後編
登場人物
クラウス:ヌース公爵家の次男であり、禁呪の捜査官。知的な美男子。
エルシア:本人は「私はリリアーヌよ!」と主張、錯乱。誰にも信じてもらえない。
アレクシス:エルシアの頭がおかしくなった、と思い距離を取っている。浮気癖は変わらず。
ガルド:トラマール子爵家に仕える騎士。一見すると無表情だが……?
ダンとイザベラ:行方不明になったリリアーヌのことばかり気にしている。
馬車の窓の外を、冬枯れの田園風景が流れていく。
私はクラウス・ディ・ヌース。
ヌース公爵家の次男であり、王国魔法捜査局の筆頭捜査官だ。
膝の上に広げた報告書を、もう一度読み返す。
トラマール子爵家にて異変発生。
次女リリアーヌが行方不明。
長女エルシアが錯乱し、自らをリリアーヌと主張。
宮廷魔術師による調査では真相解明に至らず。
禁呪の疑いあり。
そして私はこの国で最も禁呪に詳しい。
本来なら私も禁呪行使者の疑いで処刑されかねない立場なのだが、禁呪の捜査ができ、禁呪行使者と渡り合える実力があるために――ついでにヌース公爵家という家柄ゆえにギリギリのところで見逃してもらっている。
この「筆頭捜査官」という立場も「トップにしてやるから裏切るなよ」という首輪に過ぎない。
……おっと。
話が逸れてしまった。
要するに禁呪に詳しいから、禁呪の疑いのある事件の捜査を任されたということだ。
報告書を閉じた。
トラマール子爵家。
胸の奥が、小さく軋む。
エルシア嬢。
四年前、王都の夜会で出会った。
普通の令嬢であれば、私――禁呪の捜査を行う者など怖がって近付かないものだが、彼女はむしろ興味深そうに声を掛けてきた。
聡明で、どこか超然としていて、誰にも媚びない人。
打てば響く会話は心地よかった。
あの女性が錯乱している?
信じがたかった。
馬車が速度を落とした。
もうすぐトラマール子爵家の邸宅だ。
◇◇◇
まずは「エルシア」との面談。
彼女の様子は、私の記憶とまるで別人だった。
「だから言ってるでしょ!? わたしはリリアーヌなの!」
目を吊り上げ、拳を握り、声を荒げる。
あの静かな微笑みはどこにもない。
涼やかな物腰の欠片もない。
「エルシア嬢、落ち着いて——」
「エルシアじゃないったら!」
立ち上がり、テーブルを叩く。
4年前の夜会での会話を持ち出してみた。
「覚えてないわ、そんなの! だってわたしはリリアーヌなんだもの!」
エルシア嬢が好んでいた詩集の話をした。
「知らない! 詩なんて読まないし!」
何もかもが噛み合わない。
「いい加減にして! どうしてわたしの話を信じてくれないのよ!」
錯乱した「エルシア」が叫びながらこちらに掴みかかろうとした瞬間、大きな手がその肩を押さえた。
「クラウス様、申し訳ございません」
騎士ガルド。
トラマール子爵家に仕える男で、この聴取の立会人だ。
「今日はここまでということで、いかがでしょうか」
低く落ち着いた声。無表情。
だがその目元に、一瞬、何かが過ぎるのを私は見た気がした。
楽しんでいるような。
……気のせいだろう。
◇◇◇
屋敷の使用人たちに聞き込みを行った。
最も興味深い証言は、数日前の出来事だった。
婚約者のアレクシスが屋敷を訪れた際、エルシアが突然彼に飛びつき、甘えるような態度を見せたという。
「まるでリリアーヌ様のようでした」
年配のメイドが首を傾げながら言った。
「エルシア様は普段、アレクシス様にどちらかといえば淡白でいらっしゃいましたので……」
アレクシスは戸惑った。
これまで素っ気なかった婚約者が豹変したのだから、無理もない。
さらにエルシアはこう叫んだらしい。
「わたし、リリアーヌなの!
アレクシス様のお嫁さんになるためにお姉さまになったの!」
アレクシスは「エルシアは少し疲れているようだな」と言い残し、早々に帰った。
当然だろう。
常識的に考えるなら「婚約者が発狂した」としか思えないだろう。
ただ――
王国が定める12の禁呪。
そのうちのひとつに《身体交換》というものがある。
文字通り、自分と他人の身体を入れ替えるものだ。
もしそれが行使されたとするなら、すべての辻褄が合ってしまう。
◇◇◇
調査の一環として、エルシア嬢の部屋に入った。
整然とした室内。書架には魔法理論の書物が並んでいる。
机の引き出しから手記が見つかった。
開いた瞬間、眉をひそめた。
筆跡が奇妙だった。
几帳面で力強い。どちらかといえば男性的な書き方。
引っかかりを覚えつつ読み進めると、内容はアレクシスの不貞について綴られていた。
日付。
場所。
相手の特徴。
正確で、まるで監視記録のようだ。
これを「エルシア」に確認した。
「嘘よ! そんなの、お姉さまの妄想に決まってるわ!」
「アレクシス様がそんなことするわけない! ちゃんと調べて! ちゃんと調べれば分かるわ!」
「分かりました。では、徹底的に調べましょう」
手記の情報を元に、王都の捜査網を動かした。
結果は三日で出た。
アレクシス・ディ・フランテラの不貞関係。
確認できただけで、五名。
リリアーヌ・ディ・トラマールを含めて、五名。
私は「エルシア」にこの事実を告げた。
「……うそ」
怒るかと思ったが、声は震えていた。
「アレクシス様はわたしだけを見てくれてるって……わたしだけが特別だって……」
自分以外に四人いたことを、知らなかったのだ。
そもそもの話。
浮気をする人間が、どうして1人の相手だけで満足すると思えるのか。
自分以外にも「浮気相手」がいると想定して当然ではないだろうか。
「嘘……嘘よ……」
その場に、崩れ落ちた。
私は悪いことをしたか。
「ちゃんと調べて」と言われたから、ちゃんと調べたのだが。
◇◇◇
ここまでの状況を整理する。
エルシアの人格の変容。
記憶の食い違い。
「自分はリリアーヌだ」という一貫した主張。
そして――
リリアーヌの失踪。
やはり《身体交換》が疑わしい。
姉妹の部屋を重点的に調べ、微弱な残滓を検出した。
《身体交換》の特徴的なパターンと一致する。
結論。
エルシア・ディ・トラマールは禁呪「身体交換」を行使し、リリアーヌと身体を入れ替えた上で失踪した。
国王陛下に報告を提出。
翌日には処分が決定された。
王国はかつて禁呪によって滅びかけたことがある。
だからこそ判断は迅速だった。
一、「リリアーヌ」は禁呪使用の極大罪人として指名手配とする。生死は問わない。
二、「エルシア」は禁呪幇助の重罪人として逮捕、拘束する。処分は裁判にて決定。
三、禁呪行使者を出したトラマール子爵家は爵位剥奪の上、取り潰しとする。
◇◇◇
これで事件はひとまずの解決となった。
だが気になることもある。
なんのために妹と身体を入れ替えたのか。
動機がはっきりしていない。
嫌な予感がして、私は王立アカデミーに「エルシア」の身体の精密検査を依頼した。
結果は予想を超えていた。
「エルシア嬢の身体は……正直に申し上げて、ボロボロです」
魔導医師の顔は青ざめていた。
「外見は年齢相応に見えますが、内部は著しく劣化しています」
「余命は」
「一年。良くて、一年以内です」
追加の調査で、エルシアの部屋からはいくつかの禁書が発見された。
どうやら彼女は12の禁呪のひとつ、《空間転移》の研究をしていたらしい。
禁呪の習得には大きな負担が掛かる。
厳密に言えば、身体という薪を燃やして魂に術式を焼き付けるのだ。
その過程で寿命が大きく縮む。
重すぎる代償ではあるが《身体交換》があれば踏み倒せる。
朽ちかけた身体を他人に押し付けてしまえばいい。
今回、エルシアはそのターゲットに妹のリリアーヌを選んだのだろう。
肉親を犠牲にしたのは、それだけ恨みがあったためか。
ともあれ――
真実を「エルシア」に伝えるべきだろう。
黙っていたところで、短い余命が伸びるわけではないのだから。
面会室。
エルシアの顔をしたリリアーヌは、泣き疲れた目でぼんやりと座っていた。
「いくつか、お伝えすることがあります」
「……なに」
「あなたが今入っている身体は、内部が深刻に損傷しています。
禁呪の研究によるものと考えられます」
間。
「余命は、一年以内です」
長い沈黙のあと。
「……は?」
掠れた声だった。
「わたしが死ぬ? お姉さまの身体で?」
「正確には——」
「いやよ!」
椅子が倒れた。
「いやいやいやいや!
お姉さまがわたしに身体をくれたんでしょう!?
壊れてるなんて聞いてない!」
「……言うメリットがないから、伝えていなかったのでしょう」
「嘘よ嘘よ嘘よ……!
お姉さま、戻ってきて!
わたしの身体返して!」
泣き叫ぶ声が面会室に響いた。
返す義理は、ないだろう。
それは私の感想であって、捜査官として口にすべき言葉ではなかったが。
当主ダンと夫人イザベラに処分を告げた。
二人は「どうしてこんなことに」と絶望していた。
個人的な見解を述べるなら――
屋敷の者たち曰く、5年前、エルシアの様子が少し変わったらしい。
どこか達観したような、大人びた雰囲気を漂わせるようになった。
おそらくその時期から禁呪の研究を始めたのだろう。
両親からの愛はなく、妹のリリアーヌばかりが優遇される。
そんな孤立した環境が、エルシアを禁呪に駆り立てたのかもしれない。
もしも、両親が少しでも彼女を気に掛けていたなら、この結末は避けられただろう。
そういう意味では自業自得かもしれない。
さすがに冷たすぎるだろうか。
こればかりは許してほしい。
禁呪に触れた者はその報いのように人間性が欠けてしまう。
エルシアの5年前の変化もそれで説明が付く。
……と、思っていたのだが。
◇◇◇
取り潰しとなったトラマール子爵家の邸宅は、魔法局によって何度も捜査がなされた。
結果、エルシアの部屋の天井裏から新たな手記が発見され、私の手元に届けられた。
以前の手記とは、筆跡が異なっていた。
柔らかく、繊細な字。
ページをめくる。
日常の記録。
妹への不満。
両親への諦め。
抑圧された感情が、行間ごとに滲んでいた。
だが、ある時期から記述の調子が変わる。
「素敵な魔法使いさんに出会った」
五年前の日付だった。
弾むような筆跡で書かれている。
「彼は、わたしが知らない世界を知っている。見たことのない景色を見てきた人」
そして、最後のページ。
「わたしは決めた。わたしは、わたしをやめて自由になる」
手記はそこで途絶えていた。
5年前、エルシアは自分をやめたらしい。
このときに「素敵な魔法使いさん」と身体を交換していたとしたら?
可能性は否定できない。
ただ――
これが正しいとすると、4年前の夜会で私が話していた「エルシア」は実のところ「素敵な魔法使いさん」だったかもしれない。
そして手記には「彼」と書いてある。
私はもしかすると、女性の姿を借りた男性に好感を抱いていたのだろうか。
「リリアーヌざまぁ」「エルシアはどうなったの?」「ガルドはなぜ楽しそうだったの?」「クラウスくんかわいそう」などと思っていただけましたら【☆☆☆☆☆】を押してもらうと励みになります。
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