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第2話 崩落

リリアの兄、ウィリアムの番外編、本日2話目です。

ぜひ1話からお楽しみください。

「なんですって?!」


ロッテが椅子を勢いよく倒しながら立ち上がる。片付けようと手に持ちかけていた器がテーブルの上を転がっていった。

ウィリアムは急いで上着を羽織り、丈夫なブーツに履き替える。炭鉱事務所が鳴らしたのか町には鐘の音が響き、昼時の町に人々が心配そうに出てきた。夫が炭鉱に行っているのか女たちが慌てて走っていく。子どもの泣き声も聞こえた。


「ロッテ、事務所に緊急の看板出して扉を閉めておいてくれ。俺は行くから」


と言い残し、慌てて向かおうとすると、すでに戸締りを終えたロッテもブーツの紐を締め終わっていた。


「君は危ないから・・・ああ、もう、わかった。絶対に炭鉱に入るんじゃないぞ!」


行く気満々のロッテを引き留める時間も惜しく、説得を諦めて連れだって走る。ウィリアムだって文官と言いながら田舎育ちで足は速いはずなのにロッテは遅れずに付いてきた。

赴任して3年、こんなことは初めてだ。炭鉱が見つかった当初は採掘に慣れずたまに小さな崩落があったと聞いている。ロッテはその時のことを知っている。女性を守らなければ、と貴族のウィリアムは思うのに、後ろから付いてくるロッテがとても頼もしい。緊急事態だと言うのに背中に聞こえるロッテの息遣いに少しホッとしながらウィリアムは炭鉱へと走り続けた。


炭鉱につくと、そこは意外と落ち着いていた。副所長の指示のもと、中にいた炭鉱夫が避難をしており、ケガをした者にはちょうど昼食の準備に来ていた食堂の女将たちが手際よく水をかけ薬草をそのまま貼り包帯をしていく。元気な炭鉱夫は支柱となる木材を持ってどこに立てれば安全に中に入れるか相談していた。

「慣れているのか・・・」

そうつぶやくと、隣に来たロッテが「昔はよくありましたから」と言いながらも、「点呼が終わるまで安心はできません。閉じ込められているかも」とつぶやく。

そこに、食堂の女将の一人の叫び声が聞こえた。


「うちの子がいないわ!そこで遊んでたはずなのよ!」

「そういえば、うちのも!」

「中に入ったのか?!誰だガキを入れた奴は!」

「入れてないですが、入り口あたりで遊んでたのは見ました!」

「どこだそれは!」


子どもたちが行方不明と聞いて現場にはいっきに怒声が響き渡った。食堂の女将たちが子どもを連れて食事を届けに来ていたのだ。いつも子どもたちは母親たちが帰るまで入口近くで石ころを拾って遊んでいたらしい。


「ここじゃないか?!ここは昔掘ろうとしてやめた穴があったはずだ」

入口から2メートルほどのところに崩れた箇所があった。子どもたちはそこで遊んでいたのか。大急ぎでこれ以上崩れないよう材木が当てられるが、急場しのぎのそんなものでは大した補強になるはずもなく、コロコロと石が崩れてくる。ウィリアムが咄嗟に危ない、と叫ぼうとした時、一部がまとまって落ちてきた。少し隙間が空いたその奥から子どもの泣き声が聞こえる。


「いたぞ、中は空洞だ!おい、全部で何人いる?!」

「5人だ」

「よし、いなくなった子、全員そこにいるな?ケガは?」

「見た限りはみんな固まって座っている」


女将たちがホッと息をつく中、炭鉱夫たちが慎重に崩れた岩を取り除き始める。

幸い、脆い箇所は穴の入り口だけで、それが全部崩れた後なのかそれ以上の崩落はなさそうだった。穴も開いて空気も通るし声も聞こえる。焦らなくても大丈夫だが、日はすでに暮れ始めていた。

このまま明かりもない真っ暗なところにいては子どもたちはパニックを起こすだろう。だからといって火を焚くわけにもいかない。崩落したばかりの坑道にはガスが漏れている可能性もある。さらなる惨事を防ぐには火は禁物だった。

少しずつ穴は広がっていき、子どもなら出せるくらいにはなったが、怯えているのか隅に固まってしまっていて呼んでも出てこない。母親が必死に呼びかけてようやく一人、二人と出てきた。

しかし、最後の二人が呼んでも動かない。


「兄ちゃんが足、はさまれてて・・・」

泣きそうな子どもの声が聞こえる。

「僕は大丈夫、ちょっと重いだけで痛くないから。でも動けないの・・・」

「兄ちゃん、僕たちを奥に行かせてくれたんだ!それで最後に兄ちゃんの足に石ころが乗っかったの」


向こう側が見えない以上、子どもが“石ころ”と言っているものの大きさがわからない。痛くはないと言っているが、感覚が麻痺している可能性もあった。また緊張感が高まる。

経験したことのない、ホッとしてからの緊迫の繰り返しにウィリアムは行ったり来たりはしてみるものの、結局は見ているしかできなかった。副所長は指示を出し続けているし、まだ中にいる兄弟の母親以外は子どもの様子を確認したり叱ったり抱きしめたりと忙しい。他の者も治療を続けたり夕飯を配ったりと動く中、ウィリアムは右往左往するだけで大した助けにもなっていないと情けない思いだった。

外に居ても役立たずだと諦めて事務所に入り、黙々と副所長に言われた通り罹災証明書と報告書を書き続ける。

外では、「足動かせない?」「ちょっと力入れてみて」と中の子どもに話しかける声が聞こえ続けていた。


「所長さんがいてくれるだけで、みんな助かってますから大丈夫ですよ」

水と夕飯のサンドイッチを持ってきた新人の所員が慰めるように言う。彼だってこんな事態は初めてだろうに。

「僕はこの町の生まれですから、救助活動は何回もやってますよ。それに僕はまだ読み書きが十分じゃなくて・・・副所長は現場から離れませんから、書類まとめてくれて助かってます」


そこに、副所長が飛び込んできた。


「所長!ちょっとロッテを止めてくれ!あいつ中に入るつもりだ」


「はぁ?!絶対に入るなって言っただろう!」


ペンを放り投げて向かうと、ロッテが腰に縄を括り付け柔軟体操をしていた。足腰を伸ばし、手首足首を回す姿は勇ましく、さまになっていたが、屈強な炭鉱夫ならともかく細身で小柄な女性である。


「中の子が足を挟まれているらしいんです。外からじゃ様子がわからないので見てきます。抜けるようなら抜いて出しますね」


「だからってなにもロッテが行かなくても・・・そうだ、俺が行った方がいい。力がある方が助けやすいだろう」


女性を行かせるわけには行かないとウィリアムが言うと、ロッテは呆れたように首を振った。


「所長には無理です。あの穴、もぐりこめる体格なのはここでは私だけですよ」


そう指さされて穴を見ると確かに子どもサイズで、ロッテでもギリギリだと思える。周りの大人たちも仕方ないと思っているのか、あの岩には触らないようにとか、頭を上げると危ないとか繰り返し注意をしつつ、女の子の顔に傷がついちゃいけないからと顔を手拭いでぐるぐる巻きにしていた。子どもたちの母親は泣きながら手を握って頭を下げている。それ以上は反対もできず、拳を握りしめた。


「暗くなる前に行きます」


細い体を器用に少しずつ中に押し込んでいく。通り抜ける最後に穴の入り口を足で蹴飛ばさないよう、穴を抜ける直前まで足首を支えていてくれと頼まれ、女性の足を?!と動揺しながらも周りの「所長さん持ってやりな」の声にブーツを掴む。ブーツの厚い革越しに感じる足首は思ったよりずっと華奢だった。


無事、向こう側に到達した後、まずは兄に付き添っていた弟を外に出してきた。泣き疲れたのか少しぐったりしている子を受け取って母親に渡す。中にはまだ兄が残っている。


「大丈夫です。子どもの足は抜けました。かぶっていた石は小さくて軽かったんですが、引っかかって抜けなかったようです。感覚もありますし、暗くて詳しくはわかりませんが痛みもほとんど無いようなので大きなケガは無さそうです」


中から聞こえる声に一同ホッとする。


「ありがとう、ロッテ。出てこれるかい?」


「それが、ちょっとこっち側の足場が悪くて。この子大きいので無理に出すと足場が崩れるかもしれません。もう少しそちらから掘れますか?」


「わかった。やってみるが・・・もう日が暮れてしまって慎重にやらないと危ないから時間がかかるかもしれない。待てるかい?」


「わかりました。では、水と食べ物、毛布を差し入れてもらえますか?私はいいんですが、この子が疲れて眠そうです」


「わかった。すぐ用意する」


急いで準備して板に乗せて中に送る。少しでも温かいものをと離れたところでスープを温め、石を焼いて毛糸で包んだ温石も添えた。母親が外から声をかけると、子どもは健気に「僕頑張るから、無理しないでね」と言った。

すっかり夜も更け、子どもは地面に敷いた毛布の上で温石を抱えながらスヤスヤと眠りについていた。心細かったところに大人が助けに来て、まだ出られてはいないものの相当安心したのだろう。温かいスープを食べさせたところ、コテンと寝てしまった。

外では暗い中、少しずつ石を取り除く作業が夜通し続いていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、ブックマークや高評価をいただけると嬉しいです^^


本日、第3話(番外編完結)まで投稿予定ですので

引き続きよろしくお願いいたします。

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