婚約指輪は、紅茶のついでに
設定ゆるゆる。ふわふわな物語。
「おめでとうございます!『王子の婚約指輪』があたりました!」
突然自販機から流れた音声に――私は耳を疑った。
「ふわぁぁぁ、眠いなぁ」
私――如月楓は、会社の自席でぐーっと伸びをした。
時刻は深夜2時。圧倒的ブラック企業である。ちなみに仕事はまだ山積みだ。
「炭酸でも買うか」
自販機は社内にあるが、私の部署からは遠い位置にある。
これが私の部署が不人気な理由だ。
「あれ?」
自販機は休憩室の中にあるのだが、何故か外にも自販機があった。
「こんなもの、昨日まではなかったよね……」
本当は、そこで誰かに言うべきだったのかもしれない。「こんなのあったっけ?」と。
だが、深夜テンションの私には怖いものなど何もなかった。
「怪しい自販機で、ジュース買っちゃお☆」
残念ながらお目当ての炭酸はなかったので、せめてカフェインを摂ろうと紅茶を購入する。
お金を入れるとディスプレイが起動し、なにやらルーレットを始めた。
「なにこれ。もう一本くれるの?」
残念ながら、私の視界には自販機に書かれた説明が入っていなかった。
「※この自販機は、王子の婚約者を決めるためのものです」――という注意書きが。
ルーレットは王冠が描かれたところで静止した。
その時だった。――あの怪しい音声が流れたのは。
「ゴトンッ」という音がして、自販機の取り出し口に小さな箱が落ちてきた。
その箱を開けた瞬間――
真っ白な光が目の前で弾けた。
◇ ◇ ◇
気がつくと、私はきらびやかな宮殿にいた。
王様らしき人が豪華な椅子に座り、私の方をじっと見つめている。
「異界の者よ。そなたを我が息子の婚約者に任ずる」
――え?
「いやだいやだいやだ!僕は婚約者くらい自分で決めるんだ!」
声のした方をみると、王様とは少し離れたところに王子らしき人がいた。
「お前がそういうから待っていたが、もう20だ。いいかげん待てない」
「いつか!いつか運命の人を見つけるから!」
え?この子供っぽい王子、20歳なの?
「異界の者よ、急に呼び出して申し訳なかった。部屋を用意するので、ゆるりと休まれるが良い」
「あ、ありがとうございます――?」
私、まだ紅茶飲めてないんですけど!?
◇ ◇ ◇
翌日、私は学園にいた。
――展開早すぎない?
今朝起こされて、「学園に行きましょう」っていわれて、制服渡されて、その制服はサイズがぴったりで――。
何が起こってるんだろうね。
そして教師は特に何も説明せず私をこの教室に放り込んだので、周りからは「誰こいつ」っていう目で見られるし。
ただ、授業の内容はそれなりに興味深かったので、割とすぐに昼になった。
ちなみに内容は、「好きな人の婚約者になれる確率は?〜確率で見る婚約論〜」である。
「いまから昼の放送を始めます。担当はリヴァー侯爵家のライラです」
「特大ニュースです。昨日の真夜中の2時頃、アルバート殿下の婚約者が決定したと発表されました」
「殿下」は王子への敬称なんだよ〜と言っていた日本の友人の顔がフラッシュバックしながらも、私は僅かな希望を胸に続きを聞いた。
「その婚約者は異界から招かれた者で、お茶を飲もうとしたら呼び出されてしまったそうです!それではみなさん、王子の婚約者が決まったことと、王子の優柔不断さに巻き込まれてしまった異界の者へ感謝を込めて、乾杯!」
――異界の者って。絶対私じゃん。
私は、膝から崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
それから私と殿下は、「デート」という名の異世界探索に何度か出かけた。
「わぁ、大きい滝ですね」
「ふふん、そうだろう。我が国にあるのだからな」
「別に貴方が作ったわけでは無いでしょうに」
「ぐはっ」
「あ、あの遊びは何だ?」
「私の世界で『花一匁』と呼ばれている遊びではないでしょうか。2チームに別れて遊ぶのです」
「楽しそうだな!やってみたいものだ」
「『我が国』にあるのにやったことがないのですか?」
「ぐふっ」
「そうだ、執務室に行こう!父上は今暇だろうか?」
「国王という立場の者が、暇なわけがないでしょう。貴方は王になる気があるのですか?」
「ぐっ、刺さるな……」
まぁ、大抵おこちゃまな王子を私が諌めていただけのような気がするが、気にしない。
◇ ◇ ◇
その晩餐会には、私、王子のほかにも、王、王妃などが参加していた。
「異界の者よ。この世界での生活はどうだ?」
そう言われた楓は、考える。
たしかに王子はおこちゃまだし、国王になるものとしてまだまだだな、と感じることもよくある。
でも、これまでの生活はそれなりに楽しかった。
――少なくとも、あのブラック企業よりは。
そう考えると、別にいいかな、と思えてくる。
だから。
「とても良かったですよ。でも……婚約は名前を覚えてもらってからかな」
深夜テンションこえぇぇぇ。