第34話 侍女たちの洗礼
それから、侍女たちからの指導が始まった。毎回3人のダメ出しが矢のように降り注ぐ。
「お嬢さま、歩幅が大きくなっています・・・違います、つま先で歩くのではなく、踵からです・・・ああ、ちょっと早すぎます、もう少しゆっくり・・・外を走っているわけじゃないのですよ」
「そもそも子供みたいに走るなど、淑女としてあり得ないというのに・・・」
部屋でやればいいのに、長い廊下を何度も往復させる。たまに通りがかるメイドたちの気の毒そうな視線が悔しかった。指導内容が正しいだけに、黙って従うしかなかった。
「視線を遠くに固定して!そんなにフラフラとさまよわせるから頭が動くのです。優雅に、少し見るときも一瞬で。じろじろ見るなんてみっともないですわ」
「しっかり見なければいけないときは、立ち止まるのです・・・いきなり立ち止まらない!優雅にゆっくりと!立ち止まりながら扇子でお顔を隠して!何のために扇子を持っているのです、ただの飾りではないのですよ」
学校では、舞踏会でのマナーやテーブルマナーしか教わらなかった。歩いているときの扇子など意識したことがない・・・というか、学校生活でも家での生活でも扇子なんて持ったことがない。マナーレッスンの時に持たされる、アクセサリーの意識しかなかった。
そういえばお義姉さまは屋敷の中でも扇子を手にされているな、と思い出した。お義母さまはどうだっただろう。まったく記憶にない。どれだけ扇子に目が行っていないのかと遠い目になってしまった。結果、遠くに視線が固定されたらしく頭の揺れがなくなった。・・・一瞬だけだったけれども。
「少しは見られるようになってきましたわね。では、次はお茶会でのマナーとまいりましょう。お庭は寒いのでサロンに用意させていただきました。こちらへ」
「僭越ながら、わたくしがお相手を務めさせていただきます」
侍女の一人とテーブルにつき、お茶を注がれる。
「お嬢さま、このお茶は?」
「ええと・・・東方の国の茶葉に柑橘系の香りをつけた・・・」
「そこはきっちり、産地と銘柄を!主催者はお茶会のゲストやテーマに合わせたお茶を選ぶのです。今回はわたくしたちが選びましたが、お勉強なさいませ」
「ゲストで呼ばれたときも同じですわよ。主催されたかたのお選びになったお茶や茶菓子の意図を汲んで褒めるのです。ぼーっと飲んでおしゃべりを楽しむだけではないのですよ。お茶会に参加された経験はございませんの?」
習いました。学校で習いましたとも。習いましたが、学校で出されるお茶はこんなに高級なものではなかった・・・というのはただの言い訳にしかならない。
「少なくとも所作は完璧です。学校で学んだのですか?さすが成績が良かっただけのことはありますわね」
成績に関係していたところだけは認めていただいたようだが、褒められているようには感じなかった。頭でっかちと言われたようなものだ。日頃から洗練されたお茶会を楽しんでいる王都の貴族との差が浮き彫りになった気がする。
そういえばお義母さまがたまにお茶に誘ってくださるときに、このお茶はね、と教えていただいていたのに聞き逃していた。すぐにグレッグ様のことや領地の視察のお話に移っていたので気にしていなかったが、教えてくださっていたのだろう。何も言われなかったが、失望させていたのかもしれないと思うといたたまれなかった。
新学期のために王都に向かうまであと1週間という日、グレッグ様に遠乗りに誘われた。解放されたとほっとしながら、屋敷から馬で30分ほどのところにある高台まで走らせる。
「ここのところ、視察にも行かずに屋敷でのマナーレッスンでかなり疲れているだろう、たまには息抜きにいいかと思って」
心配してくれていたのだろう、少し眉を下げたグレッグ様が気遣ってくれる。
正直、自分のマナーの至らないところばかり指摘されて、それも廊下やサロンなど人目に付くところでのレッスンだったので参っていた。言葉尻に少しの棘は感じるものの、すべて正しいことで、自分に足りないところであることがわかっているので、必死に食らいついていたけれども追い詰められているのは確かだった。
「母上がね、心配だろうけれども少し黙ってみていなさいって。庇うのも守るのも簡単だけれども、リリアはちゃんとできるだろうからって。
自分が指導すべきところだったのに苦しい思いさせて悪かったわって言っていたよ。度を超すようなら口を出すつもりだったらしいけど、リリアが頑張っているから見守っていなさいっていうものだから、僕も口を出せなくてごめん」
お義母さまは見守ってくださっていた。グレッグ様も心配してくれていた。それを知れただけで、頑張ってよかったと思えた。まだまだ未熟ではあるもののレッスンは少しずつ進んでいたし、後ろ向きになっていた気持ちが前を向くのを感じた。
「グレッグ様、ありがとうございます。私、色々甘えていたようです。社交はあまり必要ないだろう、田舎男爵の娘だから仕方ない、と逃げていました。お義母さまが及第点くださったからいいじゃないかと考えてしまっていました」
「まあ実際、社交はあまりしないだろうし、母上も必要ないと思っていたみたいだよ」
「でも・・・良く考えたら二番目のお義兄さまは軍に入られて、奥様も軍に所属されていますし、お義姉さまが出産などで動けないときは私が名代になるのですよね。それを忘れていました。いえ、気が付かないふりをしていたのかもしれません。それなのに、私ときたら厳しいレッスンに不満を感じていました」
「まあちょっと、厳しすぎるというか、侍女の態度もね・・・」
「いえ、それでも、やらなければならなかったのですわ。覚悟はできていると言いながら、分家の当主の妻として足りなかったのです。グレッグ様、見守ってくださってありがとうございます。私、まだまだ頑張れます。グレッグ様と北方を支えていくのが、私が決めたことですもの」
日の短い北方の太陽が少しずつ傾いて、家々の影が伸びていくのを見ながら決意を固める。キース様との婚約の時、何も考えずに受け身でいたことを反省したのに、また同じことを繰り返すところだった。
私が決めたこと。覚悟を決めたはずのこと。私は守られるために嫁に行くのではない。グレッグ様となら北方を一緒に支えていけると思ったから決めたのに。得意なことにばかり目を向けて苦手な分野から目をそらしていた。
目の前に広がる北方の街並みを見ながら決意を固めていると、グレッグ様にそっと手を握られた。
「強いね、リリアは。リリアを選んでよかった。僕もリリアを支えるから、一緒に頑張っていこう」
過剰に甘やかすでもなく、一緒に頑張ってくれる人がいる。頑張ろう。私ができる限り。どうしても無理だったらこの人にちゃんと相談しよう。二人で同じ方向を見ている限り、何かあったらこの人は絶対に私を守ってくれるだろう。そう思ったら、キース様の時には感じたことのない、温かな感情が沸き上がってきた。
その感情のままにグレッグ様の手をぎゅっと握り返して見上げると、少し照れたように微笑んで、しっかり頷いてくれた。
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