第7話 キース兄さまの帰郷と不協和音
次の日からは家の手伝いをしながら学校の課題の刺繍を進める。特にテーマが決まっているわけではないので、北方の女性たちが冬に作る豊穣を祈るタペストリーを作ることにした。いつからある風習なのかは古すぎてわからないのだが、冬は畑仕事ができないので特産品として作っている。
教会などに飾るものは何人もの女性がひと冬をかけて作成する超大作なのだが、学校の課題なので家に飾る小さなものだ。伝統的な柄を糸を変え配置を変えチクチクチクチク刺していく。
伝統的なモチーフが入っていれば色や大きさ、配置は自由なので出来上がっていくにつれて遠くから眺めて微調整を加える。家庭に飾るタペストリーは毎年春に付け替えて古いものは教会に奉納する。だからこの地方出身の女性たちはみな作れるようになっている。最近は他所からお嫁に来る人も多くて、誰かにお願いして作ってもらったり、とりあえず土産物として売っているものを飾ったりすることもあるという。
エリス様がキース兄さまのところに嫁いで来たら使用人や領民に作ってもらうのだろうか、とふと頭に浮かんで首を振った。考えてはいけない。刺すことに集中しなければ。
「私なら自分で刺せるのに」「私の方がこの地方のことを知っているのに」という考えが沸き上がってきて、鳩尾の辺りがズンと重くなった。気が付いたら春に飾るものだというのに何だか重たい色ばかり選んでいた。
キース兄さまが返ってきたのは1週間後。一度自領に帰ったらしく、さらに3日経ってご両親やルイと一緒にやってきた。今までは直接うちに来ていたのに。やはり何かしら思うところがあるのだろう。ただ、おじさまもおばさまもいつも通りだったので、特にご両親に何かを相談したとかはなさそうだ。
全員が揃った食事会は一見なごやかに始まったが、兄さまたちは今までのように軽口をたたかないし、私も話しかけなかった。
「リリアちゃん、なんだかお淑やかになったわねえ」
「・・・学校で淑女教育を受けているのです。そのおかげだと思いますわ」
「本当に大人っぽくなったわね!でも寂しいわ。子どもってすぐに大人になっちゃうのねえ」
おばさまの言葉に曖昧に笑って返事をする。確かに入学してからの半年できっと大人に近づいた気がする。キース兄さまのことが無ければ私はまだ天真爛漫な子どもだっただろう。恋なのか、執着なのか、嫉妬なのか、初めての感情に翻弄された半年。大人になる過程として、こういう苦しさとか、知りたくなかった自分の醜さとか、弱い自分とか、そういうものと折り合いをつけていかないといけないのだろう。
「ところでキースとウィル君は喧嘩でもしているの?さっきから全然しゃべらないじゃない」
おばさまは今日はやけにはしゃいでいる。遅れて戻ってきた息子を伴って久しぶりに我が家に遊びに来たからか。それとも何かしら微妙な空気を感じ取ってそれを払おうとしているのだろうか。どちらにしても今その話題は非常にセンシティブで、思わず兄さまたちの表情をうかがってしまった。
「・・・そんなことないよ、母さん。・・・最近僕が忙しくてあまり一緒にいないからなんとなく気恥ずかしくて」
「そうですよ。まあ、もう今までみたいにはしゃぎまわる年齢でもないですし」
「そう?こっちはこっちで急に大人になったのねえ。去年まではまだまだ子どもだったのに。寂しいわねえ」
「ルイはもう6歳だろう?ちょうどやんちゃ盛りじゃないか」
「ルイはあなたたちに比べたらお行儀いいわよ」
「母さんは結局、やんちゃ坊主しててほしいの?お行儀よくしてほしいの?」
「どっちもかわいいんだもの」
キース兄さまとおばさまの軽口で少し場が和んだが、相変わらずウィル兄さまは話に入らないし、私もなんとなく笑顔を張り付けたままだった。
だって、キース兄さまはうちに来てから一度も私に笑いかけない。まあ今までみたいに領地と王都で離れていたわけではないから、おかえりもただいまも無いんだけれども。
その夜は、ライズ家一同はうちに泊まっていった。大人は遅くまでワインを楽しんでいたらしい。もし、キース兄さまとの婚約がなくなったら、こういう時間も無くなってしまうんだろうか。私たちの婚約がこんなに脆いものだと思わなかったんだろう、両親たちは。長年の付き合いをもしかしたら私のせいで終わらせてしまうかもしれないと思うと申し訳ない気持ちになった。
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