第3話 可愛い婚約者と憧れの女性と【キース】
幼馴染のウィリアムに妹が出来たのは4歳のころだった。フニャフニャした生き物がだんだん人間っぽくなっていって、ポヤポヤしていた髪が細く輝く絹のようになっていって、歩き出して話し出して俺たちの後をついて回るようになる、そんな過程をずっと見ていた。
田舎で他に令嬢を見たことがなかったし、美人かどうかは良くわからないけど、銀髪をなびかせながら一生懸命追いかけてきて頬を上気させながら満開の花のように屈託なく笑って、俺に飛び付いてくる彼女が可愛くて仕方なかった。
12歳になってウィリアムと一緒に学校に行くため領地を離れた。学校で会った令嬢たちはリリアみたいに飛び付いてこない。あんなに楽しそうに笑ったりしない。髪型とか服装とか綺麗なんだろうけど、お人形さんのようで近寄りがたかったし、話すこともほとんどなかった。
マナーの授業で、紳士淑女は人目のないところで二人でいてはいけない、エスコート以外の接触をしてはいけない、など堅苦しいことをいっぱい教わった。都会の子達は、それを当たり前のように聞いていた。すでに家でそういう教育を受けていたんだろう。だから田舎出身の俺たちは無礼者と思われたり馬鹿にされたりしないよう、頑張って染まろうとした。
大勢の令息たちと過ごす学校生活は概ね楽しかった。勉強も嫌いじゃない。だけど、やっぱり領地が、あの日々が恋しかった。
ウィリアムも同じだったようで、初めての長期休みは友達の誘いなども全部断って二人で飛んで帰った。
リリアはやっぱり満面の笑みで飛び付いてきた。たった半年しか離れていないのに、ものすごく懐かしかった。いつものように抱きしめようとしたとき、マナーの授業が頭をよぎった。慌ててリリアを離して、抱き着いたりしちゃだめなんだと説明した。
そうは言ってみたものの、結局は、ウィルと俺と、俺の10個下の弟ルイだけならいいよ、ということになった。全身で嬉しい気持ちを表現して飛び付いてくるリリアが可愛かったから。
だから結婚の話が出た時、リリアが「キース兄さまのお嫁さんになる!」と喜んでいるのを見て、ああ、ずっとこうやって可愛がっていけるのか。可愛いリリアを俺が守っていくんだ、と温かい気持ちになった。リリアは可愛い。大好きだ。リリアも俺のことが大好きだ。だから結婚することに抵抗はなかった。だけど、結婚ってこういうもんなのかな?となんだかちょっと不思議な気持ちで。
そんな違和感を感じながらも長期休みには領地に帰ってリリアを連れてピクニックに行ったり遠乗りに行ったりした。
高学年になり、それまでの頑張りが認められてクラス委員になった。クラス委員は生徒会の手伝いもする。高位貴族とお近付きになるチャンスだった。子爵家を継ぐにあたって強力な人脈はあるに越したことはない。その時、もう一人選ばれたのがエリスだった。
最初は、女生徒とペアだなんてやりづらいなと思っていた。ツンと澄ました令嬢たちに田舎者の俺は気後れして話しかけられもしなかったし、マナーだのなんだの気を遣うのも疲れそうで、相変わらず男ばかりで過ごしていたのだ。ドレスや髪飾り、新しくできたカフェの話など、漏れ聞こえてくる女生徒たちの話題もさっぱりわからなかったし興味も持てなかった。
でもエリスはさすがクラス委員になるだけあって、話題も他の女生徒たちよりも豊富に感じたし、穏やかに自然に微笑んでいる姿は高位貴族令嬢によく見られる高慢さの欠片もなく、それでいて所作は洗練されていた。田舎者と馬鹿にするような素振りもなく、一緒に活動することに何のストレスもなかった。俺たちはどんどん仲良くなっていった。
もちろん、きちんとマナーには則っていた。そのあたりもエリスはスマートだった。周りに意識させることなくいつのまにか適切な場所にいる。歩きながら合流する時も、話が終わって去るときも、二人で話すとき、複数で話すとき、とにかくすべて、視線の動かし方まで自然で洗練されていた。
ゴテゴテした飾りをつけない清楚さのなかに、洗練されたエレガントさもある。完璧な淑女だと感じたし、ものすごく大人に思えて、気が付くとかなり彼女に傾倒していた。
彼女に対する気持ちが恋なのか、完璧な存在へのあこがれなのかは正直わからない。ただ少しでも近づきたくて、少しでも良く思われたくて、彼女といる時は少し背伸びをしたと思う。自分のことは「僕」と呼ぶようにしたし、一つ一つの動作に気を遣うようになった。完璧な彼女の隣で見劣りしないように。
そんな感じで暮らしていたから、その年帰省したとき、リリアが今までのように飛び付いてこなかったことも、ちょっと大人になったなと感じたことも、すっかり忘れていたのだった。
エリス・・・エリィはリリアと中庭で別れたあと、珍しく少し呆れたような怒ったような顔をして、
「キースに婚約者がいたなんて知らなかったわ」
とだけ言った。
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本日はあと1話、20時に投稿予定です




