「ええ」
「ありがとう、チャンスをくれて…僕は絶対に変わってみせるから」
ならば鉄が熱いうちに、オプションを買ってもらわないと。
私はちょんちょんとシオンの肩をつつく。
「これが今の幻影を詰めた『初心忘るべからずカプセル』。また研究に没頭して彼女を雑に扱いそうになったとき、これを飲むと不調と後悔がフラッシュバックするんだけど、どう?」
「あるだけ買います。エレノアの大切さを忘れないように、毎日飲みます」
それは毎日悪夢を見るようなものだ。さすがにまずそう。
「…せめて週一くらいがいいと思うけど」
「そうですか?」
私は四ダース分のカプセルをつくり、銀貨四枚を受け取った。
「足りなくなったらまた言って。追加購入は一ダースあたり銀貨二枚だからね」
私はずびびと鼻をすするクロエさんと一緒に、彼らの家を後にする。
「あなたのおかげですよ」と互いに褒め合いながら。
「まあ、なんせよかった。天才シオン・フリードが救いようのない男だったら、私もちょっとダメージ喰らってたしな」
変わりたいと心から願える人、変わる気はないがとりあえず謝る人。
いろんな人がいるもんだ。
そんなことを考えながら、ふわりと田舎の一軒家に戻ってきた。
「さて、明日はどんなお客さんが来るかな」




