第15話 エリス様の挑発と同郷の先輩
「モチーフはどうされますか?」
「そうねえ、私もピオニーと・・・木にしようかしら」
モチーフの説明からこっそり聞いていたのか。幸せな結婚と安定の木は「末永く共に在る」という解釈になり、結婚式の衣装などにも使われる柄だ。今の先輩方の噂を聞く限り、不安定な状況が結婚に影を落としているということであればこのモチーフはぴったりではあるが・・・木は「根付く」という意味もあるので、引越し祝いや歓迎などにも用いられる。キース様と幸せな結婚をして北方に根付くという願いがあるのかなと勘ぐってしまった。
何はともあれ、断る理由も止める理由も思いつかなかったので図案を渡して刺し方を教えていく。
「あら、糸が太いからかしら。刺しやすいかわりにもたつくわね・・・重ならないようにしないと。北方の女性は綺麗に刺せなければいけないんでしょう?」
「・・・コロンとしたフォルムも魅力の一つではありますから、厚みに関してはそんなに気にしなくても大丈夫です。どちらかというとモチーフの形がきちんとしているか、色使いや配置が華やかかどうかの方が重視される傾向にあります」
「そうなのね、では北方に倣って少し空白を埋めようかしら」
お嫁に来る気満々な雰囲気である。本当にエリス様がキース様を望んでお嫁に来るのであれば、私はどうしようかな、と考えながらアドバイスを続けた。1年の猶予を設けたからか、クラスメイト達との生活が充実しているからなのか、良い成績を取ったことで将来の選択肢が増えたからか、なんとなくどちらでもいいかな、という気持ちになっていた。
北方のドーム男爵令嬢のメラニー様はハラハラしながら見ていたけれども口は出さなかった。
夜も更け、刺繍の時間も終わりとなった。自室に戻ろうとすると、メラニー様が寄ってきて、少し話がしたいというので部屋に招き、せっかくだから領地産のお茶を入れて座る。
「あの、リリアさんは、よろしいのかしら」
「・・・キース様とエリス様の件でしょうか」
「私、あの時、お話を止めるしかできなくて、ごめんなさいね。もともとの噂話も知っていたのに何もできなくて・・・」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。噂は私もだいぶ前から存じてました。この件につきましては領地の母にも相談しておりまして、兄も承知しています。父は・・・暴走しそうなのでまだ内緒ですけれども」
「そう・・・その、エリス様はキース様にリリアさんという婚約者がいることはご存知なのかしら」
「ご存知ですよ。一度ご挨拶しましたから」
「・・・それなのに・・・キース様もキース様だけど、エリス様も何をお考えなのかしら」
メラニー様は心底不愉快そうに眉を寄せた。
メラニー様は一人娘で、縁戚から婿を取る予定で婚約を発表していたはず。そのようなことは余計に許しがたいのだろう。
「私の婚約は特に家同士のつながりを持つためでもありませんし、我が家は兄が継ぎますので、万が一があったとしても特に問題はないと実家からも言われております。
・・・私も入学してすぐにそのことを知って悲しい思いをしましたけれども・・・私はまだまだ新しいお相手も見つけられる年齢ですし、人の気持ちはどうにもならないのでしょうから」
「でも、不誠実だわ。そういうことなら先に婚約を解消すればよろしいのに」
「・・・先ほどのお話ですと、エリス様がどうされるのかが決まっていないようですから、決められないのではないでしょうか。エリス様が伯爵家を継がれるのでしたらキース様は長男なので婿入は難しいでしょうし」
「そうねえ・・・キース様、弟さんいらっしゃらなかったかしら」
「まだ6歳ですよ」
「さすがに幼すぎるわねぇ。でもこれから英才教育という手も・・・」
「まあ教育しておけばどちらにも転べるといえば転べますね。婿入するにしても当主教育は重要ですし。でも、とりあえずあと1年ほどは様子を見ようということになっているのです。まだ私は12ですし、1年くらい経っても婚約者のいない同世代の方はいらっしゃいますから。それに、正式にキース様が伯爵家に望まれたからという理由での解消の方がお互いに瑕疵がないのではないでしょうか」
「そうねえ・・・そう言われればそうね・・・。本当に公爵様もさっさとお決め下されば良いのに。そもそも公爵家にはきちんと跡継ぎがいらっしゃって、もう奥様もお子様もいらっしゃるというのに、お嬢様をお手元に残してどうされるというのかしら」
メラニー様はプリプリと怒っている。自分のことで怒ってくれる他人がいるというのはこそばゆい。
「まあ、あと1年、様子を見てみます。ありがとうございます、メラニー様」
仕方ないわね、という感じでため息をつき、何かあったら相談するように言ってメラニー様は部屋を出て行った。同じ北方ということで親身になってくれているのだと思うと、郷里への思いが募る。閉鎖的な土地柄だからか普段の交流は無くても、こういう時の仲間意識は強い。強いということをこの時実感していたにもかかわらず、この時メラニー様に口止めをし忘れたことが面倒な展開を生むこととなった。
メラニー様の従姉が王都の子爵家に嫁いでいたようで、メラニー様がその従姉に腹立ち紛れに話してしまったのだ。メラニー様は男爵家なので、子爵家のキース様について何も言えないが、子爵家の従姉であれば苦言を呈せる。同じ爵位とは言え今は北方を出て嫁いだ身。どういう立場で何を言ったのかわからないが・・・まあその辺も北方の絆なのかもしれない。キース様の振舞いが、ご両親に伝わってしまった。
キース様のお母さまと、うちのお母さまから立て続けに手紙が届いた。
キース様のお母さまからは、こちらが申し訳なく思うほどの謝罪と、いくら伯爵家とはいえ婚約者のいる男性に手を出すような嫁は不要、キース様にも厳しく言うので申し訳ないが少しの間辛抱してほしい、ということだった。
うちのお母さまからは、婚約の話が表沙汰になるのは時間の問題だったのだから気にしないように、今まで通り1年は様子見と言うことで、キース様に囚われずに学校生活を楽しみなさい、という慰めの内容だった。
そして、メラニー様からは従姉に話してしまったことを謝罪され、学校内では話題にしないことを約束してもらった。
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