第36話 「分家の子爵とその夫人」として
秋祭りが終わり、そろそろ冬になろうという頃、お義姉さまが懐妊したと連絡があった。冬場は寒くて体に良くないと言って冬が始まる前に里帰りしてしまったそうだ。
「みんなここで産んでるんだから心配しなくても大丈夫なのにねぇ」とお義母さまは言っていたようだが、慣れない土地のストレスもあるだろうからと快く送り出したらしい。
春の長期休みで領に帰った時はお義姉さまも侍女たちも屋敷にはおらず、お義母さまも忙しいのでマナーレッスンは少しお休みして、領内の雪の被害や春の芽吹きの状況を確かめるために、グレッグ様とあちこちに赴いた。
そろそろ領民たちにも私がグレッグ様に嫁ぐということが浸透してきていたが、グレッグ様はまだ子爵位を継いでおらず、私もまだ婚約者ということで、私のことをどうやって呼んでいいのかわからないようだった。
「三男さまのお嫁さま候補さま」と呼ばれたときは思わず吹き出してしまった。結局、まだ私はメロー男爵令嬢なのだからと、「お嬢さま」に落ち着いたようだ。早く「子爵夫人」になりたいなと思いながら領民と色々話をする。
「若奥さまが最初にいらっしゃったときは、えらい綺麗なお姫さまが来なさったもんだと村の者みんなで大騒ぎしましてな。わしら田舎者でしょう、お姫さまにお話しできるようなことはなーんもなくて。
それにくらべお嬢さまは、メロー男爵様のご令嬢だとか。どおりで話しやすいと思いました。北方の血ですかな」
と悪気無く笑う村長の息子の頭を、白髪の村長が「なに失礼なこと言ってるんだ!」と叩く。
「すみませんなあ、こいつぁ、若奥さまが来られたとき、ぽーっとなってお尋ねになられたことにも返せませんでな。まったく嫁もいるというのに年甲斐もなく赤くなって見てられませんでしたわ。
ご出産まで里帰りされていると伺いましたが、変わりないですかな」
「ええ、順調だそうよ。ありがとう」
「それは良かった!三男さまにもお嫁さまが来て、次期さまにもお子ができるなんて、辺境伯領も華やぎますなあ。
そうだ、これ今年の冬に村の女たちが作ったんですが、いかがですかな。今度市が立つ日に出してみようかと思っとるんですが」
見せられたのは小さな五角形の布に刺繍を施し、それに紐を通して根付のようにしたものだった。タペストリーより小さく持ち運びができる。
「あらいいじゃない。小さくて、その分安価ならお土産に買っていってもらうには最適だわ。ねえ、グレッグ様」
グレッグ様も手に取って表、裏とじっくり見たうえで頷く。
「いいね、この布に木枠は付けられるかな。今の感じだと少し軽くて風になびいてしまう。細い木枠に張った布なら落ち着くだろうから鞄などに付けるアクセサリーとして王都で売ってみてもいい。上だけ木枠を付けて下はフリンジを付けたりしてもいいかもね。ちょっとやってみてくれ」
「へい!ありがとうございます。村の特産にならないかなと冬の間ずっと考えてたんでさぁ。仕上げましたら届けますんでよろしくお願いします」
村長が嬉しそうに笑う。村の特産として出すのならば辺境伯領のお墨付きがあった方がいい。もう少し工夫してもらって、これならばとなった時には、グレッグ様の出番だ。書類を作成し、村の名前を登録し、販売の管理をする。もちろん自分たちで市場に出して地道に売ることもできるが、北方の刺繍が北方で高く売れるわけがなく、外に持ち出さないといけない。
お墨付きがあれば領主体で販売を促進し、売上の一部を村に回す。輸送費や販売にかかる人件費もあるため全売上にはならないが、自分たちで販売するよりは手間がかからない。どちらがいいかは村が決めること。人手が余っていれば自分たちでやるだろうし、足りなければ領に販売を委託する。
この村長が、これを私たちに見せたということは、できればお墨付きが欲しいということだろう。
領内を回って、補修や補助が要りそうなところの手当てや特産品を現金に換えて領内を潤わすための書類を作り、辺境伯に話を通し、実現する。そうやって私たちは領のサポートをしていくのだ。それがこれからの私たちの役割。
こうして私たちは、「辺境伯の分家の子爵とその夫人」として活動するための準備を整えていった。
少し工夫を施してもらった根付をいくつか買い取って友人へのお土産にする。小さくて軽いので少し多めに買って行こう。
来年には卒業して、みんなお嫁に行ったり職に就いたりする。私も北方に戻るので卒業後は滅多に会うことはないだろう。それぞれの進路や希望に合わせて選んでもらえるよう複数の図柄を持って学校に戻れば、飾りにもお守りになると大好評だった。
そのうち王都でも売り出すと伝えれば、宣伝しておくわ、と言ってもらえた。クラスメイトの伯爵家の令息も興味深そうに見ていたので、今度領に帰った時は貴族向けに高級感を出したものを作れるよう検討してみるつもりだ。
他の地方出身の人も色々なお土産を持ってきてくれた。今回の帰省ではみんな卒業後のことを考えて過ごしていたらしく、持ち寄ったお土産を前に、「これはうちの領で売れるわ」「うちは君の領から仕入れた薬草で薬を作っているんだ。瓶にこの模様を彫っていいか聞いてみてくれないか」などの言葉が飛び交った。
こうしてみんな大人になるし、だから王都の学校での人脈は大切だと大人は口を酸っぱくして言っていたんだなと実感する。
グレッグ様は高位貴族の令息たちとの人脈、私は女子を中心とした下位貴族の人脈。意外と良いバランスなのでは?と少し顔がにやけるのを必死に取り繕ってグレッグ様を見れば、真剣な顔で伯爵家の令息と話をしていた。
確か彼は王都の北、北方と王都を隔てる山の裾野が領地だったはずだ。山越え前後に必ず通る領なので相談したいこともあるのだろう。その横顔を見ていたら引き締めたと思った表情がまた緩んでいたらしく、女子たちにからかわれてしまった。ラブラブね、だなんて。
親友のイザベラが、「前の婚約者の時は本当に頭にきたけれども、こうしてみるとそのおかげでグレッグ様と婚約できたのだもの。二人お似合いよ。良かったわね」とほほ笑む。
本当にいい友人だ。私は人に恵まれている。イザベラも卒業後は嫁ぐ予定だ。あまり会えなくなるだろうけれども、イザベラが困ったときは全力で力になろう。あの時、私以上に怒ってくれて今は自分のことのように喜んでくれる、この親友のために。
クラスメイトの温かさ、親友との友愛にぽかぽかと幸せを感じながら、最終学年は始まったのだった。
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